木下雄介増田大輝

コブ山田です。
ようこそいらっしゃいました。

今回は、プロ野球中日ドラゴンズ、故・木下雄介選手と、同じくプロ野球読売ジャイアンツ、増田大輝選手について、記します。
※中日ドラゴンズ公式Webで正式に死去のリリースが出たため、この記事では"故"の文字をつけました

“個人的に”ですが、私は今後特別な思いを抱いて読売ジャイアンツの増田大輝選手を見ていきたいと思っています。

2021年08月06日(金)の早朝、悲しいニュースが駆け巡りました。プロ野球中日ドラゴンズの木下雄介選手がすでにこの世を去っているというものでした。
その当日ではなく03日前のできごとが表面化したものですが、この日の記憶は薄まりません。

私は木下雄介の死去を聞いてしばらくしてから、頭の中では時計の針が戻り365日前の記憶が蘇ってきました。
2020年08月06日(木)は阪神甲子園球場にて巨人戦がありました。8回裏、阪神の中谷将大(当時)は巨人の堀岡隼人から満塁ホームランを打ちます。
11-0と、阪神の勝利が更に更に濃厚となりました。
ここで巨人の原辰徳監督はピッチャー交代を告げます。リリーフピッチャーとして増田大輝を起用し、増田大輝は投球練習を始めたのですが、その表情は、どこかうれしそうに見えました。
球場だけでなく、中継を見聞きしていた人たちまでもが騒然とします。なぜなら、増田大輝選手は内野手であり、プロ入り初登板だったのです。

私は中継を聴いていませんでしたが、TwitterのTLがその話題一色となり試合の行方を追い始めるとともに、

「さすが巨人、原監督。マネジメントをわかっている」

と感銘を受けたのでした。私は、野手を公式戦のマウンドに上げることは反対ではありません。
昨年、noteにも書きました。

さて、どうして中日ドラゴンズ木下雄介の訃報に触れた結果、読売ジャイアンツ増田大輝が思い浮かんできたのか。
それは、このふたりの経歴には共通点がとても多いからです。

木下 雄介 1993年10月10日(日)生まれ

生光学園高校卒業(2009年~2011年)
駒澤大学中退、他の仕事を経験したのち独立リーグ徳島インディゴソックス(2015年~2016年)
中日ドラゴンズ(2017年~2018年育成、2018年~支配下)


増田 大輝 1993年07月29日(木)生まれ

小松島高校卒業(2009年~2011年)
近畿大学中退、他の仕事を経験したのち独立リーグ徳島インディゴソックス(2014年~2015年)
読売ジャイアンツ(2016年~2017年育成、2017年~支配下)

木下雄介は生まれこそは大阪府大阪市ですが、高校は徳島県の生光学園高校に進学。増田大輝はもともと徳島県徳島市で生まれ育っています。

単なる偶然?ではありません。このふたりは2011年度の四国選抜に選ばれています。その時にはコネクションができていたのでしょう。
先に増田大輝が高校のコーチの薦めで徳島インディゴソックスにて2014年からプレーを始め、その姿を見た木下雄介も自分も野球がしたい、と独立リーグでのプレーを志します。

増田大輝も同じように大学を中退し、野球から離れてもやっぱりもう1回やり直したい人間の思いが痛いほどわかるのでしょう。
増田大輝は徳島インディゴソックスの中島輝士監督に木下雄介を見るよう話をします。そのこともあり、木下雄介も徳島インディゴソックスに入団。増田大輝の01年あとを追いかけるような形でキャリアを作っていっています。

本当によかったです。小松島高校のコーチが増田大輝に独立リーグでのプレーを薦めていなかったら、そしてもし増田大輝と木下雄介の仲が険悪なものだったら…木下雄介は違う方法でプロ野球選手になっていたかもしれませんが、なっていなかった画の方が濃くなります。

木下雄介で見たかった夢の続きは中日ドラゴンズのピッチャーで見ることが本筋ですが、ひとりの強い野球人としての生きざまは巨人の増田大輝にその姿を重ね、見ていきたいと思っています。前進できない期間があっても、本人次第では才能が開花することだってあるのだと。
08月06日と言えばまずは広島市に原子爆弾が投下された日でありますが、野球のトピックとしては木下雄介増田大輝。ふたつを同列に語るのはおかしい面もあるとは思いますが、増田大輝投手起用で私の感情は揺さぶられました。そして、木下雄介死去判明にも私の感情は大きく揺さぶられました。
これから毎年、私はこの一連の話を思い起こしていくものと思います。

最後に、木下雄介死去判明後最初のJERAセ・リーグ公式戦は、08月13日(金)からの巨人主催中日戦(東京ドーム)です。執筆時点(08月10日)では、増田大輝がその試合に出場できるかはわかりません。ただ、一緒に駆け上がってきた仲間・戦友です。何の感情もないということはないと思っています。
2018年シーズン、増田大輝の背番号は98だったのですから。中日ドラゴンズの1軍マウンドで投げる背番号98 木下雄介の姿を見ていたはずです。



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