プチ移住して、時給100円の「なんでも屋さん」やってみた。【CMC暮らしの実験レポート】
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プチ移住して、時給100円の「なんでも屋さん」やってみた。【CMC暮らしの実験レポート】

「よくわからない学び舎」とよく言われるChange Makers' College(以下CMC)だが、CMCライフでの醍醐味は「生活の中で、自分で小さな実験ができる」ことだ。
CMCでは授業もあるが、それ以上に自由時間が多い。なので、自分の興味や関心にしたがっていろんな「実験」をすることができる。

今までの実験を少し紹介すると、

〇生活用水が海に垂れ流していることを知ったので、洗剤を環境配慮型に変えてみる。
【結果】洗剤って市販のもの安すぎない??という疑問を持った
〇とにかく自分のやりたいことしかやらない日を作ってみる。
【結果】寝て・食べて・歌うというシンプルなサイクルになり、自分が歌うことが好きなんだと気づいた。
〇お家の中から発掘した小豆(賞味期限不明)であんこ作ってみる
【結果】死ぬほどおいしかった。小豆トースト最高。
〇狩猟でとれた鹿を解体してみる。
【結果】狩猟に魅力を感じ、猟友会についていくようになる。

このように、小さなことから奇抜なものまで様々な実験をした。
そして、気が付いたらこの実験が自分にとって、大切な学びや気づきになっていたりする。

今回は、数々の実験の中でも一番面白かった「なんでも屋」という実験を紹介する。
これはCMC5期生として参加していたくるみが、CMCの冬季休暇中に始めたもの。お金稼ぎのためではなく、人のつながりをつくるために働くという面白い試みだったので、暮らしの実験レポートとして紹介する。


「なんでも屋」とは。

そもそも、「なんでも屋」を企画するきっかけは、「CMCの年末休暇暇すぎじゃね?」という疑問だったらしい。
休暇中に帰省することもできたけど、当時はコロナの第3波が、都市を中心に猛威をふるっていたころだった。だから、一度帰省してしまうと、隔離措置など、広田に帰ってきてからいろいろ面倒になるため、CMC5期生のほとんどが広田町に残ることを決めていた。

くるみもその一人で、年末に広田に残るなら時間もたっぷりあるな…。と考え、せっかくなら地域の人とつながる企画をしたいとこの「なんでも屋」を思い付いたらしい。
気が付いたら自分で特製のチラシを作り、早速実施することに。

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くるみは広田町に来た時から、地域の人とよくコミュニケーションを取る人だった。一緒に歩いていても、町の人を見かけるとすぐ話しかけていて、気が付いたら白菜をもらって帰ってくるなんてこともあった(笑)。

そんな彼女だから、「なんでも屋」をはじめて注文が来ないわけがなかった。


なんでも屋をして見つけた「利他の自分」

季節は12月。くるみほど「師走」という言葉が似合う人はいなかったと思う。電話が来て、車でお手伝いをする場所にむかう。多分、ほぼ毎日いろんなお宅に伺っていたようだった。

頼まれるお手伝いは季節もあってか、大掃除関係が多かったらしい。広田町のお家は古民家が多いため大掃除も一苦労。なので、くるみのような若い力はすごく重宝されたらしい。お家の中にある神棚の掃除や、ガラス拭きなどを手伝っていた。本人曰く、ガラス拭きはプロレベルで上手くなったらしい。

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時給も100円にしていたが、多くの人が少し多めに渡してくれたらしい(笑)。お土産以外にもお家でご飯を食べさせてもらったりして、あんこが入ったうどんという珍しい食べ物にも出会ったそう。

そして、必ずいつも大量のお土産をもらって帰ってきた(笑)
私が覚えている限りでもらってきたものは、

・白菜・大根などのお野菜
・お漬物
・干し柿
・あんみつ・まんじゅうなどの甘いもの
・自家製ミカンジュース(これめちゃくちゃおいしかった)
・鏡餅・お餅
・晩御飯のおかず などなど

いろんなものを持って帰ってきてくれるので、私たちの生活でも、くるみのお土産を食べることが増えた。年末はくるみに養われているのかと勘違いしそうになった。
普段ならお金を払っていろんなものを得る私たちだが、くるみのお土産でおなかを満たしながら、何かを得る方法はお金だけではないんだという当たり前のことを痛感していた。

くるみの「なんでも屋」はこうして、年末の私たちの食卓を彩る重要なイベントだった。新年を迎え、「なんでも屋」はCMCの休暇が終わったことで緩やかに閉店した。

自分のために動いた先に、誰かのためになっている場合もある

CMC5期が終わった後、この話が忘れられず、くるみに「なんでも屋」について取材をさせてもらった。
その時に「なんでも屋をしてなにか得たものはあった?」と聞いたら面白い返答が返ってきた。

「なんでも屋」は誰かのために何かをやることがこんなに楽しいんだと初めて気づいた経験だったんだよね。
「なんでも屋」をやってみて、ガラスを何時間でも真剣に拭く自分がいることに驚いた。今までは自分のスキルや経験になることだけをしてきたから、CMC以前の私なら、ただガラスを何時間も拭き続けるなんて絶対できなかったと思う。でも、自分が手伝ったことで地域の人がとびっきりの笑顔で「ありがとう!」と言ってくれてすごくうれしかったし、町のちょっとした噂になり、誰かから「くるみの話聞いたよ~」と言われることがすごく嬉しかった。
自分の小さなことが誰かのためになっていると気が付いたとき、自分は人のためにするのも嫌いじゃないんだなと気づいたんだよね。

くるみが「なんでも屋」を始めたのは「地域の人のためになりたいから」ではなく、「地域の人とつながり、面白い経験をしたいから」だった。一見すると、利他のような企画だった「なんでも屋」だが、くるみにとっては自分のためにやっていたということに驚きだった。
一方で、自分がやりたいと思ったことの先に、誰かのためになっていたことに気づく、くるみの姿はすごくヘルシーだなという印象を受けた。

私たちはよく「誰かのためになることをしなさい」と言われる。
私も幼いころからよく言われてきた。だから、人のためになることをしようとするのだが、それをすればするほど「自分」の姿は捉えられなくなり、燃え尽きてしまう。自分もそうだったし、そうなってしまった優しい人をたくさん見てきた。

でも、そもそも私たちは必ず誰かにつながっている生き物。だから、何か行動したら必ず誰かに影響が出る。自分やりたいことをすれば、元気になってくれる人も自然と出てくる。これが自然な流れなのかもしれない。


だからって、独りよがりに自分のやりたいことをすればいいわけではない。でも、一番誰かのためになることは、自分が楽しいを思うことをすることなんじゃないかと、くるみの話を聞いて感じた。
利他の精神はご自愛の精神を作って、はじめて機能するのかもしれない。

くるみが「なんでも屋」で得ていたのは、地域の人の信頼と感謝。
そして、それ以上に「利他の心を持つ自分」新鮮な自分の姿だった。

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デンマークのフォルケホイスコーレと連携しながら、「生きること」や「自分」について学びを深めるプログラムを東北の田舎で行っています。noteでは田舎暮らしの様子や、フォルケホイスコーレのこと、田舎に住むユニークで温かい人を紹介します。