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The Emulator - ザ・エミュレータ - #42

5.7 ワンフレーズ

 数日が過ぎた頃にはソフィアとサクラはそれぞれのクラスメイトと食事することが増えていた。いつものように食堂の混合席でシンタロウとグエンは2人で夕食をとっている。グエンは犬用フードを一度も食べることなく今日もシンタロウと同じシチューを食べていた。

「シンタロウさん、これなんの肉ですかね? 繊維質のパターンからはチキンのようですけど味はビーフっぽいですよね。すっごく美味しいんですけど、でもなんだか僕、怖いですよ。もしこれがグロテスクな生物の肉だったらと考えるとやだなぁ。」

 グエンはそんなことを言いながら、2杯目のシチューを持ってきてほしいとシンタロウにお願いをしていた。シンタロウのクラスメイトのカミラとクレトはいつもシンタロウたちと同じ区画で食事しているようで、自然と一緒に食事をするようになっていた。カミラがシンタロウの隣に座り話しかける。

「次のリリースで出るワールドセットシリーズのベータの話聞いた?」

「いやまだ知らない。」

「エミュレータ外部とも連動するんだって。それって、エミュレータの運営と契約すれば個人でオーダーしたオブジェクトを好きな時にマテリアルに投射して実体化できるってことみたい。」

 カミラがそう言うと、カミラと一緒に来たクレトが続ける。

「そうそう、ということはだよ? デフォルトスキンからファンタジー系のワールドセットのスキンに変えるじゃん? で運営とマテリアルの契約をすればオリジナルの魔法とか召喚獣も使えるってことだよな? マジ胸熱じゃん? それができるなら俺はずっとそのワールドセットで過ごしたいよ。」

 クレトが興奮して早口で話す。クレトはいつもゲームの話ばかりしていたのでファンタジーの世界観になじみがあるのだろう。

「あのさ、本当にずっとそんなので過ごしたいわけ? 本気で言ってんの? それって、こっちがこれまで通りデフォルトのワールドセットで授業受けているとするじゃん。で、クレトはファンタジーのワールドセット使って授業受けるふりして遊んでいるだけだとする。でも、こっちから見たら、クレトはちゃんと授業受けているように見えるってことになるわけ? ほんとそんなのでいいのかな。」

 カミラはクレトの世界観に否定的な意見をもっているようだった。

「抽象化のレイヤーの性能って試したことある?」

 シンタロウは抽象化レイヤーがうまく機能するのかについて、こちらのリージョンに住んでいる二人の意見を聞いてみたかった。

「もちろん。カミラとプロモーションのサンドボックスで会話して試してみたけど、違和感なかったよな?結局、蓄積データからインポートする追体験なんだけどね。」
 クレトの意見にカミラは同意した。

「でも、私はピンとくるワールドセットがなかったかな。だから、リリースされてもしばらくは様子見かも。そもそも他人のスキンも言動も変えてそれでコミュニケーションが取れているって言えるのかな。今だって友達でもなければPAばっかで直接話すことってあんまりないっていうのに。友達まで直接話さなくなったら、いよいよ、『みんな近くにいるのにみんな独りぼっちの世界』になっちゃうよ。」

「まぁそんなこと言わないでさ、ベータが出たらみんなでワールドセットのファンタジーやろうぜ。2週間は本大陸の北エリアだけの一般開放版が利用できるからさ。ベータ登録するかどうかはその後決めればいいじゃん? サブセットのレビュー見る限り『デーモン・キング』か、『バトル・オブ・ザ・ゴッド』とも迷ったけどやっぱり『ラビリンス』がおすすめらしいね。」

 考え込んでいるように見えるカミラを横目にクレトはそういってシチューを掻き込んだ。

 カミラが言う『みんな近くにいるのにみんな独りぼっちの世界』とはこちらのリージョンのアーティストが書いた詩のワンフレーズだ。PAとVRSを使うことで逆に孤独になってしまったという意味であり、皮肉を込めた言葉だ。

 PAやVRSを使ったコミュニケーションの行きつく先はさらに細分化されて、いずれ分解できない個になる。シンタロウがそう考えた時にPAがこのフレーズをサーチした。シンタロウは自分が思っていたことがそのまま言語化されたこのフレーズが気に入っていた。そしてカミラから少し古いこの詩のフレーズが出たので少し驚いた。

 頬杖をついて考え事をしたままのカミラを見つめるとふいに目が合った。猫のような大きな瞳はよく見ると髪と同じ色をしている。つんとした小さな鼻と小さく薄い唇がいたずらっぽい笑顔を作り、なに?とでも言うように首を少し傾げた。

次話:5.8 友人
前話:5.6 シキソクゼクウ

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