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Nakamura Tetsukiさんの回答:Club Q オンライン勉強会「ノーベル賞2021のお話&北大名誉教授・チューリッヒ工大 F. Jastac 先生の 第3回「科学技術」とまとめないで!ー技術はどう発展したか?ー」はいかがでしたか?

「感想」

今回は、Nakamura Tetsukiさん(工学・経営学・心理学辺りを使ってデザインしてます)による感想です。

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会の途中で思っていた話はしゃべらせていただいたので、しゃべらなかった感想です。

ノーベル化学賞が技術賞に、ノーベル物理学賞が科学賞に変化してきていて、今年それが完成したと言われて確かに納得感があります。Jastac先生はそのノーベル科学賞が政治的な意味合いを帯びていることに少し警鐘を鳴らしておられました。その側面は確かにあると思うのですが、ノーベル科学賞が気候モデルに対して贈られたというのは喜ばしいことではないか、と感じます。

というのも、これは会の途中でも少しお話ししたのですが、反証可能性を旨とする科学は行き止まりに差し掛かっていて、厳密には証明できないようなことに向かって突き進むようなことにしか科学のフロンティアは残されていないと私は感じているからです。むしろ、厳密には証明できないようなことは世の中には数多存在していて、そこに科学的な目が向けられてこなかったため、結果論としてそのような分野には非科学がはびこるようになってしまっているとも感じるのです。そのような非科学が幅を利かせている分野に邪なビジネス的動機を持つ人が現れると、科学分野に邪な人が来るよりもっとひどいことになってしまいます。ノーベル財団のような権威ある人達には、今後そうした科学未開の地に科学的アプローチを持ち込んだ人の偉業を正当に評価するようになればよいと私は考えます。

その意味で、今年「気候モデル」に対してノーベル科学賞が贈られることになったのはその魁としてとても重要です。気候モデルという反証可能性の乏しい研究を科学と認め、科学未開の地に科学的アプローチが持ち込まれたことは喜ばしいことでしょう。今後同じように、物理とは縁遠いかもしれないけれど科学未開の地で科学的アプローチが持ち込まれる例が色々と評価され始めると、いい意味での政治的影響があるのではないでしょうか。つまり(ノーベル財団という)権威によって科学未開の地がもはや未開でないということのお墨付きとなるからです。これは行政による土地の(再)開発と同じようなものだと言えます。そこはかつて原野やスラムだったかもしれないけれど、行政がインフラを整備することによって人間にとって魅力ある都市に変貌させられるということです。原野に人は集まりませんが、都市であれば人が集まります。

科学未開の地はなぜ今まで未開の地であったかというと、反証可能性の罠にとらわれていたから、ではないでしょうか。もしそこで反証可能ではないのだけれどモデルによって整合的な記述ができるのなら、そのモデルに基づいた科学が適用可能です。

この先、脳や認知の分野などにノーベル科学賞が贈られるようなことになれば、と勝手に胸を膨らませてしまいます。

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Nakamura Tetsukiさん、ありがとうございました。

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