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「スリープ・オン・ザ・グラウンド」第10話

「え?それって……相当やばい相手ってこと?」

 瑠夏るかが飲み物をズゴーッと勢いよく吸う。

「この謎も解いてるんだから頭も切れるんだろうね」

 和久わく君は腕組をして座席の背もたれに寄りかかる。ポテトを口に咥え、上下させていた。

「そんな手の込んだことをするなんて。一体どこの誰よ」

 瑠夏の独り言に、そんなの私が一番知りたいと答えようとした瞬間。私は鬼山おにやま先生が立ちはだかっていたあの朝を思い出した。動画配信者の男性は何と言っていたか……。
 私はスマホの画面を自分の方に向けると慌てて検索した。

「おーい。紬希つむぎ?どうかしたの?怖い顔して」
氷上ひかみさん?」

『爆破予告が出された同森ヶ丘中学校に来てるよー!なんでもあの窃盗集団……カラスが関わってるって話!』

 再生された音声は二人の耳にも届いた。

「窃盗集団カラスって……何?」

 情報を鵜呑みにするのはよくない。裏付けをするため更に情報を検索する。目当ての情報が見つかると私は画面に浮かぶ文字を読み上げた。

「日本各地で盗みや強盗を繰り返す犯罪集団。宅配業者や警察に変装しターゲットを油断させる。ターゲットによっては手荒な手段に出ることもある。闇バイトで人を雇い、中心メンバーは足がつかない。今警察が最も警戒している集団……」
「宝を狙ってるのって、ただの泥棒じゃなくて本物の犯罪者ってわけ?」

 瑠夏が興奮気味に声を上げる。
 そう。私達が戦おうとしていたのは本物の泥棒で、しかもかなり危険そうな相手なのだ。

「あの泥棒達がその犯罪集団だってはっきりとした証拠はないけどね。この『カラス』っていう窃盗集団の可能性は高いんじゃないかと思う。犯行の手口が似てるから」

 窃盗集団に怖気づくようなふたりでない。瑠夏は飲み物のカップを握り潰しながら言った。

「だったらなおさら早く宝を見つけなきゃだね。悪人はもうこの謎を解いちゃってるんだから」
「泥棒だってそう何回も侵入できないはずだよ。学校に自由に出入りできる僕らが有利だ」

 真剣な顔でポテトをつまむふたりが頼もしくも面白おかしくも見えた。私もそんなふたりに便乗するように宣言する。
 
「その通り。相手が誰であろうと必ず対抗策はある」

 口元にストローを当てながら瑠夏が呟く。

「紬希ってさ……。クールな女かと思いきや熱い女だよねー」
「え?」

 瑠夏の言葉に私は固まる。無表情で不愛想、冷めた性格の私が熱い女?私は戸惑いを隠すことができない。

「分かる!氷上さんってなんか格好いいよね!」
「そ……そうかな?」

 今までにない自分への評価に私はどんな反応をしたらいいか分からず、紙ストローに口を付けた。

「よしっ。そうと決まれば今から学校に行こう!」

 すぐにでもお店から飛び出しそうな雰囲気に私が慌てて制する。

「ちょ……ちょっと。ひとまずこの暗号文の解読してからにしよう。また鬼山先生に見つかったらまずいし、カラスのこともある。ここからは冷静に行動しよう」
「……はーい」

 瑠夏は不服そうな顔をしつつも大人しく席に戻って来た。

「そしたら僕も今日はこの暗号解読に力を入れようかな」
「うん。そっちは和久君に任せる」

 私が軽く頭を下げると和久君がガッツポーズをしてみせる。
 話がうまくまとまったところで突然、後ろの座席からシャッター音が聞こえてきた。

「暗号ゲットー」

 座席の仕切りの上から顔を出したのは火縄ひなわ一派のひとり。星野君だった。私は机に広げていた暗号文を慌てて閉じたけれど時すでに遅し。
 恐らくスマホで写真を撮られてしまっただろう。

「あんたら!どうしてこんなとこまで!」
「お前が馬鹿でっかい声で言ってただろ。日曜日に会うって。この辺の中学生が溜まる場所っつったらここぐらいだ」

 私達のテーブルに現れたのは火縄君だった。相変わらず意地の悪そうな笑みを浮かべて私達を見下ろしている。
 私は頭を抱えた。甘かった……。話し合いにこの場所を選んだのが間違いだった。ファストフード店というのは同森ヶ丘中学校に通う生徒たちと遭遇する率が高い。
 悔しいが今回は火縄一派が一枚上手だった。

「帰って、とっととこの謎解こうぜ」
「そうだな」
「ぜってー文芸部なんてダサい部活兼部したくねえし」

 火縄一派はそれぞれ購入した食べ物を手に私達の前から悠々と立ち去って行った。

「ほんと最悪っ!なんであいつら正々堂々戦うってことしないのかな?ズルばっかり!」

 瑠夏が声を荒げる。近くにいたパーカーを着たお兄さんが何事かと私達を凝視していた。そんな瑠夏を和久君が穏やかな声でいさめる。

「まあまあ。暗号文を撮られたところで解けなければ意味がないからね。安心してよ。あっちのチームよりも僕が早く解いちゃうからさ」

 和久君の余裕な姿に、悔しさでいっぱいだった私の心が落ち着いていく。そうだ。起こってしまったことは仕方ない。火縄一派に構っている時間があったら暗号解読に時間を使った方が効率的だ。私は心の中で燃え上がっていた怒りの炎を自分で消火する。

「それでもムカつくー!こうなったらアイスでも食べて忘れよ!ほら、和久君も紬希も頼んで!」
「瑠夏食べすぎだって……」

 いまいち締まりのないまま、私達はファストフード店を後にした。

 家に帰った私は暗号文を広げて唸り声をあげる。

 上を見上げて同じものがふたつ……。赤の道、黒の道……。
 暗号文を頭に浮かべても何のことやらさっぱりだ。
 夕ご飯を食べている時もお風呂に入っている時も、歯を磨いている時でさえも私は暗号のことを考えていた。
 そのせいでいつも以上にお母さんとお父さんの会話が適当になってしまう。

 こんな調子で宝が探せるんだろうか。大口を叩いていたわりに何の役にも立たない自分の使えなさに打ちひしがれていた。
 何か壁にぶつかるたびに私の心の中に空白が生まれる。上手くできない自分の恰好悪さが嫌になるのだ。

 スマホが振動する。画面を開くと和久君からのものだと分かった。

『暗号、分かったかもしれない』
「はやっ」

 思わず独り言を言ってしまう。やっぱりクイズ部のエースの実力は伊達ではない。
 和久君のコメントの後で瑠夏が目を飛び出した不思議なキャラクターのスタンプを送信してきた。まさに私の心情を代弁するようなスタンプだ。

『月曜日に詳しいこと教えて。火縄君には要注意』と返信する。するとすぐに和久君から『了解』という簡単な返事が返って来た。ついでに瑠夏からも不思議なキャラクターの『OK』というスタンプが帰ってくる。

 さて。これからどう動こうか……。


「あーあ。空からかねが降って来ねえかなー」

 年季の入ったソファに腰かけながら青年が呟いた。
 古いビルの一室。人相の悪い男達が集まっていた。ひとりはパソコンと向かい合い、ひとりは机の上におびただしく並べられたスマホを操作している。ひとりはスマホで朗らかに「ええ。誰でも簡単にできるお仕事です!しかも高時給」と語っていた。

 明らかに普通の集まりではない。

 青年はファストフード店の袋を漁ると、大口でハンバーガーを食べ始めた。青年はそこまで背が高いというほどでもなく細身だった。短い黒髪という清潔感のある見た目は、新卒社会人のように見えなくもない。特筆すべき特徴のない普通の若者に見える。

「そんないい話ないですよ。リーダー」

 ソファの側に立っていた体格の良い、ガラの悪い顔をした男が律儀に青年のひとりごとに答える。その風貌はまるで獰猛な熊のようだ。

「だってそうだろ?ヒグマ?空から金が降って来れば盗みなんてしなくて済むのに」

 青年は片手にバーガーを持ちながらポテトを口にする。ヒグマと呼ばれた男は顔を顰めた。周りにいた男達の間で笑いが起こる。

「そんなことより暗号解読はどうなっているんですか?本当にあるんでしょうか。先代のカラス様が言うお宝というのは……」
「死んだ親父が言ってたことだし。俺達の行いが良かったお陰か、その宝を探すよう依頼が来たんだ。しかも結構いいお値段で。存在するのは本当なんだろう」

 ごくんっとハンバーガーを飲み込むと、手に付いたソースを舐めながら青年が答える。

「あの訳の分からない暗号を解いたんだ。カラスの頭脳がありゃあ宝なんてすぐ見つかるさ!」
「もう一度侵入するのが面倒だよ……。なんたって学校だから……」
「うるさいぞ。キツネとネズミ」

 ヒグマに注意された男ふたりは黙り込むと、再びパソコンの画面とスマホ画面に視線を戻した。

「トンビは?」
「例の仕事の手配のため外に出ています」
「仕事のための仕事かー。ご苦労なこった」

 食べる手を止めるとカラスと呼ばれた青年は大きく伸びをする。

「俺の頭脳があってもこの後の謎は難しい。だから手伝ってもらおうと思って……」

 その後で意地の悪い笑みを浮かべた。

「学校のお友達に」

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