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The Emulator - ザ・エミュレータ - #43
5.8 友人
「今度のリリースのベータ版、ファンタジー系のワールドセットのクリア報酬がすごいらしいよ。」
ジーネ・ブリンズ・セラトがそう話をしながらダークトーンのレッドからパープルにグラデーションする長い髪を指に巻いていじっている。サクラはセラト家のゲイミー、ジーネ、ロドルと一緒にヴィノ用のソファー席で食事をしながらワールドセットの話をしていた。
「それ俺も見た。マテリアルのオーダー契約を1本くれるのはマジでやばいな。オリジナルの魔法作れるじゃん。」
ゲームが好きなゲイミーが嬉しそうに話す。
「抽象化レイヤーで緩衝するってことはワールドセットのパブリックデータを共有しているコミュニティ内だけでしか視認できない可能性があるね。そうだとしたらオリジナルのオブジェクト作っても使える範囲は限定的なものかもよ。」
物静かなロドルが答える。セラト家のヴィノは全員同じ髪色をしている。
「なんでも実体化できるなら私もクリア報酬欲しいな。」
サクラがポツリとこぼす。
「お、やる気になったか? 意外。サクラもオリジナル魔法に興味あるの?」
ゲイミーは意外だと少し驚いたが、共通の趣味を見つけたように嬉しそうにサクラに声をかける。
「うん、私もやってみたい。ジーネもロドルもやろうよ、ね?」
サクラから誘ってくるとは思いもしなかったようでジーネとロドルはお互いの顔を見合わせた。
「まぁ、ゲイミーとサクラがそういうなら、私たちもベータの一般公開部分だけならやってみてもいいけど。いいでしょ、ロドル?」
ロドルがそれにうなずき、もちろんと答えると、ゲイミーが声を出して喜んだのでサクラも一緒にそれに答えるように声をあげる。
サクラは、ヴィノと人間では性能差があり過ぎるというノア・バーンズの言葉を思い出していた。人間の細胞や器官を自分の中に実体化できるなら性能差を埋められるのではないかと思った。試さないよりましだよね。サクラは自分に言い聞かせるようにそう呟いた。
食堂中央にある噴水の真上は巨大なステンドグラスとその周囲を覆うようにアンティークガラスがはめ込まれていて日中の日差しが入るように設計されている。噴水を始点にネイティブ用、ヴィノ用、そして混合席の3つのエリアに区切られていたが、どのエリアもステンドグラスの美しい彩光とアンティークガラスから差し込む陽だまりをもとめて噴水付近はいつも生徒たちでにぎわっていた。
ソフィアはサクラとセラト家のヴィノたちがすぐ隣のヴィノエリアのソファー席で楽しそうに笑うのを横目に見ながらネファとネイティブエリアのテーブル席で食事をとっていた。
「ヘンリーってコールマン家の長男のこと?」
ソフィアはネフィに聞いた。
「ええ、そう。よくわかったわね。調べたの? あなたのリージョンにはいないのよね?」
そうよ、とソフィアは答えた。ヘンリー・コールマンは死産したソフィアの兄に付けるはずの名前だった。ネフィから名前を聞かれてからしばらくその名前が何だったのかマニュアルで思考していた。そして今日やっと思い出した。それはソフィアが幼いころに母から一度だけ聞いた話だったのですぐに思い出せなかった。ソフィアがプロセッサを導入する以前のことでライフログが蓄積される前のことだったので、ネフィから名前を聞いた瞬間のシークではライフログ内でヒットしなかった。
「私はリリカ家の長女でコールマン家の長男のヘンリー様と結婚することになっているの。生まれた時から決まっていたみたい。でも私が知ったのは最近のことで、まだヘンリー様にお会いしたことがなかったから。それでソフィアさんならヘンリー様がどんな人か知っているかしらと思って聞いたの。でも気にしないで。それにみんなに聞いて回っているみたいで失礼よね。」
リリカ家はティア2現実からティア3住居リージョンであるUCLー1へ初期移住した家系だった。その安全性や快適さ、エミュレーションテクノロジーを使った先進的な世界を求めて、ティア2現実からティア3住居リージョンへ移住を希望する者は多かった。ただ、その権利は非常に高額で、一般層が簡単に手を出せるような金額ではなかった。
元々ティア2現実の資産家クラスであったリリカ家は、本格化した宇宙開発と近く始まるとされていたエミュレータ移住が、家業である不動産業の将来性に陰を落すのではないか懸念していた。一般向けにエミュレータへの移住が始まったことを逆に商機として捉えたネフィの祖父は、保持していた資産すべてを売却し、その一部を投じて移住の権利を購入した。今ではリリカ家は、初期移住者の人脈などの強みを生かして、ティア間の商品・文化の輸出入業や、裕福層向けの移住コンサルティングを生業としている。
リリカ家がティア3住居リージョンに移住後、ネフィの父親はバージニアの旧家のベネット家の次女と結婚した。二人の長女として生まれたネフィは母親そっくりだった。そして、ベネット家はコールマン家と古くから親交がある。ティア3検証リージョンでもそれは同じだ。
ベネット家の次女は結婚を機にワシントンに引っ越してしまったが、その子供が13歳の時にしばらくバージニアに帰郷していた期間があった。その時、コールマン家に頻繁に遊びに来ていたその子供とソフィアは遊んであげていたことがあった。その子も母親に似たかわいらしい女の子だった。
ソフィアがネフィに見覚えがあったのはその子のことを思い出していたからだ。ソフィアは自分のリージョンにいるネフィの母親を知っていること、そのリージョンのネフィの母親の子供と遊んだことがあることをネフィに伝える。子供の頃の仕草を話すと、どちらのネフィも同じ癖があることが分かった。
懐かしむような不思議な縁を感じて話が弾み、2人の距離は一気に縮まった。ネフィは信頼できる血筋の友人がこんなにも近くにいてくれて心細さが和らいだと喜んだ。ソフィアもまるで離れ離れになっていた妹に再開できたように感じられ、ネフィに対する警戒心を解いて徐々に心を開いていった。
次話:5.9 ワールドセット=ファンタジー
前話:5.7 ワンフレーズ
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