こだまさん
またこの感覚だ……。身体が重いし、頭も痛い。
「たかし!起きてる?たーかーしーーー!学校だよ。ご飯食べな」
母さんがまた張り切っている。新しい学校に行く日はいつも決まってこうだ。ボクは行きたくないのに。あと5分寝たい。
ボクはもう3回も学校を変わっている。今日は4回目の転校生になる日だ。もうだいたい分かっている。朝礼で全校生徒の前で何かを話す。そして、クラスに行っても黒板の前に立たされ何かを話す。それからの流れもだいたい分かる。
1時間目の休憩時間にクラスの一番喧嘩が強い「番長」的なやつがボクのところにくるんだ。
「おぅ。お前、前の学校で何番目に喧嘩強かったのかよ?腕相撲強えぇのかよ?」
ったく。なんでどこの小学校行ってもみんな同じこと言うんだよ?こいつら大丈夫か?
その次に来るのが、よく分からない女子の軍団だ。やけに派手な洋服を着たリーダー的な女子がだいたいこう言う。
「ねぇ。君、頭いい?足はやい?顔はまぁまぁね。このクラスに好きな女の子ができたら、まず私に言ってね。クラスの恋愛バランスってのがあるのよ」
またこのくだらない儀式を通過しないといけないのか。まったく気が重い。
朝食を食べながら、母さんが言った。
「たかし!今度の新しい学校ね、こだまさんがいるってよ。よかったね!」
僕は意味がまったく分からなかったので黙っていた。うかつに言葉を発すると、余計に話がこじれるのを体験的に知っている。
「もう6年生だもんね。きっといい学校生活になるよ!」
相変わらずのんきな母さんは、ボクが転校するたびに学校でどれだけ苦労をしているか知らない。それでも、母さんもちょくちょく学校から呼び出されていたから、まったく知らないってこともないだろうに。これまでのことが転校のたびにリセットされるとでも思っているのだろうか。まったくめでたい人だ。
「ひとりで行ける?学校」
「うん。行ける、大丈夫」
「そう、じゃぁ母さん仕事だから悪いね。先生にまた挨拶に行くって伝えてくれる?」
母さんはだいたいこんな感じだ。ボクの母さんはいつも忙しい。これまでも母さんの仕事の都合で引っ越しをたくさんしてきた。ボクは母さんの帰りが遅くても、ひとりでご飯を食べるし、お風呂にも入る。
「行ってきます……」
「いってらっしゃい。みんなと仲良くすんのよ!」
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学校につくとさっそく校長室に通された。
「あなたが黒川たかしくんね。今、担任の先生がくるからちょっと待っててね」
ものすごく早口なベテランらしき先生がまくしたてる。校長室には歴代の先生の写真がずらりと並んでいた。初代の校長先生は白黒で、怖い顔をしてこちらを見ている。
「なんでこんなに怖い顔してんのかな?笑顔のほうがずっと校長先生らしいのに」
しばらくすると、優しそうな笑顔の白髪頭の女性とメガネをかけた細身の女性が入ってきた。
「黒川くん?わたしがこの学校の校長、崎山です。よろしくね。それからこちらが、6年1組の担任の望月先生」
「黒川くん、よろしくね。えぇと、お母さんはどこからしら?」
「母は仕事が忙しくて今日は来れません。先生によろしくと言っていました」
「あら……そう……」
「ボクは転校に慣れてますから。ひとりで大丈夫なんです。」
「それは頼もしいわ。じゃあ、教室に案内しますね」
よかった。今日は全校集会はないらしい。いきなりクラスか。まぁ、そのほうが話が早くていいか。先生に連れられて歩くこの長い廊下の少しひんやりした空気感が嫌いだ。まるで、今から待ち受けている僕の行く末を暗示しているようだ。
教室の前にくると、先生が突然ピタッと足をとめてこう言った。
「いい?黒川くん。もし、誰かに嫌な言葉を投げかけられたらこう言うのよ。“ボクはこだまさんを信じている”って」
あ、今朝母さんが言ってたな。こだまさんがどうだこうだって。こだまさんって何者なんだろう?
「あのぉ、そのこだまさんって……誰なんですか?この学校の先生?」
「ま、そういうところね。黒川くんが助けて欲しいときにこだまさんを呼んでみてね。きっと助けに来てくれるから」
呼んだだけで来てくれるなんて、そんな魔法みたいなことにわかに信じがたい。スーパーマンじゃあるまいし。
いつも通り「転校生」らしい顔をして挨拶をした。4回目ともなると慣れたもんだと得意げになっていたら、このクラスは何かおかしい。普通は転校生が挨拶したらざわつくもんだろ。なんで静かにニコニコしてるんだ?
休み時間。
喧嘩のつよい番長もおしゃべり女子軍団も僕のところに来なかった。
「なんか変だな…この学校……。気味悪い」
「別に変じゃないよ」
ふいに耳元で声がした。うわっ、と驚き振り向いた。
誰もいない。
「ここにいるよ」
また耳元で声がした。僕は立ち上がり、急いで廊下に出た。
そしてそのまま長い廊下を走った。とにかく走った。
はぁはぁはぁ。なんだよこの学校。ちょっと気味が悪いぞ。
廊下の水道で顔を洗った。ゴクゴクゴクと水も飲んだ。
鏡の中の自分が見えた途端、あまりの驚きに尻もちをついた。
「うわぁぁぁ」
「あいててて。なんだよキミは。そんなに驚くことないじゃないか」
ボクが驚いたのは、鏡の中の僕の肩に小さなおじさんが座っていたからだ。
そのおじさんが廊下に転がっている。
「誰だよ。おじさん誰だよ。なんでそんなに小さいんだよ」
身長15cmくらいの丸っこい小さなおじさんがそこにいた。オーバーオールを着た小さなおじさん。
「まぁまぁ。そんなに興奮してなくてもいいじゃないか。そうかキミにはワシが見えるんだね?」
「見えるもなにも。小さいおじさんがしゃべってるし……」
「うん、そうそう。その通り。キミの目の前にボクはいてしゃべっている。
見えるなら話は早い。ワシは言葉の妖精「こだま」。いつでも呼ばれたら来るよ」
「いやいや、呼んでないから」
「でもさっきからずっと(なんだよこのクラス…)って不安がっていたでしょ?」
「それで呼んだことになるの?」
「基本的にはならない。だけどキミはクラスの友達がニコニコ笑っているのを気味悪がったよね。そういうマイナスな感情が波動となってワシのところにくるんだよ。言ってることわかる?」
「なんとなく。でも波動ってなに?」
「人間が話す言葉や心で思う気持ちには、目に見えないパワーがあるんだ。人間は光の粒のようなもので構成されているから、そのパワーは光の粒となって放たれるんだ。それが波動っていうものだよ」
「おじさんはそれを感じ取れるの?」
「悪いけどこだまさんって呼んでくれる?いちおう、これでも妖精だからね。おじさんって言われるとイメージに響くから」
「あ、じゃ。こだまさんはその波動を感じ取って、それでどうするの?」
「お、いい質問だね。では、説明します」
こだまさんはそう言って、オーバーオールのポケットの中から何やら取り出した。
「ではまずこれを見て」
小型のプロジェクターのようなもので、映像を空中に投影している。
「言葉の持つ力を言霊(ことだま)って言うんだけど、その言霊にはいいものと悪いものと2つあるんだ。いい言霊を放つと、高いエネルギーが放出されてその場にいるみんなが癒されるんだ。例えばこう。」
そういうと、こだまさんはすっと息を吸い込み叫んだ。
「ありがとう!」
するとこだまさんの口から光の粒がたくさん出て、その光があたりをふんわりと包んでいる。ボクにもその光の粒がついて、なんだか嬉しくなった。
「本当はあんまりやりたくないんだけど、実験だから仕方ないね。悪い例ね」
ごだまさんは叫んだ。
「バカヤロー」
すると今度は黒っぽくにごった粒があたりに広がった。思わず顔をしかめたくなるような重苦しい雰囲気だ。気持ちも落ち込んだ。
「こんなに違うの?ありがとうって言葉はワクワクしたけど、バカヤローはチクチクして心が痛かった。嫌な気持ちになったよ」
「そうそう、その通りだよ。それが言霊だよ。」
映像には、こだまさんが黒っぽい粒を集めているところが流れている。集めたものをどうするんだろう?
「見ててごらん。これからこの黒い粒を金色に変えるから。」
そんなことできるの?という思い切り疑いの目で見ていた。黒を金に変えるなんて…まるでおとぎ話じゃないか。こだまさんが見えている時点ですでにおとぎ話だけど。
映像の中のこだまさんは、集めた黒い粒に何か言っている。そっとささやいている。すると、みるみる黒い粒が金色に輝きだした。
「わ!」
驚いたボクは思わず大声を出した。
「なんで?どうして?こだまさん何て言ってたの?」
「あはは。驚いたかい?あれはね、<ありがとう>とか<感謝してるよ>って言っていたの」
それだけ?それだけで金色に光るってなんか……手品みたいだ。
「言霊は<言葉のチカラ>だけど、人間だけじゃなく動物や植物にも波動があるんだよ。例えばお花に毎日きれいだね、かわいいねって話しかけてごらんよ。そのお花からはたくさんのいいエネルギ―が出て、お部屋中に金色の光が満ちていくよ」
ボクはそれを聞いて本当に驚いた。毎日それを感じ取っていたからだ。
引越しばかりの我が家は家具も荷物も少ないけど、ボクが生まれてからずっと大切に育てている植物がある。それはがじゅまると言って南国の木だ。小さながじゅまるの木は、今や大きな鉢からはみ出しそうなくらい成長している。
ボクは帰るとたいてい一人でおやつを食べたりテレビを見たりゲームを見たりしているけど、寂しいときはがじゅまるの木に話しかけている。
すると不思議と元気になった。まるでがじゅまるの木に意識があって、ボクを元気づけているんだと思っていたからだ。
「そうだね。かじゅまるの木はキミを見守っているんだね」
「え?ボクが考えてることが分かるの?」
「さっき言ったろ?心で思っていることも波動を出すって」
キンコンカンコーン♪
「さぁ、たかしくん。もう大丈夫だ。これからの学校生活楽しいよ♪なんていったってこのワシがついているからね」
こだまさんは丸い顔で笑っていた。
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