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The Emulator - ザ・エミュレータ - #28

4.2 アプローチ

 シンタロウのプロセッサインベントリを見ていて気が付いたが、シンタロウはさらにもう一組のOSとPAを載せている。そっちの方が現在稼働しているものだ。ベースとなっているのはOSSのマイクロOSだろう。そしてPAは南アジア発祥の『ハルカー』だ。ハルカーはヒンドゥー語で『軽量』を意味する。確かにそのPAは世界最軽量だが、その分欠陥も多く、回避コードのパッチをソースコードから自身のライブラリに合わせてリビルドし直して当て続ける必要があり、当然そのための知識とスキルが必要とされるため利用者が限定される。それにしても、プロセッサにオリジナルやカスタマイズのOSとPAを載せている一般人なんか私でさえ見たことがない。

 ソフィアは驚くどころか呆気に取られてシンタロウをまじまじと見た。こいつはただの馬鹿そうなハイスクールのガキにしか見えない。それなのに、私の専門領域でいちいち驚かされている。ソフィアは舌打ちして、シンタロウに接触していた側頭部を離し、髪をかき上げて整えた。シンタロウが自分自身の側頭部を撫でているのが見える。その表情はまるで照れているかのようでソフィアを苛立たせた。クソガキが。

 ソフィアはシンタロウをそれ以上調べるのはやめて、サクラの方を調べた。シンタロウから分岐したのは8歳ぐらいだろうか。それ以前の蓄積データはシンタロウと全く一緒だった。本当にこいつはシンタロウの人格の1つだったということなのか。8歳以降の蓄積データにはマージをかけた痕跡が所々見られる。元々はAFAでトラップした差分のみをサクラ固有の蓄積データとして持っていたのだろう。

 インプットデータを差分持ちさせるのは、おそらくAFA利用による倒錯認知症候群への対策だ。近年PAのカスタマイズアドオンにサードアイアン社のAFAを導入している場合、事実誤認や因果関係の倒錯を起こす症例が増加しているというレポートを見たことがある。簡単な例で言えば、高額な有料ウォレットを使うから金持ちになるというたぐいのやつだ。いうまでもなく金持ちが高額な有料ウォレットを利用しているのは金があるからだ。金がないやつがただ単に高額なウォレットを使っても金持ちになるはずがない。

 シンタロウのように湾曲データを差分として分けていれば問題ないが、湾曲データをそのまま蓄積データ化している警戒心のない無知な奴もいる。AFAを使ってPAをカスタマイズしている奴は意外に多い。オリジナルのPAが必要な奴が本当にそんなにいるのだろうか?ソフィアには分からなかった。ただはっきりしていることは自業自得だが、近いうちに大きな社会問題になるだろうということだ。

 それにしても、ヴィシュヌOSとS=T3のPAをヴィノのオーケストレーションAIに据えるなんて私には考えもつかないことだ。そもそも私には全くその意味の見出せない上に手間のかかるだけの馬鹿げたことをしているようにしか見えない。ソフィアはサクラの顔を見た瞬間、ヴィノを自分の快楽のためだけに使う下卑た連中の顔を思い浮かべて不快になった。今になってようやくそれが払拭された。最初はシンタロウの単純な性的な趣味かと思ったが、この異常な成り立ちやAFAのパラメータチューニング履歴を見る限りただのそれとは思えなくなった。そうすると、このいかにもサクラの個性にマッチした外観は外部思考プロセッサに蓄積データとパラメータを読ませた際に自動生成されたものがベースだろう。

 ソフィアは首を振って息を吐き思考を改めることを認めた。癪に障るがこいつらは、ソフィアは思った。

「こいつらは私には理解できないし、馬鹿にできるほど低俗でもない。」

次話:4.3 ジャーナル・レコード
前話:4.1 コードネーム『クレイン』

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