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【TACT50】観音寺の夕陽

1996年、
その頃には、蝉の鳴き声を聞くと旅に出たくてうずうずする。
ようになってしまっていた。
大学4年生の夏は四国に行く事にした。
相棒は相変わらず50ccの原付スクーターだった。

原付一人旅もすっかり手慣れた物だ。
荷物は「使わなかった物」と「あれば良かった物」、
これまでの経験を元に内容をアップデートしてきた。
段取りに関しても同じように経験が生きる。
地図を見ながら行程を練る。
どういう道を繋いでどこを寄って、
その日はどこにキャンプするか。
道の選択と見どころの選択、そして着地点。
点と点を結ぶ線を組み立てる力がメキメキ発揮出来るようになっていた。

前回の北海道ツーリングでの苦い経験から、
無理をせず早めにキャンプ場にテントを設営し、
身軽になってからのんびり周辺を散策。
温泉に入って晩御飯とお酒を調達し、
キャンプ場でゆっくり過ごす。
という雛形が出来上がった。

四国に上陸してから3日目の事。
その日は香川県の観音寺という所にある、
海辺のキャンプ場に泊まる事にした。
そこは家族連れで賑わうキャンプ場で、
私のような1人者は少し居心地が悪かった。
恐らくホンダのスティードであろう改造バイクの旅ライダーが一人居たが、
アウトローな感じの金髪のイカツイ青年で近寄りがたかった。
日が暮れる頃になると、その彼は堤防の上でなにやらくつろいでいた。
私はコンビニで買ったパンを食べながらその様子を見ていた。

次の日はどんよりとした天気で、今にも雨が降りそうだった。
悩んだ末にここにもう一泊する事にした。
この観音寺という町は程よく栄えてる、
なんて言い方は上から目線で失礼なんだけど、
ファミレスでランチ。
大きな本屋で立ち読み。
旅先でこんな事して時間を潰すのも新鮮だった。


そして観音寺と言えば、琴弾公園の寛永通宝。
砂浜に描かれたこの砂絵。
最近の物かと思ったら、なんと1633年に出来た物だそうな。
はえー。

なんだかんだ午後から晴れて良い天気に。
もったいない事したかな。
だけど、コインランドリーで洗濯、銭湯でサッパリ。
長旅ではどこかでリセットする日が必要なのでこれで良し。

キャンプ場へ戻ると、昨日よりも賑わっている。
私はコンビニで買った夕飯と缶ビールを持って、
昨日の金髪兄さんの居た堤防に登ってみた。
海の色はそんなに綺麗ではなかったが、

遠くに聞こえる子供たちの声。
べたつく潮風。
波の音。
時間が経つのを忘れる。

気が付くと、周囲に人が集まって来た。

夕陽だ。


海に落ちる夕陽の、
なんて美しい事か。


それを眺めながら飲むビール。

学生最後の長旅で、私の原付一人旅は完成した。
観音寺の夕陽が答えだった。
観光地でもない、絶景ロードでもない、
なんでもないような場所でハッとさせられる。
これもバイク旅の醍醐味なのだ。

そして来年からは社会人。
もうこんなきままな一人旅も最後かと思うと切ない。

その時はそう思ってた。





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