最近の記事

もう一度赤ちゃんからやり直す

自分はこれまで口下手だった。というか言葉を使うことが苦手だった。 それは親の影響があるだろう。両親ともに寡黙とまでは言わないが、弁の立つ人ではない。 自分は4人兄弟だが、それに習って皆静か。 どうやら静かになること、自分の感情を抑えることが大人になることだと思っていたようだ。 これまで口下手な自分にコンプレックスがあった。 でも、親元を離れて暮らすことでやっといろんな世界が見えてきた。 もう一度赤ちゃんになって世界を眺めてみる。 狭くて窮屈だと思っていたこの世界が再び輝

    • 最後の晩餐に何食べる?

      最後の晩餐に何食べたいという質問がよくある。 自分だったら何だろう?考えたこともなかった。そもそも、最後の晩餐の時にどんな状況なんだろうとついつい考えてしまう。その時何歳なの?なんでも希望したものは食べられるの?例えばどこかのお店じゃなきゃ食べられないメニューとか。それが行くのに何時間もかかるとか。そもそもその食材が貴重なもので、今じゃ滅多に入手できない代物とか。 素直じゃないなぁと言われそうだが、まぁそんな自分が好きだ。 で、KYなことを言わず、この質問の意味するところを

      • 自分の創造性について

        俺の創造性を妨げるのはなんなんだろうか。小学生の時によく絵を描いていたし、大学の頃もいろいろ精力的に作っていた。 子供の頃はただ楽しくやっていたし、親から何か言われることもなかった。良くも悪くも。 好きだったイラストの模写とか、ガンダムのプラモづくり。迷路を書いたり、パズルをやったり。ただ楽しくてやっていた。もちろん絵が上手いとほめられるのは心地よかったが、それ以上に自分のために描いていた気がする。 そのあと中学に入って、ものを作ることはめっきりなくなった。勉強と部活の日々。

        • 被写体

          あなたはカメラを持っています。 被写体から、いったい、何を見せてもらいますか?(濱口竜介) カメラってどっちだろう?ビデオ?写真?まぁ似たようなものか。 カメラを持つことで、普段と意識が変わる。それはフレームがあるから。それと同時にどの瞬間を切り取るかという問題も生まれる。 被写体側も撮られているという意識が生まれる。 撮られる、盗られる。 今、気づいたけど同じ音だ。もともとは「とる」という日本語のみがあったと考えると、興味深い。 カメラで撮影することを「とる」行為だと昔の

        もう一度赤ちゃんからやり直す

          筆跡鑑定の結果が届く。 ここのところ、自分を抑え過ぎだと言い当てられしまった。 確かに最近はチャレンジをせず、 小さくまとまってしまっていた。 なんでもそうだが、突き詰めれば何か真理が見つかる。 目先のことにとらわれず、 自分のことをコツコツと積み重ねたい。 急がば回れ。

          筆跡鑑定の結果が届く。 ここのところ、自分を抑え過ぎだと言い当てられしまった。 確かに最近はチャレンジをせず、 小さくまとまってしまっていた。 なんでもそうだが、突き詰めれば何か真理が見つかる。 目先のことにとらわれず、 自分のことをコツコツと積み重ねたい。 急がば回れ。

          最近、目に見えて未来につながることが増えてきているが、やる時間と気力が足りていない。 やることがちょっと多すぎるのか。 有限である時間に対して、 今はどれを優先的にやるのかをきちんと見極め、 心のマネジメントについてもきちんと意識していきたい。 急がば回れ。

          最近、目に見えて未来につながることが増えてきているが、やる時間と気力が足りていない。 やることがちょっと多すぎるのか。 有限である時間に対して、 今はどれを優先的にやるのかをきちんと見極め、 心のマネジメントについてもきちんと意識していきたい。 急がば回れ。

          いい夢と嫌な夢

          いい夢と嫌な夢が苦手だ。 そのどちらも臨場感が高いから。 いい夢を見たときはそれが夢だったことに落胆し、 嫌な夢を見たときは、 その時の感情に引きずられて寝起きも嫌な気分になる。 『マトリックス』でロボットに支配される現実を受け入れずに、 居心地のいい仮想世界に戻る人達がいるけど、僕はどうやらそちら側の人間。 夢の世界は最高。 現実も夢のように生きよう。

          いい夢と嫌な夢

          今日は久々にお日様が顔を見せてくれた。 この1ヶ月間くらい、ずっとジメジメ。 それがとてもストレスになっていたことに気づいた。 いよいよ梅雨が明ける。 夏が楽しみだ。

          今日は久々にお日様が顔を見せてくれた。 この1ヶ月間くらい、ずっとジメジメ。 それがとてもストレスになっていたことに気づいた。 いよいよ梅雨が明ける。 夏が楽しみだ。

          人とのつながり

          この連休中に久しぶりに友人の家に行き、長い時間を過ごした。 メディアとは離れて、1歳の娘との気ままな暮らし。 その子はとても素直にすくすくと育っていた。 自分の生活との違いに頭がクラっとする。 頭で考えすぎていたことを再認識させられた。 世界は広い。 この与えられた生の中でどんな風に生きるかは自由だ。 これまでのことにはとらわれず、シンプルに前に進みたい。 ただただ良い縁をつなげていく。 それだけでいいのだ。

          人とのつながり

          みんチャレを始めて2週間ぐらい。 はじめはどんな習慣でもいいので、続けること自体を目標にしてきたが、 そろそろ新しい習慣が板についてきた感がある。 このnoteもなんだかんだで続いている。 続けることが当たり前になってきたところで、徐々に深掘り、やることの幅を広げていこう。

          みんチャレを始めて2週間ぐらい。 はじめはどんな習慣でもいいので、続けること自体を目標にしてきたが、 そろそろ新しい習慣が板についてきた感がある。 このnoteもなんだかんだで続いている。 続けることが当たり前になってきたところで、徐々に深掘り、やることの幅を広げていこう。

          自分を上げる言葉

          最近、ある言葉を定期的に口ずさんでいる。 いわゆるアファメーションというやつ。 これはいかに自分にフィットしたものを見つけられるかが大切だ。 試行錯誤を経て、今の自分が求めているものがやっと見つかった。 ポイントはやはり自己肯定感が上がるかどうか。 自己啓発でよく言われているこの言葉は深く理解しないと、 実際に役立てることは難しい。 この言葉を続けることで、自分がどこまで遠くに行けるか楽しみだ。 自分が前に進むための道具は十分に揃っていた。 このエンジンを載せ

          自分を上げる言葉

          夢の続き

          昔好きだった人や仲の良かった人が、 夢に出てきた。 目が覚めた後もその感情にとらわれてしまい、なかなか体を起こすことができなかった。 その人たちに会いたいというよりは、 その当時、自分の中に生じた感情とまだうまく折り合いがついてないみたい。 日常の生活に戻れば、 見えなくはなるが、ただ奥底にまた戻るだけ。 今回はそうしたくはない。 自分を変化させるキッカケがそこにはあるはずだから。

          夢の続き

          映画館で『もののけ姫』を観る。 前に観たのは20年くらい前か。記憶が定かではない。 特に印象に残ったのは、 どんな状況になっても迷いをみせないアシタカの澄んだ目。 今の自分には抜け落ちている大切なものが、そこには描かれていた。

          映画館で『もののけ姫』を観る。 前に観たのは20年くらい前か。記憶が定かではない。 特に印象に残ったのは、 どんな状況になっても迷いをみせないアシタカの澄んだ目。 今の自分には抜け落ちている大切なものが、そこには描かれていた。

          探し物をしていたら、 1年ほど前にウィーンモダン展で買ったポスターが出てきた。 作品のタイトルは「黄色いドレスの女性」 あいにく紙が折れてしまっていたが、 この絵を観るとなんだか胸が軽くなって、 気が楽になる。 見守ってほしいから、机の近くに飾ってみた。

          探し物をしていたら、 1年ほど前にウィーンモダン展で買ったポスターが出てきた。 作品のタイトルは「黄色いドレスの女性」 あいにく紙が折れてしまっていたが、 この絵を観るとなんだか胸が軽くなって、 気が楽になる。 見守ってほしいから、机の近くに飾ってみた。

          退屈をどう扱うか。

          退屈というのは大変なストレスらしい。 ここのところ、仕事に飽きている影響か、 帰った時の疲労感がすごかった。 どうやら身体的なストレスのみならず、精神的なストレスが溜まっていたらしい。 しかし、 今日はたまたま仕事中に短編小説の朗読音声を聴くことで、精神的な疲労感がかなり和らいだ。 特に成長もせず、退屈な仕事も、 自分で意味づけをして新たな場として捉え直せる。 我慢する場ではなく、修行の場としていかに捉えられるか。 問題のポイントはそこである。

          退屈をどう扱うか。

          本当の自信には根拠がない。 だから、それは思考をどんなにこねくり回しても形作られない。 たとえ「つくれた」と思えたとしても、 それは砂でできたお城みたいにすぐに崩れてしまう。 では、何を頼ればいいのか…。 声なき声に耳を傾けよ。

          本当の自信には根拠がない。 だから、それは思考をどんなにこねくり回しても形作られない。 たとえ「つくれた」と思えたとしても、 それは砂でできたお城みたいにすぐに崩れてしまう。 では、何を頼ればいいのか…。 声なき声に耳を傾けよ。