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「スリープ・オン・ザ・グラウンド」第9話

 白い紙を広げるとよく分からない文章が並んでいた。

・赤の道の先。上を見上げて同じものがふたつ。ひとつだけ使えばいい。
・オレンジの道の先。皆がっかり。ふたつめを使う。
・黄色の道の先。五つの線のうち三つ目の線の間にあるもの。
・黄緑の道の先。生き物であり数字でもある。
・緑の道の先。魚がいなくなって残ったもの。
・水色の道の先。反対の世界から見えるもの。
・青の道の先。答えを出すのに必要なもの。
・紫の道の先。W4のひとつめ左側にあるもの。
・黒の道の先。綺麗にしたら見えてくるもの。
・白の道の先。宝石の中に隠れた道の先にある。

「すごい!紬希つむぎちゃん。これってさっき言ってた暗号なんじゃない?どうして見つけられたの?」

 私の隣にやってきた加賀美先輩が興奮したように私の肩を叩いた。先輩に褒められてほんの少しだけ得意になる。
 
「なんとなく……です。『宝石』って宝の一種じゃないですか。それと文芸部の創設したのが初代校長ってことは宝のヒントが『宝石』の最初の号にあるんじゃないかって思ったんです」

 私は喋りながら紙を見下ろしてため息を吐いた。見つかったのはいいけれど……。

「こんなに謎があるなんて……」

 隣から顔を覗かせていた加賀美先輩も困ったように笑う。

「それはそうかもね。10問もあるし……」

 私はこういう発想の転換を必要とする問題やパズルが苦手だ。問題文を見ただけで頭が痛くなる。
 自然と頭の中にクイズ部の和久わく君の顔が浮かんだ。悔しいけど私が持たない発想力を彼ならもっているだろう。

「この謎解きは知り合いのクイズ部の子に任せようと思います……。宝探し仲間に日曜日会う約束をしているので」

 私は静かに暗号文を折りたたんだ。

「なんだか楽しそう!それぞれが己の得意分野を生かして宝探しに挑むなんて……小説みたいでワクワクするね」

 加賀美先輩に言われて初めて私は自分の置かれた状況に気が付く。
 事実は小説より奇なりと言うし。実は現実の方がとんでもないことが起こるものなのかもしれない。

「いいなー楽しそうで。私、受験生だからそういうことできないし」
「そうでした……。夏が終わったら先輩居なくなっちゃうんですよね……」

 考えたくないけれど先輩が引退すると文芸部は私ひとりになってしまう。廃部という現実が目に見えて、私は思わず両手で自分を抱きしめた。

「だから今回の宝探しで紬希ちゃんの名が轟けばさ、部員を確保できるかもしれないじゃない?」
「それは……そうかもしれません」

 宝を見つければ火縄君との戦いに勝利し、プライドは保たれる。部員が増えるかどうかは分からない。私の行動次第だろう。私は誤魔化すように少し笑ってみせた。

「だから紬希ちゃんには宝を見つけて欲しいな!」

 先輩の可愛らしい笑顔に瞬きを繰り返す。部活の存続だけではなく加賀美先輩の期待まで背負ってしまうとは。こうなったら本当に宝を探しださなければ。改めて気が引き締まる。

「先輩は学校に隠された宝って何だと思います?」

 私は初代の『宝石』をぱらぱらとめくりながら聞いた。原稿は全て手書きで書かれていてそれが何だかとっても新鮮だった。
 実は先輩が何と答えるのか気になっていた質問でもある。

「そうだな……。多分、誰も想像もしない。あっと驚くようなものだと思うよ。小説の展開だったら絶対そうなるよね?」

 加賀美先輩はそういうと楽しそうに笑った。
 さすが先輩。私も同じことを考えていた。ストーリー展開で考えてみればこの宝というのは今まで私達が思い浮かべたものではないもののはずだ。
 自然と私の心臓の鼓動が速まる。

「そうですよね。きっと想像を超えた何かですよね」

 『宝石』の背表紙の裏まで目を通し終えると紙がごわついているのに気が付いた。何だろう。あまりにも古くてこうなってしまったのかな。

「暗号も見つかったことだし。そろそろ私達も部活動に戻ろうか。締め切りまであっという間だからね」
「そうですね。また日曜日にみんなで作戦を考えようと思います」

 私は『宝石』を閉じると己の作品と向き合うことにした。
 それにしても遥か昔から文芸部がこんな風に活動していたのを知るというのは何だか不思議だ。当時の文芸部員たちも締め切りに追われ、悩み苦しみながら作品を完成させたんだろうか。
 過去の文芸部員が繋げてきたリレーを私が止めるわけにはいかない。宝探しだけではなく部活動も頑張りたいところだ。

「加賀美先輩。口うるさい両親を御札おふだで封印してしまった子の物語とかどうでしょう」

 私が思いついた物語のネタに加賀美先輩は困った表情を浮かべた。

「面白そうだけど……紬希ちゃん、何かあったの?」


 日曜日の午前中。
 一番世界が緩んでいる時だと肌で感じる。月曜日の絶望を実感するにはまだ早い。
 私は猫のTシャツに学校指定のハーフパンツという適当な格好でコンビニの前に立っていた。家庭科の時間で作ったトートバックの中に暗号が書かれた紙……機密文書が入っている。
 しきりに辺りを見渡してふたりの姿を探した。早く早く……。

「ごめん。少し遅れちゃった!」

 全速力で此方に向かって走って来たのは和久君だった。海外のサッカーチームのユニフォームにハーフパンツを合わせている。
 大きめのサイズのユニフォームを自然と着こなす和久君に私は自分の姿が急に恥ずかしく思えた。
 なぜ世の中にはTシャツだけでおしゃれに見える人と見えない人がいるのか……。もっとおしゃれな私服を着て来るべきだったろうか。いや、ひとりだけ場違いみたいな格好も嫌だし。
 私がファッションについてどうでもいい思案をしていると和久君が息を切らしながら答えた。

「あれから何か新しい情報とかあった?」
「それをみんなに今日話したくて……」

 自分の両手を握りしめて、暗号文のことを話そうとした時だ。

「ごめーんっ!遅れちゃった!」

 大きく張りのある声にかき消される。私は不機嫌そうに声の主を見上げた。

「……瑠夏るか

 瑠夏は制服やジャージ姿から一転。可愛らしいギンガムチェックのワンピースを身に着けていた。瑠夏は他人の目を気にしない。だからこんな風に堂々とクラスメイトに私服を見せることができるのだ。
 そんな瑠夏が羨ましく思えてまたひとりで勝手に己のダサさに絶望する。いや、今はそんなことよりも宝探しの情報共有だ。

「作戦会議でしょ?だったら場所変えない?私食べたいものがあるんだ~」
「……え?」

 唐突な瑠夏の提案に私は目を白黒させる。

「いいね。僕も小腹が空いてきたところだし」
「じゃあ決定!」

 瑠夏と和久君が楽しそうに勝手に話を進める。私が文芸部の存続と加賀美先輩の期待という思い使命を背負っているというのにふたりのなんと気楽なことか……。半分呆れながらふたりの後に続いて歩き出した。

「嘘?宝の暗号文が見つかった?」
「ちょっと瑠夏。声、でかいって……」

 しょっぱなから瑠夏の大々的な情報漏洩に私は頭を抱える。私が小声で注意しても何の意味もないのだけれど……。
 瑠夏の声に周りのお客さんが何事かと此方に視線を寄越す。何となく私は頭を下げて謝罪した。

 ファストフード店に移動した私達はハンバーガーやポテトを前に宝探しの情報共有を始めていた。
 私が宝の暗号文を見つけたと言った途端にこれだ。宝探しにおいて重要なのは誰が早く宝に関する情報を手にするかなのに。こんなことでは先が思いやられる。

「暗号?どんなの?僕に見せてよ!」

 和久君はポテトを食べる手を止め、目を輝かせながら私のことを見る。ふたりに翻弄されつつ私はトートバックの中からノートの間に挟んでおいた一枚の白い紙きれを取り出した。
 
「これが図書準備室から見つけた暗号」

 ふたりが興味深々で私の手元を覗き込んでくる。

「えー……。訳分からないんですけどー」

 瑠夏が早々にギブアップしたが和久君は暗号文と向き合い始めた。
 するとさっきまでのふわふわした雰囲気が一変。神聖な緊張感が私達を包む。瑠夏と私は思わず背筋を伸ばした。

「これだけ暗号があるってことは……。繋げると意味のある文章になる可能性が高いね。そう考えると1問の答えが1~2文字ってところかな?」
「さすがクイズ部!それっぽい見解!」

 和久君の見解に私は目を見張る。やっぱり暗号解読は和久君に任せて正解だった。

「その文章が分かってもまだ更に謎があるみたい。泥棒たちもまだ場所が分からないって言っていたから」
「そうみたいだね。旧校舎という場所を組み合わせてやっと解ける謎になっているはず……」
「じゃあ今すぐ行く?待って、すぐに食べちゃうから」

 瑠夏が大口でハンバーガーを頬張り始めたので慌てて止める。

「待って!その前にふたりに話しておきたいことがあって」

 私はトートバックからスマホを取り出すとブックマークしておいたニュース記事を見せる。

「これ見て。清掃業者から盗まれた車、見つかったみたい」
「とういうことは……宝を探すライバルが減ったってわけだ」
「良かったー。泥棒が逮捕されて一安心。で、結局学校の宝を狙ってたのって誰だったの?」

 暗号文から今度は私のスマホに視線が集中する。
 昨日の夕方。「くまクリーン」の盗まれた車が見つかったというネットの記事を見つけた。やっとあの泥棒たちの正体が分かる!と期待して記事を読み進めていったけれど、私はあることに気が付いた。

「そこに書かれている人、この前旧校舎にいた人じゃない」
「え?」

 ふたりが同時に顔を上げて私を見る。

「捕まったのはひとりの男性。あの時5人はいたから」
「それって……つまり?」

 瑠夏が眉根を寄せ、首を傾げる。それでもポテトをつまむ手は止まらなかった。
 
「フェイクだよ。宝の狙う泥棒たちは捕まった……と見せかけて今もまだ身を潜めて狙ってる」

 私は乾いた口内を潤すために紙ストローをくわえた。口の中に紙が張り付いたような気持ち悪い触感がする。

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