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母から学んだ、りんごの物語

わたしの実家では、食後はりんごのデザートを食べる習慣だった。青森に嫁いだ母の親友が毎年大きな箱でりんごを送ってくれたから、りんごは身近な果物だった。母は栄養士の資格があり、定期的に料理講習に参加していた。実践派の母は、新しいレシピはひとまずわが家で実験的に試す。肉料理、魚料理、そしてりんごのデザートもあった。何度か練習を繰り返し、母は豚肉料理の添え物にりんごのコンポートや、食後にデザートの焼きりんごを作ってくれた。よく遊びにきていた従弟(記事「神隠し?神社でいなくなった少年」に出演ゲスト)は、「いつも手作りのモダンな料理を作ってくれるのが楽しみだった」と今も語る。家族や親せき、近所でも好評で、アップルコンポート、りんごジャム、りんごジュースなども次第に得意料理になった。

りんご箱で送ってきたりんご(イメージ)

りんごの料理研究から、リンゴ学の研究に熱中


そういうりんごにまつわる近況を青森の友達に報告している間に、ふたりはりんごについていろいろな角度から一緒に学び始めた。りんごが日本に来た由来や、りんごの歴史や文化を猛勉強していった。そんな風だから、りんごについて聞かれたら大抵のことは答えられるようになった。リンゴ学などという言葉があるかわからないが、りんご学と人に話しているのをよく耳にした。数年かたったころ、だれともなしに人は母のことをりんご博士と呼ぶようになった。

母たちのリンゴ学(apple study)によると、りんごの故郷は、中央アジアのコーカサス山脈や中国の天山山脈を中心とした山岳地帯らしい。そもそも「西洋りんご」が日本に初めてやって来たのは、明治4年(1871年)にアメリカから「国光(こっこう)」という品種の苗木が持ち込まれたのだ。この国光は、のちに開発された「紅玉」とともに、日本のりんご産業の重要な品種なんだと母が人に話すのをよく聞いた。

ホームステイ先のりんごの木、あまりに小さな果実にショック


母はわたしの洋服をデザインするのも得意で、リンゴプリントの生地やアップリケの素材を買ってきてはわたしの洋服を作った。それはりんご好きな母のレプリカのようで気恥ずかしかった。幼い頃は「よく似合うね」といわれると悪い気はしなかったが、成長とともにりんご生活から新しい興味へと移るようになった。ひょんなことから絶好の機会を得て、その年、海外留学のチャンスに巡り合い、わたしは母に相談した。その気持ちをすぐに母が支援し、早速、父を説得してすぐに決まった。わが家では父は存在感がめっぽう薄い。母がいいといえば、だいだいは決まる。留学先の学校は9月入学。そこで数か月の間、語学と環境に慣れるため、早めに現地入りした。

目に映るものが新鮮で興味がいっぱい膨らむ。典型的なイギリスの住宅といわれたホームステイ先には、家の表側と裏側に庭がある設計だった。表側には、濃いピンク色したうつくしい八重桜が満開で、わたしを歓迎してくれているように感じた。わたしの部屋は裏側に面していて、窓からりんごの木が見える。裏庭は広く、円形の花壇が1つは赤いチューリップ一色、ともう一方は黄色いチューリップが一色に植えられている。鮮やかな色彩が強烈なインパクトで迫ってくる。その真ん中にりんごの木がある。「秋にりんごがおいしい実をつける」と下宿のおばさんに教えられ、楽しみにしていた。ところが秋にできたのは、見たこともない小さいサイズのりんご。しかも落ちてきた実を鳥が食べて、どれも大きな穴が開いていた。おばさんに言われて学生が梯子をかけて、鳥がつつくまえのりんごの実をとってテーブルに並べた。しかし、鳥はよく熟したりんごをよく知っていて、せっかくとったりんごは、食べられたものではなかった。「こんな時にりんご博士の母の知識があったらなぁ」と思ったものだった。生で食べるほどではないから、イギリスではアップルタルトやジャムにして食べるんだ、とわたしなりの理解で納得していた。

パブで人気、アップルサイダーのイメージ

パブで人気、アップルサイダー。日本で国産も登場…

おそらくそういう理由から、イギリスはりんごをアップルパイやタルト、ジャムや肉料理の添え物にしたり、りんごのレシピが豊富だった。ホームステイ先は代々、学生が下宿しており、毎週のメニューが決まっていた。おばさんはインドに長く済んだのでカレーライスもメニューにあり、学生に人気だった。そして土曜日のディナーはシナモンが香るアップルタルトがつく。その頃、特に驚いたのが、アップルサイダー。ヨーロッパやアメリカでも、シードルと呼ばれ、人気のある酒である。りんごから作る酒で、イギリス人はアップルサイダーと呼ぶ、いわばビールのようなもの。現地のパブでもアップルサイダーは人気がある。最近はりんごの産地、長野県や東北地方でシードルが醸造されていると聞いた。近頃は「国際シードルメッセ」が開催され、高品質のシードルには《ポム・ドール賞》が与えられるそうで、日本の会社が選ばれたこともあるという記事があった。

考えてみたら、りんごはいろいろな形で鳥やリスなどの小動物、そして何よりも長年わたしたち人類を救ってきた。母はりんごのどこにひかれてりんごを学ぼうとしたのかわからない。けれど、わたしは店で「アップルシナモンジャム」や「アップルペイスト」などを見つけると、つい買ってしまう。りんごの味覚が好きというのもあるが、身近な食材として以上のりんごに対する思いは、多少なりとも母親から受け継いでいると思うこの頃である。




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