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〈創作超短編1〉感情の選択

実は僕には未来が見える。

こんな事を人に話しても
信じてもらえないけど
本当に未来が見える。

羨ましがられるだろうが
そんな良いものでもない。

未来が見えるというのは
とてもつまらないものなんだ。

そして万能でもない。

こんなのただの作業ゲーだ…。


性格は普通。
見た目も普通。
ただの凡人でお金持ちでもなければ
貧乏でも無い僕はそこら辺にいる様な普通の人。

ただ一つだけ普通じゃ無い所がある。

それは未来が見えるという能力。

すごいと思う?

すごいと思うのだろうけど、
僕にとってこの能力は
僕の人生を最高につまんなくしてる原因だ。

これはどんな未来でも見れる訳じゃない。

とても限定的で不規則だ。
何年も先まで見える時もあれば
ほんの数秒先までだったり
それは自分でコントロール出来ないんだ。

例えばだけどカフェで何飲もうかと悩んだ時
君は何を基準で決めている?

その時の気分によって決めるのが普通だろう。

けど僕は違う。

僕はその何かを選ぼうとした時
その選択の分岐の先の未来が見えるんだ。

ホットコーヒーを選ぶと僕は舌を火傷するから
アイスコーヒーを選ぶ。

そんな些細な事かもしれないけど、
怪我すると分かっていてわざわざそれを選ぶ理由がない。

車を運転していても
右に行けば渋滞に捕まってしまうとわかるから
左の道を選んで遠回りする。

今、上司に声をかけると
余計な仕事を任されるから
少し時間を置いてから声をかける。

この人と仲良くなっていれば
数年後なぜか僕は事故に巻き込まれない。

こっちの選択をすれば
僕は安全で安心で
何の不自由もない。
何も困らない。
何の感情も湧かない。

そう僕は自分で人生を歩んでいようで
ただ決まったレールの上を走らされているのだ。

そのレールはずーっと真っ直ぐで
景色も何も変わらない。
目の前に来た分岐点のレバーを直し、
レールをまっすぐにするだけの作業。

こんなただ作業するだけの人生
君は面白いと思うかい?

僕は失敗した事がない。
失敗しようがない。

つまらない。

つまらない。

つまらない。

…もう飽きた。


いつものように僕は
落ち着けるこのカフェでゆっくり過ごしていた。

向こうから店員が僕の方へやってくる。

僕が注文したドリンクを届けるようだ。

こちらにさらに近づこうとした時、未来が見えた。

その店員は足を躓き
アイスコーヒーは僕の体に思いっきり被り
白いワイシャツがコーヒーでシミだらけなる未来。

それは困る。
このワイシャツは僕のお気に入りなんだ。
シミだらけになるなんてごめんだ。

避けよう。

そう思ったのに
僕は何故か避けない選択をしてみたくなった。

何故だろう。

僕のお気に入りのワイシャツがシミだらけになる未来なのに
僕はそっちの未来の方が魅力的に思えたのだ。

平凡で困った事も傷付けられる事もない。
何も起こらない未来より

僕は…

バチャッ

「申し訳ございません…!お客さま…!」

僕は初めて「最悪」という感情を味わった。

僕の人生が最悪だと思う「最悪」とは違う。

ぼんやりと思うモノではなく。
最大限に感じる「最悪」という感情。

何故か僕はその感情を味わう事が出来て、すごく嬉しい。

ずっと同じものが広がった白黒の景色に色が一つ着いた。

その色を僕は知らない。

こんな綺麗な色、初めて見た…。

そうか…僕は今まで知らなかったのだ。

この世界は白か黒かしか選べないと思ってた。

僕が黒だと思ってた中に色があった。

予測の中だけでしか存在しなかった感情が、
こんなにも綺麗で素晴らしい色だったなんて…。

正解を選ぶ。
それが楽しい人生になると、僕は思い込んでいたのだ。

どうして僕は今まで気づかなかったのだろう。

正解だと思ってた選択をしたのにも関わらず
ずっとつまらないという感情しか選ばなかった事に。

正解を選ぶ事が、人生を楽しくする事じゃない。

今起きた出来事を存分に味わう事。

舌を火傷して痛い思いしたり
渋滞に捕まってイライラしたり
残業する羽目になって愚痴を溢したり
大事な車を凹ましたりして嘆いたり

お気に入りのワイシャツを汚されて
最悪な気分になる。

僕は今を存分に味わっている。

僕は今を生きている。

今しか生きていないのだ。

今この瞬間にしか味わえない感情を
僕は感じている。

その日、僕は初めて心から笑った。


執筆者:千尋ゆか

★普段は有料記事(哲学関連の考察・詞など)を書いています。
不定期で掲載しています。
★自由に書いてるBlogもあります。
https://cocorocreator.com
こちらは2~4日に1回程度の頻度で更新しています。

#あの選択をしたから

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