自分だけの世界を紡ぐのは自分しかいない。
運動はできない。
体育の授業ではいつもクラスの中でも下から数えた方が早い順位。
いくら一生懸命やっても、やる気すら認めてもらえない。
一方、勉強はできるのかと言えば、それもたいしてできる方ではない。
一体……
ボクは何ならできるのだろうか……
学生時代のみならず、社会に出てからも何一つうまく行かない日々に、ボクはそんな葛藤を抱えながら毎日を過ごしていた。
ただ……
物語の世界に入り込むのが好きだった。
だから気が付けばずっと本を読んでいた。
暇があれば図書館に行っていた。
本を読んでいれば、誰からも何も言われない。
学生時代……。
勉強も運動もやらない。夏休みは家でダラダラしている。
そんなボクに親を始めとした周りは良い顔をしなかった。
だから、本を読んでいればとりあえずは何も言われない……そう。免罪符のようなものだった。
物語の世界では自分が主人公に成り切ってなんにでもなれる。
現実世界では何もできないボクだけど……物語の中では主人公なのだ。
ある日。
読んでいた小説の結末に納得ができなかった。
主人公に成り切って読んでいるボクにはこれはかなりしんどかった。
絶対にこんな行動はとらない。
なんであんなこと言っちゃうのかな……ボクは絶対にあんなことは言わないしあんな行動はとらない。
ボクは?
ハッと気付かされた。
『ボクは……』と言っている時点でもう物語の中には入りきれていない。物語の主人公ではなくボクはただの評論家に成り下がっていたのだ。
あの時の愕然とした気持ちは今でも忘れない。
客観的に小説を読むことも大事だということに気づいたのはもう少し後のことだったので、この時はそうは思わなかった。
物語の世界に入り込めたら自分はなんにでもなれるのではなかったのだろうか。
それなのに、この世界でも自分の思うようには行かない。
もちろんなんでも自分の思うように行くわけではないことは、なんとなくだけど学生だったボクにも分かり始めていた。
人生はそんなに甘くない。
いや、だからこそ、物語の世界だけでも自分の思うようにならないのは辛い……と思った。
今考えると……
ああ。
思春期だなあ……。
当時の自分を客観視することができる。
自分だけの世界。
それを作り出そうと思ったのはその時だった。
当時はパソコンなどは所持していなかったから、夢中になってノートに手書きで書いていった。
机に向かって長い時間、何かを書いているから親はきっと勉強しているのだろうと思ったのかもしれない。
忘れもしない高校2年の夏。
自分だけの世界を作り出そうと思ってから半年。
工夫を重ねて自分が書ける世界観は何なのだろうと考えて試行錯誤した結果、ボクはファンタジーを書くことにした。
でもただのファンタジーではインパクトは少ない。
主人公は関西弁で無茶苦茶な性格なんだけど、どこか憎めない、そんなキャラクターにしよう。
男性だと当たり前すぎるから女性にしよう。
こんなふうにあっという間にいろんな設定が出来上がったので、物語の形になったのもすぐだった。
夏休み。
ボクは夢中になって物語を書き続けた。
小説家になりたい。
そう思った。
ただ自分の作品はまだ世間に公表できるものではない。
客観的に自分の作品を読んだのはその時が初めてだった。
あらためて自分の作品を読めば見えてくる。
ボクにはその力はない。
才能はないのだ。
だからあの時はあきらめた。
何度も言うがボクには才能はない。
そんなものがあればすでに何らかの賞がとれているだろう。
それでも、悔いはない……なんてことはない。
しっかり残っている。
未練が後を追いかけてくる。
だから書き続けるのか?
自問自答してみると『違う』という答えが返ってくる。
じゃあ、なんで書き続けるのだろうか?
才能はなくとも、自分が良いと思える話を書くのは自分しかできない。
自分だけの世界を紡ぐのは自分にしかできないのだ。
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