【第3回 前編】自己を理解し、仕事を通して自己実現・表現する キャリアオーナーシップ探索ダイアローグ
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【第3回 前編】自己を理解し、仕事を通して自己実現・表現する キャリアオーナーシップ探索ダイアローグ

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総合人材サービスのパーソルキャリア株式会社と特定非営利活動法人ミラツクは、多様化が進む「はたらく」を自分ごとにできる人が増えるように、「キャリアオーナーシップ」を考える試みを行なっています。誰もが自らの意思で「はたらく」を選択できるようになると、未来はどう変化していくのでしょうか。有識者や実践者の知見を聞くリビングラボも、第3回目を迎えました。今回のゲストは東京都市大学准教授の坂倉杏介さん、神戸市役所の秋田大介さん、株式会社ヒトカラメディア代表の高井淳一郎さん、TimeLeap inc.代表の仁禮(にれい)彩香さんの4名。それぞれの取り組みの紹介と共に、「自己を理解し、仕事を通して自己実現・表現する」ことについてお話いただきました。全体の進行はミラツク代表の西村勇也さんです。

※肩書は対話当時のものです。

坂倉 杏介さん(東京都市大学都市生活学部 准教)          1972 年生まれ。1996 年、慶應義塾大学文学部哲学科美学美術史学専攻卒業。1996年から2001年、凸版印刷株式会社に勤務。2003年9月、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。2004年12月、慶應義塾大学デジタルメディア・コンテンツ総合研究機構助手に就任し、2007年4月より専任講師に。2010年4月、慶應義塾大学グローバルセキュリティ研究所特任講師となり、2015年4月より現職。コミュニティマネジメントラボ開設。
秋田 大介さん(神戸市企画調整局つなぐ課 特命課長)
「NPO法人須磨ユニバーサルビーチプロジェクト」副理事長(副業)。都市計画が専門の技術職員。行政と事業者・市民をつなぐ活動をライフスタイルとしており、数々の市民プロジェクトのサポートを行っている。関わった主なプロジェクトは「新長田の鉄人28号」「都心三宮再整備プロジェクト」「1000 SMiLE Project」など。公務員っぽくない思考・行動、ストリートダンサーという経歴から「変態公務員」や「踊る公務員」の愛称で呼ばれる。
高井 淳一郎(株式会社ヒトカラメディア 代表取締役)
1985 年生まれ、岐阜出身。意志を持って生きる人やその熱源を増やすべく、2013年5月に「株式会社ヒトカラメディア」を設立。影響の大きい「働く」というテーマを軸に、企業の成長や地域の持続的な課題解決を後押しする「場づくり」を展開。オフィス移転や遊休施設に関わる多数のプロジェクトを手掛ける。時には自分たちも実践者となったり並走したりするスタイルを大切にしている。
仁禮 彩香(TimeLeap inc. 代表取締役社長)
1997年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部在学。 中学2年生の時に「株式会社GLOPATH」を設立。学校コンサル、研修開発、CSR支援など展開。高校1年生の時に自身の母校である湘南インターナショナルスクールを買収し経営を開始。 2016年に「株式会社 Hand-C(現 TimeLeap)」を設立し、企業向け研修や、小中高生向け人材育成プログラムなど、「自らの人生を切り開く力」を育む様々なプログラム開発・運営を行う。

街と「本気で遊ぶ」が生み出す、新しい可能性

坂倉さん わたしの専門は社会学、コミュニティや街づくりといったことを専門にしています。これまで、港区と慶應大学が共同運営する「芝の家」という場所に関わり、大人も子どもも、「誰もが自由にしたいことをできる地域の居場所」として10年以上続けていたり、最近では「コミュニティマネジメント」という学生向けの教科書のような本もつくったりました。また、ウェルビーイングの研究もしていたり、研究室では学生と一緒に実践的な試みを重ねたりして、つながりをつくることによって社会を良くしていこう、という取り組みを続けています。

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マネジメントという言葉は「管理」や「万全で失敗のない運用」という意味合いをもちますが、わたしはそれよりも、コミュニティ、または生態系のように機能する場、エコシステム的な場づくりをしてるんです。

学生たちにはよく「本気で街を遊ぶ」と伝えていて、つまりは楽しくやればいい、という話なんですけど、そもそもschool(スクール)という言葉の語源になったギリシャ語のschole(スコレー)とは、「自由な時間」や「余暇」という意味をもっています。人間は余暇がないと成長しないし、考えを深めることもできない、労働では学べない、といった私たちの特性が語源の背景にあるわけです。

ところが最近の大学はどんどん労働化してしまい、課題をやること、正解に辿り着くことや評価を得ることが是とされていて、残念ながら本来の学びとは逆なんですね。

場づくりや街づくりの話をする際、「プラットフォーム」みたいな言い方がされることもありますが、大切なことは、他者との創造的な出会いや関係性、そして、お互いを通じていろんなことが新しく「始まる」ことにあると思います。その場に集まった人たちが相互作用することによって、誰も思いつかなかったことが生まれたりする。そうして関係する人たちがどんどん増えていくことで、コミュニティへと成長していきます。

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こうした成功例は社会にいっぱいあるんですが、工業的なことが当たり前になり過ぎた暮らしでは気づきにくいんですよね。相互作用で出た結果に対して、プロセスにはあまり目がいかないんです。そこで私の研究テーマでは、そうした事例をどのようにつくり出せるか、ということに挑戦を続けています。

活き活きとした地域や場所をよく見ると、プラットフォーム自体が創発されていることがほとんどなんです。プラットフォームをつくってから参加者を行動させるようなモデルではうまくいかず、それよりも、まず人が集まってきて、各々が活動することで横のつながりやさらに広いつながりへと発展して、回り始める。その結果として、いろんなものが生まれていきます。

都市大がある世田谷の尾山台というところで「おやまちプロジェクト」というのをやっているんですけど、これがまさに人との出会いから始まったプロジェクトでした。

大学に着任してすぐに商店街にある洋品店の三代目・高野雄太さんという商店街の理事が訪ねてくれたんです。「町をもっと良くしたい」という高野さんは、ただ人が通り過ぎてしまうだけの歩行者天国を商店街のために盛り上げたい、と言っていました。歩行者天国の時間帯は14〜16時、大学ではゼミの時間にあたります。そこで、「じゃあ商店街でゼミをやってみよう」と実行したのが最初の一歩になりました。

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商店街は屋外ですので、偶然レクチャーを聞いていた地域の小学校の保護者の方がいた。その方がたまたま小学校の校長先生にお会いして、レクチャーで聞いた内容を話し、その校長先生は高野さんとわたしと「話したい」と言ってくださり、その結果、商店街、大学、地域の小学校が一緒に活動する「おやまちプロジェクト」ができたんです。

これだけでもう、いろんなことが起こりますよ。ちょっとワークショップをしようと思っても、まず会場は商店街で、関係者は小学生や留学生、参加者は大学生も商店街の中高年もいる。小学生のお父さん・お母さんもいたりして、みんながいろんなことしたくなるんです。大学生たちも、毎週水曜日を商店街に人が集まる場所にしようと様々なアイディアを形にしていたり、バーをやろうとか子ども食堂をやろうとか、どんどんいろんなことが進んでいます。

初めは初期メンバーの知り合いだけだったのが、だんだんと誰ともつながっていない知らない人も増えていくのは、すごく面白いですよね。良好な人間関係と動きがあることで、創発的なコミュニティができています。地域とつながっている実感がもてると、人は活き活きし始めるんですよね。ウェルビーイングもそうなんですが、人は地域の未来につながる可能性を感じながら活動できると、元気になるのではないか、と思っています。

また地域の中には、町内会や商店街のような、毎年恒例の行事を安定的に運営するのが得意なところもあれば、一方で、地域の内外からたくさんの人が来て一見遊んでばかりいるように見えるコミュニティもあって、実は後者の方がイノベーションは起こりやすいんですね。

特に、災害時などの緊急時に早い動きが取れるのはコミュニティです。尾山台の事例でいうと、コロナ禍で飲食店が壊滅的な打撃を受けた2020年3〜4月、先ほど紹介した洋品店の高野さんが旗を振り、テイクアウトができる飲食店のマップを独自でつくりました。もしもこれを商店街がつくろうとしたら、公平性など検討にばかり時間が掛かってしまい、同じようなスピード感ではつくれなかったと思います。

毎年同じことを安定して運営できるのも組織としての強みではありますが、いざという時のためには、違う仕組みもある方が強みになるわけです。

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都市大も今年から、地元の商店街やコミュニティと一緒に大学の科学技術を活かしたラボをつくろうしていて、学校も病院も企業も、ひとつの場所だけでなく、周辺地域に出ていって他者と共にあることで完結すると思います。

最後に「自己を理解し、仕事を通して自己実現・表現する」という問いに戻ると、わたしの場合は「3ヶ月の育休を取ってみたこと」が該当すると思いました。ちょうどコロナの自粛期間と重なり、4月からのリモート授業をどうするのかと、大学でもものすごく葛藤があった大変な時でした。しかも元々、わたしは学部の教務員として、大学全体の教室開発機構という教育プログラムを考える役をしていたので、わたしが育休を取っちゃった間、そこはけっこう大変だったようなんです。

その時、「あぁ、自分はとても役に立っている存在だったんだ」ということを実感したんですね。とは言え、育休に入ったからには子どもと一緒に過ごす時間を大切にして過ごしてたんですけど、でも「誰かの役に立てる」というのはものすごい強力なエネルギー源なんだなぁと感じました。それが本当にやりたいことかどうかはまた別の問題ですが、自身のためにも、他者との関係性がいかに大事なものかと思います。

目標はひとつ、持続可能な街を未来につなぐこと

秋田さん 本業は公務員として、神戸市の「企画調整局つなぐラボ」の特命課長を拝命しています。主に社会課題の解決コーディネーターということで、少し珍しいのですが通常業務がない公務員です。自由にいろんなところへ行き、社会課題を見つけて、解決できる部署同士をつないだり、民間とも協働するコーディネートなどをしています。

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元々の専門は都市計画で、これまで行ってきた業務には結構、当時から個人的に狙っていたこともたくさん含まれてもいます。例えば、自動車社会の脱却を願って、都市計画のビジョンに反映するようなことをしてきました。

2001年に役所に入った翌年ぐらいからずっと言ってきたことなんですが、10年位経ってからようやくひとつの計画として立ち上がったのが、三宮駅前の計画です。三宮駅は神戸の中心地で賑やかな場所。でも、そこの車道を全部止めちゃおう、という計画です。実現するまでには、まだ多分20年ぐらいかかるかもしれませんが、8車線ある南北の道路をすべて歩行者用に変えてしまうことを計画に盛り込みました。大胆な計画ではありますが、入って10数年経ってようやく形に出すことができました。

他に、人口減少の問題にも関わりました。将来的に人が減ってしまっても無理なく機能できる街づくりをしたいと思って立地適正化計画に携ったり、最近は、公助依存を解消するための新たな共助の形を考えたりもしています。

人口の偏移は時間も掛かることなどで、50年先を見据えてゆっくり変わる必要があると思います。国交省が進めている内容にも沿って「コンパクトシティ」という計画を出したのですが、これは当初、大炎上してしまいました。

来たる人口減少に向けて、「自由に住める場所と行政サービスが充実した場所を分けましょう」と言ったことが問題になり、「神戸市が人口の3割を切り捨てる地域にしている」みたいな感じで取り上げられてしまったんですね。それでもがんばって計画上は居住地域を3割ぐらい削る計画をつくり、議会対応などを重ねました。ただその時、現在の課に異動したので、後任者がだいぶつまらない計画に戻してしまったんですけども。

いずれにせよ、公助依存の解消も新しい共助の創出も、行政だけでやっていても全然変わらないということです。しっかり市民と協働して、主体的に動いてもらえるようにすることが大切だ、という話にたどり着けました。

そこでたくさんの人と一緒にビジョンをつくるために、最初の方向性をどう考えるか。そのために市民300人と一緒にワールドカフェを開催したことがあります。小学校3年生ぐらいの女の子と80代ぐらいのおじいちゃんが同じテーブルに参加して、どうなることかと思ったけど、始めてみたら圧倒的に子どもたちの方が良いことを言う。それがとても面白くて、やっぱり未来の話は若い世代と語らなきゃだめだと実感しました。

以来新しい計画をつくる時は、市民からどんどん動いてもらえるように「オープンスペーステクノロジー」みたいな方法で人を集めて、プロジェクトを考えてもらうようなことをしたり、地域や地元を自発的にPRしやすくなるように、市民1000組を集めて動画を撮ったりしました。「1000 SMiLE Project」というものなんですが、それぞれが、自分はこういう町にしたいんだ、と宣言する姿を2年半かけて撮影してつくった動画です。

最初の頃は出てくれる人を一生懸命探してたんですけど、100人超えたあたりからだんだん話題になって、最後の1000番目の時には「出たい人集まってください」と告知したら400人ぐらい集まってしまったんです。結局公園でドローン撮影することにしました。関わった人数でいえば1000人よりももっと多く、総勢1500人くらいが出演してもらったことになります。

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こうしていろんな人たちとつながるようになって実感したことですが、行政の人間と隔たりなく話せる機会そのものが少なかったんですね。知り合いが増えていくと「やっと相談しやすい行政とつながれた」みたいな人が多くいらして、以来、週1〜2件ぐらいのペースで何かしらのご相談を受けるようになったんです。僕自身は都市計画を担当してたんですけど、それとは全く関係ない相談が山のようにきて、それらを全部、毎日1時間、役所の下のカフェで聞く、みたいなことを続けています。

中にはそこからプロジェクトになったものもありますし、こうしたことを続けていると「秋田さんに相談したらイベントができました」みたいな投稿がSNSに上げられて、それを見た人からまた別の相談がくる、ということになります。そうなってくると、もう都市計画なんか本当に関係ない、子育てとかマタニティエステとか、あとは福祉の声も多いですね。「車椅子を使っているんだけど海水浴にチャレンジしたい」という男性から相談を受けてサポートしたことをきっかけに、現在の「NPO法人須磨ユニバーサルビーチプロジェクト」を始めることにもなりました。

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これは、障害者の「できない」を「できた」に変えていこうという取り組みで、障害者自身のチャレンジを促すようなことをしています。始まりは海水浴でしたが、チャレンジが成功すると次の「やってみたいこと」がどんどん出てきて、木登り、田植え、サーフィン、SUP、乗馬もやりました。

それと昨年は、「一般社団法人アスミー」の立ち上げにも関わっています。これは互助の意味合いにもなりますが、災害が起こると最前線に出てがんばらなきゃいけないのが役所の大きな役割なんですね。でも大抵の場合は、役所に勤めている人の自宅も被災しているわけです。それでも仕事を優先せざるを得ないために、自分の家族や家を後回してご家族との関係性にひびが入ってしまった、という話も少なくありません。

そこで、全国の公務員をつないで、お互いに互助をし合おうという団体を始めたかたちです。もしも自分の家を後回しにせざるを得ない時があっても、災害現場に向かう公務員の自宅やご家族をサポートできる仕組みづくりです。

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最近はSDGsがよく語られるようになりましたが、僕がずっと言い続けてきたのは「持続可能なまちづくり」、これに尽きます。人口減少、共助の復活と災害対応、そして低炭素社会の構築という3つをずっとミッションとしてもってきました。

実は小さい頃から科学オタクだったんですよね。中学校の時、愛読書だった雑誌『ニュートン』で「地球クライシス」という特集がされていました。1989年の本ですけど、それを読んで「あぁこのままでは地球が壊れるのか」という気持ちになったのがすべてのきっかけです。でもどうしたら次世代にちゃんとした環境がつなげられるのか、という問題意識から人生の軸が決まり、高校も理数選抜、大学も環境工学、大学院も環境システムと突き進み、今はその思いを公務員として捉えて、環境先進都市のモデルをつくりたい、と動いているわけです。

最後に「自己を理解し、仕事を通して自己実現・表現する」の問いですが、僕の場合は、心が動くかどうかを優先してます。例えば、お金儲けよりも地球環境とか将来の子どもの姿に心が動く。だからこれが僕の人生の軸になっている、ということだと思います。軸が決まると、選択に困らなくなり、他人の価値に惑わされずに取捨選択がしやすくなると感じています。

(本編はここまで)

お二人とも、地域との結びつきから生まれる可能性や、解決できる課題についてご紹介いただき、個人の気持ちが立体的に広がる展開に、希望のような感情を持ちました。後編では、株式会社ヒトカラメディア代表の高井淳一郎さん、TimeLeap inc.代表の仁禮(にれい)彩香さんのお話をお届けします。

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