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日本の常識が通用しないエチオピア 最終章

その1はこちらから↓

【はしゃいで喜ぶ僕達に、待合室で待っていた人達が訳も分からず拍手をしてくれた。良かった、ようやくこれでイミグレーションに行って出国VISAの為の書類を提出できる。ケニアに行ける。フライトチケットを無駄にしなくて済む。

しかし太陽は永遠には昇らない。夜は必ずまた訪れる。その時僕達はまだ、その事を知らなかった。】

ーー前章よりーー

サイン付きの書類を手に入れた僕達は、意気揚々と車に乗り込み、イミグレーションへと向かった。エチオピアで唯一売られていると言っても過言ではないスナック菓子『Sun Chips』もいつもより美味しい気がする。

「色々あったけどやっとVISAゲット出来そうだね!」

僕が持つSun Chipsに手を伸ばしながらJinが言ってくる。本当に優しい。

手荷物検査を受けてイミグレーションの入口へと足を踏み入れると、そこは前回来た時と同じように大量の人で溢れていた。

また前回みたいに2時間ぐらい待つのか、、僕とJinが顔を見合わせると、どうすればいいんだい?とジヒンが聞いてきた。

「まずあそこで整理券を取って、、。」

「なるほど、ちょっとやってみよう。」

何をやってみるつもりなのか分からないまま2人でジヒンの後ろに付いていく。オフィスへの入口でジヒンが警備員に何かを見せると、整理券も取っていないのにオフィスに入る許可をしてくれた。

「どうだ、いけただろ。」タバコのせいで少し黄ばんだ歯を見せて笑う白髪のこいつは、実は結構凄い奴なのかもしれない。

ようやく辿り着いたイミグレーションのオフィスで、書類と前回ここに来た時に取った緊急パスポートのコピーを提出すると、このコピーは使えないから出直せと、無表情で返却された。

何でやねん!!当然3人で役員に詰め寄る。理由を聞くと、コピーの端っこが切れてしまっているかららしい。

あっ、、。

コピーを取るのはそんなに時間が掛からないからもう一回取ろうとジヒンに声を掛ける。それくらいいいじゃないか、と憤るジヒンを連れてもう一回外でコピーを取って出直すことにした。

言えない。コピー用紙の端っこが切れてしまっているのは、僕が昼間にトイレに言った時に紙が足りなくて千切って使ってしまったからだなんて言えない。ごめんなさい地球上の皆さん。

コピーを取り終わってジヒンの力を使って再び強引に入口を開けてもらいオフィスに出向くと、今度は書類を受け取ってもらえ、VISAのカウンターへと案内された。

本当に苦労した出国VISAの問題がようやくひと段落つく。安心して待合室でインド人の子供達と、落ちていたペットボトルのキャップをボール代わりにしてサッカーをして遊んでいると僕の名前が呼ばれた。

「ごめんな、お兄ちゃんもう行かなあかんわ。」そう告げて軽やかな足取りでカウンターを目指した。

ここまで本当に長かった。でももうこれで終わりだ。そうだやっと行けるんだ。

そんな僕の高揚した気持ちを打ち砕くのには、VISAカウンターの職員の一言で十分だった。

「VISA代金100USドル払ってください。」

ちょっと待ってくれ。入国VISAは50USドルだったし大使館の人にも50USドルと聞いていたのに何で100USドルもするんだ。大使館に問い合わせてみるも、会議中だからと一方的に電話を切られてしまった。

これは正式な金額なのかそれともぼったくられているのか。ジヒンに聞いても分からないし、タイムリミットも迫ってきている。言い争ってもどうにもならない気がしたから、もう100USドル払う事にした。USドルの持ち合わせが無かったので、エチオピアの現地通貨、ブルで換算するといくらかを聞いた。

「ブルは受け取らない。USドルを用意してこい。」

冷たく突き放すような目でそう告げられ、パスポートを投げ返された。慌ててキャッチすると、後ろに並んでいた人に手で押しのけられていき、あっという間に列の一番後ろまで押し戻されてしまった。

ちなみにエチオピアでは、USドルの価値が高く、どこの銀行でも街の両替屋でもUSドルからブルには変えてくれるものの、その逆は変えてくれない。ATMからも引き出せない。更にブルの価値は国外では非常に弱いため、エチオピア国外ではどこの国もブルを両替してくれず、紙切れ同然になってしまう。

つまり、USドルがどこに行っても手に入らない。

それを知っていた僕は、文字通り頭を抱えた。今の僕は、七転び八起きじゃなくて、八転び七起きだ。転びまくっている。

「もしかしたら、USドルを手に入れられるかもしれない」

ジヒンの言葉に顔をあげた。何でも、違法に両替をしている『闇市場』というものが存在していて、そこでゲットできるかもしれないが確証はないらしい。

イミグレーションを出て、半ばヤケになって、背広を着こなして歩く背中をひたすら追った。

少しすると。道の両脇にずらりと男達が並ぶ場所に出た。静まり返った雰囲気が不気味だ。ここが闇市場らしい。

ジヒンが1人に声を掛けると、それを合図に何人もの男達が寄ってきて囲まれた。USドルは要らないか、と四方八方から声を投げかけてくる。なるほど、USドルは手に入れる事が出来るらしい。ただ、そのどれもが考えられないほどのレートだった。たった100USドル欲しいだけなのに、160〜170USドル分のブルを請求してくる。

一回男達を振り払いジヒンに相談してみるが、高いけどもうここでやるしか手がないと、首を横に振られた。

一回は取得したVISAを申請するためだけに160USドルもいるなんて、、。しかもそのうちの60USドルはただの手数料。ドブに捨てているのと同じだ。それに最初は50USドルって聞いていたのに。

思い起こせばますますこんな所で両替なんてしたくないが、時間も無いし、このチャンスを逃せばケニアまでのフライトチケットまでも失ってしまう。

心の中で自分の背中を押した。

高い手数料の中でも一番安い男を捕まえて両替をしてもらう事にした。男に手を捕まれ、取引現場である狭い裏路地の様な所にあるコーヒーショップへと連れて行かれた。ドラマでよく出てくる様な状況に、まさか自分が遭遇するなんて。

「バレるとマズイから誰にも言うなよ。」声を押し殺して言うそのセリフまで、ドラマと全く一緒だ。

請求された金額を持っているか確認する為に財布を開くと、300円程を残してほぼピッタリの金額が入っていた。悲しくなる。何でこんな時にだけ微妙に運が良いんだ。

160USドル相当のその金を男に渡すと、男はしっかり一枚一枚を確かめる様に数えだした。男の手の中にある大量の札束をジッと見つめた。あの金は取られた携帯を買い替える為に下ろした金なのにな。

数え終わると男は満足した表情でポケットから封筒を出し、その中から100USドルを引き抜いて渡してきた。

ありがとな!笑顔でそう言って去っていく男の背中を見送り、逆方向に歩き出す。闇市場って良い商売だな。将来はエチオピアの闇市場で働こう。そう決心してまたイミグレーションへと向かった。

もう見慣れたこの建物。トイレが地下の真っ暗闇の場所にしか無くて行くたびにトラウマで少し怖くなるこの建物。もう何回も通っているのに毎回入念に手荷物検査をしてくる。

100USドルを出す時は少し手が震えた。今までの出来事が頭の中を駆け巡った。

「では、2日後以降に受け取りに来て下さい。」

そんな僕の気持ちとは裏腹に、職員が事務的に作業をこなしていく。

出国VISAの領収書を受け取ると、そこにはしっかりと100USドルと書かれていた。こんなしっかりとした用紙に記されているのだから、おそらく詐欺ではないだろう。

領主書を片手に振り返ると、ジヒンとJinがこっちを見て手を広げ、笑顔を顔に浮かべていた。僕は人目も気にせずその手の中に飛び込み、3人で抱き合って喜んだ。

「やったーーー!!!VISA取れたーーーー!!!」

飛び跳ねて、まるで自分の事の様に喜んでくれるJinの姿を見て、何だか少しだけ、目頭が熱くなった。

限りなく理不尽な今回の事件。困難の壁は次から次へと前に立ちはだかってきて、その先に一体何があるのかここからじゃ見渡せない。

それでも旅は続いていく。何回転んでも立ち上がって足を動かすしかない。

転んだまま起き上がれなかったら、転がり続けて前に進んでやろう。

  なんて事は、思わない。やっぱりまずは転びたくないや。

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