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コラム:近似された「美しさ」

「漂白化社会」という言葉があるが意味を考えると「白」でも「黒」でも変わらないと思っている。
ゆで卵を生卵に戻したり、時間そのものを戻したりできない事になっている。
地球上では重力の影響で全てのものは地面に押し付けられる。
電流は電圧の高い方から低い方へ流れる。
この宇宙には一定の方向性があるのだ。
その意味で言えば、白と黒は平等ではなく漂白化は白でなければならないのだろう。
エネルギーを使って輝き続けなければ白はやがて黒に変わってしまう。
白のほうがエネルギーが高い状態だと言える。
現代はPCでお絵描きする場合はどの色も好きに同じように扱えて色の平等性があるがそれをプリントアウトしたりスクリーンに映せば途端に色の平等性が消える。
歴史的に染料は色によってそれぞれ価値が違うために好きな色を好きなだけ使う事が出来なかった。
情報の世界では平等に扱えても、物理世界では不平等なのだ。

後にくわしく語るが個人的に漂白化の本質は、システム化とかコンパクト化とかそういう事だと思っている。
それは人類が現れたからずっとやって来ている事で、テクノロジーの進化は効率を上げ生産性を上げる事だ。
1つのタスクをこなす為に最初はいろんなやり方が生まれ、いずれ生産性が高い方法が残る。
そして答えが出た頃にはそのタスクをこなす為のテクノロジーを皆が知りだし、そのテクノロジーの希少性や付加価値は小さくなる。
価値と言うものは、希少性と重要で成り立っている。


産業革命がなぜ革命だったのかというと、それは人間がよりシステムの一部になるために自らをダウンサイズしていったことにある。
そこで起きたことは、以前はみんな別々の自分の体にあった服を着ていたのに、工場で服が大量生産されるようになってSMLのサイズから選んで着るようになったことだ。
お金のかかるオーダーメイドでもしない限り、自分の体にあった服を着るという体験は現代ではできなくなっている。逆に言えば人間が服に対して合わせている感覚すらなくなっているかもしれない。
現代ではスニーカーは0.5cm刻みでいろんな形状で売ってはいるが、歩いている時に人間が微妙にスニーカーの違和感を調節している感覚なんてウォーキングやスポーツの専門家じゃないとわからないだろう。
よく現代人が人間らしさがなくなっていると言われるときに持ちあがる話の本質がこれだ。
現代でもお金を使えばいくらでもオーダーメイドが可能だ。だがそんなことする人はそんなに多くない。こだわりがある事やよほど強い興味がないとわざわざオーダーメイドしたりしないのだ。人間はそのものにこだわりがあるうちはそこに自らの付加価値などを見いだせるためお金を出せる。
やがてこだわりがなくなり飽きた時にそこにかける意欲がなくなりお金も出せなくなる。
この「こだわりが消えたり飽きた時」にシステム化が一歩進む。
ただし人間には種類があるので、執着心を持つ人と持たずに新しいものを探す人なんとなくそれに付いてゆく人に分かれる。
人間の文明はレトロアクションゲームの強制スクロールステージみたいに進んでいるので、執着心の強い人は抗ってズタボロになるまで引きずられることになる。
競争社会や受験戦争という言葉があるが、制限時間までは自由に多様性を競っていいが、制限時間を迎えた瞬間に選ばれたものがメインストリームに残り、選ばれなかったものは退場させられる事になる。
さらにネット通販のような時代になると、TシャツのSMLだけじゃなく、より細かいサイズが売り出され、オーダーメイドする情熱がどんどん無くなってくる。

IT革命後は物理的なものを減らして情報操作で処理するようになってさらに目に「見えないシステム化」が高速に進んだ。
より生産性が上がると、商品の種類が増え続けるのでやはりオーダーメイドの必要性は下がる。
ただ次のAIの時代が来ると、色んなもののオーダーメイドのコストすらも下がるだろう。
例えば3Dプリンターなどの価格が安くなり、色んな人が3Dデータを作り出すので競争的に汎用的なデータがただ同然に安くなっていく。システム化されるので、人が選びたい商品のバリエーションの数がより増えていく。
ITの凄いところはソフトウェアがあれば、低コストで色んな人が開発に参加できることからシステム化する速さが産業革命の比ではない。
よく「いくら自動化しても人間にしかできない部分はある」という話を聞くが、プログラマーのようなシステムを作る人たちが「ならどうすればシステム化できるか」と日夜開発を続けるので例え今出来なくても未来には必ず出来るという強い流れが出来てしまっている。
じゃあオーダーメイドが実質タダで行われる時代に向かっていって、皆がオーダーメイドを選び自己実現に向かうかと言うとどうもそのようには見えない。
なぜなら人々がシステムの一部になろうとする以上現在の「多様な選択肢」で十分なので、オーダーメイドは結局多くの人に必要ではなくなる。
システムは多様な選択肢を人に与え、多少の不満は面取りされて丸くなっていくのだ。
将来的に余程の「オンリーな体験」をして内的な表現欲求や好奇心が湧いてこない限り、システムによって提示された多様な選択肢を選ばされることになり、自発的な選択は難しくなっている事だろう。
(これは個人がこだわりがないどうでもいい事に対して起きるという話だ。)
「多様な選択肢」とは人間から自由を放棄させる悪魔の囁きとも言える。
これは特に今に始まった話ではないし、さっきから話ているように人は飽きると選択することが面倒になるのだ。
(その速度が上がっていることについては非常に厄介な事ではあるが。ITの世界になってから情報の陳腐化が激しい。)
だから人はシステムによって提示された悪魔の囁きに屈する日が来たらそれを捨て、また新しいものを手に入れ、他者と差別化できるアイデアを出し続け、陳腐化したらまたシステムの悪魔の囁きに屈するというループを続ける事が運命付けられている。

これは例えば音楽でもグラフィックでも言える。
音楽ではDTMの発達で時間軸や音程がよりタイトになった。打ち込みによってデータが均質的になった。
ベクターグラフィックスは、タイトな数学的な曲線になり、発色が均質的になって複雑さが減った。
2Dでも3Dでも人が描いた震えた輪郭線を恥ずかしがるように、綺麗な曲線に近似するようになった。
(3Dではサブディビジョンサーフェースなどだ。)
上記で起きている事はどれも、複雑な曲線を数学的な美しい曲線近似して情報をひたすら軽くする行為だ。
生演奏やフォトショップなどの情報が複雑なデータも確実に数学的な美しい曲線に近似される方向にある。
音楽やグラフィックなどをしている人には馴染みがあるエディター画面にはルーラーと呼ばれる線が薄く書かれていて、まるで「俺が正しい位置だ」と言わんばかりに仁王立ちしている。(DTMではタイムラインになる。)
この話は美容整形と何ら変わらない。人間の体が自然に持つ複雑な歪んだ線は美しくないのである。
シンメトリーがあって歪みのない数学的な曲線が「美」なのだ。

僕が思う「漂白化」と呼ばれるものの正体は、美的感覚が数学的曲線によって近似される曲線の「美」に引っ張られている事だと思う。
まるで夜の街灯に集まる虫のように綺麗な形状を形どるようになる。
自らのオリジナルな答えを探さなくてもそこに「シンプルな正しい答え」が提示されていてそれに集まっていく。
これは「潔癖症」だとも言える。
流行するものはより数学的でコンパクトな美しさに置き換えられて行くから、自分の存在価値を必死で出そうとするアーティスト達はいかに「汚い曲線」を作品に持ち込めるかという試みを繰り返す。
やがて多様性を持った汚い線は綺麗な線で近似され、人々がその近似で満足した頃にその作品は大衆にとっての役目を終えてゆく。
アーティストが「流行」に対して脊椎反射的に嫌悪感を持つのは、アートがシステム化出来ていない外側にいる存在だからだ。
「流行」に乗ったクリエイターによってたくさんの作品を作られ続ける限り、「美」はよりシステム化され、よりコンパクト化され、身の回りに溢れてゆく。
地球上での現在までの人間の行動とは、物をある場所で手に入れてそれを加工したりして別の場所に移動する。文明の中の人間の行動の本質は環境の整理なのだ。
人間が生きる環境が秩序だって整理されていくわけだから、そもそも「潔癖症」は根本的な性質だと言える。
(綺麗好きになると汚いものがどんどん許容できなくなる。)

漂白化はIT化したことによって、衣食住に不便のない安定した状態の国で周りを観察する余裕のある人が増えてその変化を「発見」「認識」したものだと思っている。
AIの時代がやってこようが文明のシステム化が進む速度が上がるだけで本質は変わらない。
AIが今までの機械と違うのは、人間の複雑な曲線を数学的な曲線で近似せずそのまま内包してくれることだ。「近似された美」への方向性を変えるものになるかは分からないがその可能性はある
だがそれによってより早くシステムに置き換えられてゆく事になる。

悩ましい問題があるとすれば漂白化することそのものではなく、変化の速さに息苦しくなり自分の存在意義をなくした人間が溢れたカオスな状態ができる事である。

冒頭で漂白化は白か黒はどちらでもいいと言った。色数が減ったり、数学的なグラデーションが使われたり情報がコンパクトにダウンサイズされる方向にあるからだ。
(まあ日本のWEBデザインの特徴が世界と逆方向にいっているという話も話題になったが。)
最近はナイトモードを色んなOSやブラウザやアプリが導入しているし、白いイメージのAppleが黒いMacBookを出して推してきている。


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