どんぐりのパンツに、好奇心が広がった
秋の気配とともに、この秋はすっかり「どんぐり」にはまっている。つい先日、日本列島の天然林は「ドングリの木」の王国だという記事を目にして、以来、頭の中にどんぐりが住みついている。興味深いことに、どんぐりの分類はパンツ(=どんぐりの下のほうの部分)というそうだ。こんなかわいすぎるネーミングをつけた先生がおられると思うとうれしくなる。ますます、気に入って調べてみると、どんぐりとわれわれのつきあいは縄文時代からなのだ。そんなに長いつながりなのに、どんぐりのことをほとんど知らなかった。ひとまず個人的にどんぐり研究会を頭の中に置いてみた。ほんの数日で「どんぐり風物詩」にたどりついた。そしてパンツの分類が起点となって、わたしのどんぐりの旅がはじまった。
生態系や食文化に不可欠、どんぐりの存在
日本には、どんぐりの木が全部で23種と1亜種、そして4つの変種もあるのだとか。これらは、コナラ、クリ、マテバシイ、シイ、ブナという5つのグループに分かれている。暖かい亜熱帯から温帯にかけての日本の森では、高いところに生える木の大部分が、このどんぐりの仲間だそうだ。
どんぐりの木は、奄美より南の山地から、日本海側では北陸あたりまで、太平洋側では宮城県南部くらいまで、さらにはそれよりも寒い地域でも見られる。日本列島は細長いため、地域ごとに異なる気候があり、これがどんぐりの種が広く分布するのに役立っているのだ。ネズミやカケスといった野鳥たちが、どんぐりを食べたり運んだりすることで、どんぐりの木々がまんべんなく分布している。
そして、どんぐりの分類は、殻斗(かくと/パンツ/ハカマ/帽子)と呼ばれるが、パンツが一般的らしい。分類がパンツだなんて、かわいすぎるネーミングに圧倒され、わたしの好奇心は一気にどんぐりに向かっていった。
どんぐりのしくみ…渋皮の中にある種子に芽が出て、樹木が育つ
どんぐりは果実である。果実の一部、または全体を殻斗(かくと)に覆われる堅果(けんか:どんぐり本体)。その大部分は種子である(体積・質量の大部分は種子)。どんぐりから芽が出て、コナラの樹木へと育つ。
どんぐりのパンツは、菌類、動物と関り、多様に進化してきた
どんぐりのパンツは大きく分けて4種類
どんぐりは堅果と殻斗があり、パンツの形を ➀トゲトゲパンツ ②チューリップパンツ ③うろこパンツ ④シマシマパンツの4つに分けて観察する。どんぐりはこんなに多くのファミリーがある。詳しくは下記のどんぐり検索表をごらんいただきたい。
栄養豊かなどんぐり、生態系のメカニズムを活性する存在
どんぐりは、秋の森に欠かせないエネルギー源だ。どんぐりは大きくて丸い姿が特徴的。その中には肥大した子葉が詰まっており、大量のデンプンが蓄えられている。生産量も多いため、秋から冬にかけては、森に棲む動物たちにとってなくてはならない存在となる。どんぐりの豊作かどうかで、動物たちの冬の暮らしが左右される。
シイ類の果実は、まず樹上ではムササビなどの動物に食べられ、地上に落ちた後はネズミやカケスたちの重要な食料となる。ブナやミズナラの果実は、特にツキノワグマの主食だ。こうした木々の実りが少ない年には、クマたちは人里に出没しがちになる。自然の中で生きる動物たちは、どんぐりに多くを依存しているのだ。
どんぐりは世界中で重宝されてきた。イベリア半島では、イベリコ豚の飼料として、コルクガシなどのどんぐりが利用されている。中央ヨーロッパのブナの林では、かつて豚が放牧されており、どんぐりの林の中で育った豚は風味豊かな肉を提供していたという。日本でもかつて、沖縄ではオキナワウラジロガシのどんぐりが豚の飼料として活用されていた。どんぐりは、森の動物たちだけでなく、家畜にとっても栄養源となり、人間にとっては貴重な食料をもたらしている。
「動物」と「どんぐり」のすてきなパートナーシップ
森の動物たちにとって、どんぐりは重要な食料だ。シカやイノシシ、リス、さらにはカラスなど鳥類が、この小さな実を求めて動き回る。動物たちがどんぐりを食べ、森の中で運ぶことで、どんぐりの種は再び根を張り、森を再生していく。どんぐりの豊作は「マスト・イヤー」とも呼ばれ、動物たちの数にも影響を与えるという。どんぐりはと昆虫や動物、菌類などと関係しながら進化してきた。どんぐりを知ることは、森の生態系を知ることである。
縄文時代、食生活や非常食を支えるスーパーフードだった
古代から人間の生活にも関わってきた。縄文時代には、遺跡の貯蔵遺構からどんぐりが発見されている。食料として活用されていたらしいが、その頃、すでにタンニンの渋みを和らげるための工夫もあったとされている。少し手間がかかるが、栄養価は高く、人々の暮らしを支えたどんぐりはスーパーフードだった。また、飢餓や食糧難という事態になった時に備えられる非常食として、重宝された可能性もある。どんぐりはイモ類より、長期保存ができるため、貯蔵に向いていたのかもしれない。
クルミとピーナッツのように超美味、どんぐりグルメ
わたしたちもどんぐりを食べることができる。しかし、ちょっとした注意が必要だ。シイ類は生でも食べられるが、炒ることで香ばしさが増してさらにおいしくなる。ナラ類やカシ類にはタンニンが多く含まれているため、生では渋みが強く、そのままでは食べにくい。しかし、水にさらしたり、加熱してあくを抜くことで、食べやすくなるのである。炒ると香ばしく、クルミやピーナッツのように美味ともいわれている。
小説、童話、歌、ことわざ…愛されるどんぐり文化
日本の文化や文学の中にも、どんぐりはたびたび登場する。特に童話や歌などでは、どんぐりが愛らしい存在として描かれる。例えば、日本の童話『どんぐりと山猫』(宮沢賢治作)は、どんぐりたちが山猫の裁判に巻き込まれるユニークな物語。宮沢賢治らしい自然愛が感じられる作品である。
童謡『どんぐりころころ』は、池に落ちたどんぐりがどじょうと出会い、一緒に遊ぶが、最後は山が恋しくなる。可愛らしくも少し切ない物語で多くの子供たちに親しまれている。
ことわざにどんぐりの背比べ、慣用句にどんぐりまなこがある。このようにどんぐりは暮らしに身近な存在だった。
「どんぐりと山猫」宮沢賢治作
:大正13年に刊行の短編集「注文の多い料理店」に収録。詳しくは下記をご参照いただきたい。
寺田寅彦作「どんぐり」
日本の物理学者で、随筆家、俳人として活躍した寺田寅彦作の小説「どんぐり」は、病人と美代の関係を描いた作品である。
童謡「どんぐりころころ」
子供のころ口ずさんだ「どんぐりころころ」は大正時代の作品。時代を超えて今も愛されるメガヒット曲である。
どんぐりころころ
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作詞:青木存義/作曲:梁田 貞
大正時代に作られた童謡です。編曲は、チャイコフスキー先生の『くるみ割り人形』のメロディーをお借りしています。