「スリープ・オン・ザ・グラウンド」第18話
「この暗号文は二重構成になってるんだよ」
旧校舎の中は防音シートのため、ほんの少し薄暗い。剥がれ欠けた白いタイルの上を歩きながら和久君が語る。その様子は真相を語る本物の探偵みたいだった。
「暗号文の『何とか色の道の先』ってこれのことを言ってるんだと思う」
和久君が指刺した先にあったのは……矢印だった。旧校舎中に描かれている矢印で、土埃によって霞んで見えにくくなっている。
「あ~確かに!方角を示してるっぽいもんね!」
瑠夏が感動したように声を上げる。
「矢印が指し示す先、後半部分の謎に関係する物があるんだと思う」
和久君の発想力に私は舌を巻いた。さすがクイズ部のエース。探偵っぽい言動に小説の主人公っぽさがにじみ出ている。
「じゃあさ。一番最初、赤の道から行ってみる?」
瑠夏が私の手元にある暗号文の一番上の段を指差す。これから遊びに行くみたいなノリだった。私と和久君は同時に頷く。
「廊下にも所々矢印があるけどさ、同じ矢印の色でも廊下の向こう側まで続いてるのもあれば反対側を向いてるのもあるじゃん。本当にこの通りに進んでいいの?テキトーに書かれてたりしない?」
腰に手を当て軽く後ろに伸びをしながら瑠夏が言った。床を見続けて首が痛くなったのだろう。私も顔を上げて一休みする。
「恐らく中には偽物の矢印もある。ここなんて途中で矢印が途切れてるし」
和久君が示した赤い矢印はみっつほど立て続けに続いた後、ぷっつりと途切れていた。どこにも辿り着いていない。
「僕が思うに……どこか正しいスタート地点があってそこから伸びている矢印を追っていくんじゃないかと思うんだ」
和久君の言葉に私ははっとする。もしかして……そういことかもしれない。気が付けば体が動き出していた。
「ちょっと!紬希どこ行くの?」
瑠夏の声に構わず私がやって来たのは旧校舎に侵入した時に入った教室だ。教室のネームプレートを見上げて呟く。
「やっぱり」
私は頭の中に思い描いたストーリー展開に赤丸を付けた。
「この教室がどうかしたの?」
少し息を弾ませた和久君の声が聞こえた。走って追いかけてきてくれたらしい。瑠夏は突然のダッシュに慣れている模様。訝しげに私のことを眺めていた。
「ここが正しいスタート地点だと思う」
「なんでそんなこと分かるの?」
瑠夏の純粋な疑問に私は淡々と答える。
「3年2組は真珠さんのクラスだったから」
そう。3年2組は暗号の考案者、栄真珠さんが過ごした教室だった。スタート地点があるのならばこの教室である可能性が高いとストーリー展開から考えた。
思い入れもあるだろうし、授業中どこに矢印を配置しようなんて考えていたかもしれない。
「絶対そーだよ!さすが紬希!」
私の肩に腕を乗せて瑠夏が大袈裟に喜んだ。突然のオーバーアクションに私は真顔になってしまう。
「そうかもしれない。やっぱり僕のパズル解読と氷上さんの文芸部思考と合わせれば最強だね!」
ふたりの賞賛が嬉しい。それに伴って照れくささが加わり表情が固まってしまう。こんなんだから不愛想とか冷たい人間だとか言われるのだ。表情の少ないキャラクターほどつまらないものはない。
「最初は……赤い矢印を辿ってみよう!」
和久君の提案と共に私達は下を向いて歩いた。赤い矢印はとある教室の出入り口前でぴったりと止まる。
「えーと……問題文だと上を見上げて、同じものがふたつ。ひとつだけ使えばいいって書いてあったよね?」
瑠夏の指示通り私達は上を見上げた。天井に何か書いてあるわけでもない。
「何も書いてないけどー」
瑠夏が唇を突き立てた。私も教室の周辺を見渡して腕組をする。上を見上げてふたつあるもの……なんてない。一体何のことを言っているのか。
私と瑠夏がしかめっ面をしている中、和久君はひとり涼しい顔で、教室を見上げて呟いた。
「多目的室……」
またあの、何者も寄せ付けない神聖な風が流れる。そんな空気の中、突然「あ!」と声を上げるものだから私と瑠夏は肩を震わせた。
「答えは『た』だね」
「『た』……?」
私は和久君と同じように教室のネームプレートに視線を合わせる。そういえばこの暗号文の答えはそれぞれ1文字から2文字で、全ての回答を合わせて意味のある一文になるのだと言っていなかったか。
「なんで『た』……?」
私と瑠夏が理解できないという表情を浮かべていると和久君が楽しそうに説明する。
「ほら。『多目的室』って漢字をよーく見てみて」
手書きのようなネームプレートとにらめっこし続けた後、私はあることに気が付いた。
「ふたつあるものっていうのは『多い』っていう漢字の中にある『タ』って文字のことだったんだ……」
問題が解けた瞬間に私の頭の中に清々しい風が吹き抜けた。今までの分からなかったストレスが一気に吹き飛ぶ感じがする。やっぱり分からないことが分かるのは面白い。和久君が両手を叩いて褒めてくれる。
「ピンポーン!正解」
「なーんだ。お宝の暗号だから滅茶苦茶難しいのかと思ったらそうでもないんだ」
瑠夏は多目的室のネームプレートを見上げて呟いた。
「暗号文があるってことは宝に気が付いて欲しい人がいるってことだと思うよ。だから解けるか解けないか、難易度を調整するのが難しいんだろうね」
深いことを言うな和久君。思わず私は聞き入ってしまった。
暗号文が存在するということは、宝を隠した人は宝を見つけて欲しいと思っていることを意図する。本当に独り占めしたかったのならわざわざ暗号文なんて残さない。
だとしたら学校に隠された宝は誰に見つけて欲しかったんだろう……。
遠くで星野君が椅子と机を運び出しているのが見えた。その間にふたりが私達の暗号文を隠し撮りしたスマホを眺めながら謎を解いている。
「そろそろ行かないと怪しまれるよね?私、適当に机と椅子運び出しとく!頼むぞ探偵たち!」
瑠夏はガッツポーズを見せると机の上に椅子を逆さに乗せて軽々と持ち上げた。
「ありがとう瑠夏。次私行くから」
「その次は僕が」
私と和久君で瑠夏の後ろ姿を見送る。もうあんなに遠くまで走って……。瑠夏の運動能力にはいつも驚かせられる。
「氷上さん、また教室に戻って次の矢印を辿ってみよっか」
「うん」
私と和久君は別の色の矢印が指し示す場所を辿り始めた。
オレンジ色の矢印を辿って辿り着いたのはすぐ隣の教室のロッカーだった。
「このロッカーに何かあるのかな?何も入ってないけど」
「和久君、ロッカーの上に何かあるよ」
木でできたロッカーの上に冊子が画鋲で止められていた。私と和久君で覗き込む。
「これって昔の全国学力テストだよね。国が子供の学力を測るやつ」
古びて色褪せ、しわしわになってはいるものの文字は読める。『学力テスト』という文字に鉛筆で丸が付いていた。
「確かにこれはみんなガッカリするものだね」
「もしかしてふたつめの言葉って……学力の『力』?」
「せいかーい」
私の隣で和久君が手で丸を作る。和久君が可愛い仕草をすると可愛さが倍増するのでやめてほしい。私は真顔になってしまう。
「それにしてもおかしいな。こういうのって大体平仮名かカタカナで統一されているはずなのに……」
和久君の独り言に私も納得する。とは言ってもまだ暗号文の解読は始まったばかりだ。その疑問については言葉を集めた後でまた考えるとしよう。
「もう少し答えを集めたら考えようかなー。とりあえず答えをメモだけして次に進もう」
「そうだね」
私はハーフパンツのポケットからシャーペンを取り出すと問題文の隣に『タ』と『力』という単語を記入する。
再び旧3年2組の教室に戻ると、瑠夏が息を切らして先回りしていた。
「ねねね!聞いてよ聞いて!清水先生と鬼山先生が居なくなってた!」
「えっ?それ本当?氷上さんこれって……」
私は瑠夏の報告に黙り込んだ。ストーリー展開通り、先生達が宝探しに動き出したのかもしれない。ともあれ片付けるフリをしなくても済むからこちらの負担が減る。
ラッキーではあるけれどもその間に私達は全ての謎を解明しなくてはならない。
「分かった。これからは三人固まって動こう」
次の謎に向かおうとした時、正面から現れた火縄一派と鉢合わせる。ああ、なんて面倒なことに……。
「お前らどこまで解けたんだよ」
「どうせ一問目で止まってんだろ?」
にやにやしながら高倉君と星野君が聞いてくる。更に後ろに控える火縄君も、私達を見下した視線を向けていた。
「教える訳ないでしょう!そういうあんたらこそ解けなくて苦しんでんじゃないの?」
簡単に喧嘩を買う瑠夏。面倒なことになるから無視すればいいのにと思いながら、素直に他者へ感情表現することのできる瑠夏がすごいと思う。
「んな訳ねえだろ。簡単すぎて呆れてたところだ」
火縄君がふんっと鼻で笑う。火縄一派も悪知恵が働く。案外こういう暗号文が得意なのではないだろうか。
「そろそろ部室の片付け始めた方がいいんじゃないか?」
「……」
火縄君の言葉に星野君と高倉君がゲラゲラと笑う。絵にかいたような悪者達の会話を私は黙って聞き流す。
今は火縄一派の煽りよりもこれから起ころうとしていることの方が優先だ。
「無視かよ!つまんねえ奴!」
通り過ぎがてら浴びせられる捨て台詞。
そうだよ。私は言いたいこともいえない、感情を表に出すことのできない。探偵にも自分の人生の主人公にもなれないつまんねえ奴ですよ。
ささやかな反撃として火縄一派にはこれから起ころうとしていることを教えてやらない。
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