見出し画像

企業は“三方よし”であるべき

ブラック企業という言葉が当たり前になり、企業の不正のニュースにもどこか慣れてしまっている毎日で、経営者も働いている人もこれから社会に出る学生もみんな不安を抱いていると思う。

なんかおかしくない?

原因はきっと様々なんだろうけど、僕は「企業の利益が“誰かの我慢”の上に成り立っているケースが多いのでは?」と思っている。

社員が笑っている会社

社員の満足度にフォーカスするのも随分と当たり前になってきたが、実際に実現できている企業は少ない。満足度をスコアリングして経営に生かしている企業も増えてきただろう。

でも僕の見立てでは、そのほとんどの企業が「会社と社員間での利害の調整」で社員の満足度をコントロールにしているように感じる。

僕は採用であれ、組織管理であれお互いが交渉相手となるようなシーンは避けて、経営陣も含めた全員が「同じ目標に向かってどういう利害があるか」を認識するほうが、不平不満を生まないと思っている。

弊社も離職が多く悩んでいたころから、今はとにかく笑顔溢れる会社に変わることができた。

先日書いた通り、経営の目標を社会の問題意識と重ねることで、より多くの人に共感され、会社内での損得を気にするより、社会に認められる価値を生むための職場環境や社内風土を醸成してきたからだ。

子どもの将来という共通問題

弊社では5年以上児童養護施設の支援活動を行っている。施設の子どもたちと打ち合わせをして、一緒に施設内をDIYするというKUJILIKE(クジライク)という活動である。

参加する人は各に提供するものと享受するものがある。

-弊社スタッフ
提供
・建築の知識、技術
・DIY当日の労働力
享受
・企画〜実施という建築の業務フローの経験機会(OJTになる)
・建築が実現する子ども達への影響を実感(短期間で顧客体験を知る)
-施設の子ども達
提供
・DIY当日の労働力
享受
・新しい体験
・施設職員以外の大人との接点
・学校の授業以外での学びの機会
・DIYでアップデートされた施設機能やデザイン
-施設の職員
提供
・施設の使用
享受
・子ども達への職業体験の機会
・施設の一部メンテナンス

建築を通じて、社会に貢献できることは無いか?と悩んでいたときに、最初は何かを寄付しようと思っていたのだが

「どうせ何かをプレゼントするなら、空間をプレゼントしよう」と思い、施設の子どもたちとDIYするアイデアに至った。


それまで児童養護施設のことをあまり知らなかったが、思いの外「外部との遮断」が強い印象を受けた。子ども達の安全を守るためにも、情報が外に漏れないように必然的にガードが厳しくなる。

一般家庭の子どもであれば、家庭内やそれ以外の「外の時間」で経験することも、施設では大きく制限されているということを知り、「じゃあ施設内に良質な機会を提供しよう」となり、いろんな工夫もした。

自分の住んでいるところに建築のプロが来て一緒にデザインも考えて、一緒に作れるわけだから、きっと子ども達にとって良い経験になるはず。

そこからKUJILIKEのおかげで、「大人世代が、子ども世代のことを考える」という社風が出来上がった。

よその子どもに叱る大人なんて滅多に見ない時代であるが、こういった活動を通じで会社としてひとつの共通課題を持てたことはすごく嬉しい。

会社が仲介人となる。

そしてできればより多くの人を巻き込んで、子ども達の将来に貢献できるように考えてクラウドファンディングを実施することになった。

施設の食堂を映画館にしたい!


一般的には入ることができない児童養護施設ではあるが、今回は入念な打ち合わせを経て、弊社が仲介人となることでより多くの大人をより広く関わって頂くことができそうである。

これは児童養護施設だけでなく、業界的なハードルがある場面や、距離的なハードルがある場面で「会社が仲介人となる」ということが、Social good な活動を促すひとつの方法じゃないかと思う。

関わる人全てが笑顔になる。

「売り手よし、買い手よし、世間よし」が三方よしであるが、つまりは「みんなが笑顔になれることをやる」ということだろう。

単発的なイベントから始めても良いと思うが、目指すはスタッフ全員のマインドとして三方よしがインプットされることである。

社内制度やイベント実施だけでは、隠れた不満は尽きない。

「誰かの我慢の上に自分の満足が成り立っているのかもしれない」と気づくところから始めるのが良いだろう。

みんなが笑顔でいるためにはどうしたらいいかをスタッフ全員で考え、行動する。

こんな会社こそ素敵だと思う。大切なのは見かけではなく、精神的に三方よしがインプットされているかである。

画像1







この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?