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The Emulator - ザ・エミュレータ - #66

7.5 分岐

 ノースはサリリサをシークして言葉に詰まった。サリリサのリージョンで起こった『あの日』は数あるバリエーションの中でもノースたちと同じ道を歩む可能性が最も高いと判断された時に選択されるものだったからだ。そういった地球史ではナキナリがすでに表面化している。

 サリリサの経験した『あの日』のメッセージは抽象化されずにローコンテクストで言語化されていた。ナキナリが人類の主体であれば、人類は新しい価値観を創造する力が非常に弱く『あの日』が意味を成さない可能性が高いからだ。そういった地球史には、なんの期待もない。そういったリージョンはそのうち、時が来れば停止して初期化され、再実行が行われる。無数のエミュレータの内の一つのリージョンでしかなかった。

 サリリサの両親や兄が死んでしまったのと、私が住む死ぬことがない世界で自ら命を絶つ人々や、ナキナリとなって人間ではなくなってしまった人々とは何が違うというのだろうか。すでにサリリサの地球史は私たちと同じ道を辿っている。しかし、そこから生み出されたエミュレータの地球史が、初めて最も抽象的に言語化された『あの日』を迎えるとは私にも想定できなかったことだった。結局、私ではなく私のロールは必然だと言うことが証明されたのだ。

 ノースは話を続ける。私が期待する地球史を創造するためのこの『エミュレータ計画』に関して、コピーやアクセラレーションせずに意図的に放置したものがあった。そのうちの1つが、サリリサたちの住むティア2検証リージョンだ。検証リージョンは私が望ましいと期待することとは異なる文化や進歩がみられた。私はそれでもあえて放置し続けた。そしてさらに下層にあたる、アールシュ、シンタロウ、そしてサクラたちが生きるティア3検証リージョンが生まれた。

 そこで、たまたま発生した障害に、複合的なレギュラーが重なった事象が起こった。そして、最も抽象的で、私にとって好ましい『あの日』の発動条件を満たした。私はそれに期待した。しかしそれはきっかけでしかなく、成果になるか接触してみなければ分からないと考えた。それが君たちに来てもらった理由だ。

 ノースとの対話は並列化した外部思考プロセッサを複数使ってサリリサ、アールシュ、シンタロウ、サクラと同時に行っていた。そうでもしなければノースは持て余してしまうからだ。

「サリリサ、もし君の決意が変わらずにここにいるのならば、私はまだ対話を続けてもいいと考えている。私は君が生み出したサクラたちが住むリージョンに期待している。だから、私は君に感謝を示す必要がある。たとえ、それが期待だけに終わろうともだ。それに君の時間は止まったままなんだろう?」

 サリリサはノースを見つめて黙ってうなずく。サリリサは両親と兄が死んでエリミテ家の負債を相続した時に決意していた。『あの日』が起こらなければ両親も兄も死ぬ必要はなかった。サリリサはUCLでエミュレータ事業を統括しながら、その特権を使って、ジャーナル・レコードからエミュレータのコードを解析して『あの日』がプログラムされていることを突き止めていた。

 そして、それは外すことができない必然としてプログラムされていることも知っていた。そのテクノロジーを利用しなければエミュレータを実用に耐えられるレベルに引き上げるまでに途方もない時間が必要であることも理解している。両親と兄が死ぬ原因を作ったコードがあることを知りながらも、そのエミュレータを利用しなければここまでくる希望すら持てなかった。

「ええ、そうよ。私はあなたと話をするためにここまで来たの。だから、『あの日』がプログラムされたエミュレータに28年も関わり続けてまでここまで来たわ。両親と兄が死んでからこの日のためだけに生きてきたのよ。ティア3検証リージョンはアクセラレーションを止めて通常稼働して15年目になるわ。私が稼働させ始めたものよ。私が自ら稼働させたエミュレータはこれ一つ。私の犯した罪の一つ。本当に全て偶然だった。だけど今、それが必然だったと感じるわ。あなたの言った通り、必然よ。知っているんでしょ?私はあなたのくだらない計画をやめさせるつもりよ。」

「結局、君も私と同じじゃないのか? まぁいいだろう。これは君と私の話だ。2人だけで話をしよう。」

 ノースとサリリサの対話はアールシュ、シンタロウ、サクラと並列化している外部思考プロセッサとは別にフォークして分岐した後、聞こえなくなった。

次話:7.6 使命
前話:7.4 必然

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