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社員戦隊ホウセキ V/第42話;ジレンマ

前回


 五月二日の日曜日、全日本実業団陸上大会の女子100 m走の決勝が午後三時から予定されていた。

 一月の大会では、ニクシムが出現した為に光里は出場を棄権せざるを得なかったので、今日だけはニクシムが出ないことを十縷たちは願っていたが…。
 光里の出場する女子100 m走の決勝が今まさに始まるというその時に、リヨモからニクシム出現の一報が入った。


 伊禰のブレスに連絡が入った時、光里は客席下の通路を抜けて、グラウンドに姿を見せようとしていた。しかし、そこを後ろから千秋に呼び止められた。

「光里。たった今ニクシムが出たって、兄から知らせがあったわ。北野君は即売会を抜けて出撃して、医者のお姐ちゃんたちには姫様が連絡してるって」

 光里を捕まえた千秋は、そう耳打ちした。それを聞いた瞬間、光里の顔から明らかに血の気が引いた。
 予想通りの反応に、千秋はいたたまれない表情になる。

「社員戦隊は一月の時より一人増えてるから、あんた抜きでも戦えるかもしれない。兄はそう言ってたわ。すぐに出撃させるのか、試合を優先させるのか、はっきりとは言わなかった。私も、どっちをあんたに選ばせるべきなのか、凄く悩んでる……」

 俯きながら、千秋は小声で言った。
 光里はその顔を見ると、次は振り向いて客席に目を向ける。満席ではないが、六割くらいは埋まったその客席の方に。

(ニクシムが暴れてるなら、止めなきゃいけない。だけど、また嘘を吐くの? あんなに沢山の人が、応援してくれてるのに……。裏切るの?)

 イマージュエルの戦士としての使命を、光里は忘れていない。
 しかし客席を見ていると、母からの電話や十縷たちからのSNSのメッセージが思い出される。それだけではなく、リヨモや最音子もねこという名の友人の顔も脳裏に浮かんでくる。

(リヨモちゃんみたいな思いを、他の誰にも味わわせたくない。リヨモちゃんだって、そう思ってる。でも私が五輪代表の選考から漏れたら、あの子は “ 自分のせいで私の夢を潰した ” って思うよ。私が何を言っても……)

 いろいろな人の思いが、光里の脳内で交錯する。出撃と試合。このジレンマが足枷となり、光里をどちらの方向にも進ませない。
    その苦悩は、光里の目に涙という形で現れた。それを見ている千秋も、身を裂かれるほど辛かった。


 競技場を出た十縷たちは、十縷のサイドカーに乗って現地へと急行した。十縷が運転席、伊禰が側車、和都がリアという配置で。

 移動中、リヨモがブレス越しに今回のゾウオの説明をしてきた。【念力ゾウオ】という名で、ジュエランドを襲撃したゾウオのうちの一体なのだと。
 伊禰のブレスが投影する映像を見ると、その名前は非常に納得できた。

「物を浮かせて、自由に操れるのか。念力とは厄介な能力だな……」

 ゾウオが右腕を振ると、その動きに合わせてバスが軽々と浮き上がり、そして何かに投げられるように吹っ飛ぶ。
    その映像を見て、和都は眉間に皺を寄せた。

「右肩のからすが光ったら、念力発動ですわね」

 伊禰は、映像から情報をいろいろ引き出す。

 彼女の言う通りこのゾウオの右肩には、烏の頭部を模した黒い装具がある。そこを起点に、右腕と右脚そして胴の右半分は烏のような黒い羽毛に覆われており、右小手に翼に似た装飾をつけ、右手の先は烏の足の形になっていた。
    羽毛の無い左半身と頭は、灰色の表皮が剥き出しで、紫色の元素記号に似た模様も見える。ウラームと全く同じであるその顔の額には、羽毛のような金細工を付けていた。そして発する声は女性のもの。
 映像からは、これらの情報が得られた。

「ブルーが到着しましたわ。私たちも急ぎましょう」

 やがてブレスは、青のイマージュエルが空を割って出現し、木漏れ日のような光を出してブルーを降ろす映像を投影した。
 十縷は横目で映像を確認し、スロットルを更に捻った。


 ブルーが現着する直前、念力ゾウオは吹っ飛ばしたバスの中を悠然と眺めていた。運転手も乗客も全員が負傷しており、苦痛に顔を歪めている。
 念力ゾウオは満足げに頷いた。

「即死はしていないわね。その呻き声を、ニクシム神に捧げなさい!」

 恐怖や苦しみでニクシム神を強化させる為、死なない程度に傷めつける。念力ゾウオは自身の役割をしっかり解っていた。
 そして、次は何を標的にしようかと周囲を見渡していたところで、青のイマージュエルから降りたブルーが現れた。

「青の戦士。ザイガ将軍のお誘い、受ける気になった?」

 振り向いた念力ゾウオは、まずそう問い掛けた。ブルーは咳払いに近い、強めの溜め息で応えた。

「俺はホウセキブルー。お前らの仲間にはならん!」

 ブルーは腰から抜いたホウセキアタッカーを剣にして、念力ゾウオに向かって突進する。
    この行動を、念力ゾウオは女声特有の高い声で嘲笑った。

「愚かな奴。そうやっていつまでも、煮え湯を飲まされているがいいわ!」

 笑い声と共に、念力ゾウオの右肩で烏の両眼が白く光った。すると歩道脇の駐輪場に置かれた多数の自転車が震え出し、次の瞬間には輪止めを破壊して宙に飛び出した。ブルーを目掛けて。
 自転車が飛んできては、これに対応せざるを得ない。ブルーは敵への突撃を中断し、身を翻して飛んできた自転車を避けた。しかし自転車は避けても円弧を描いて戻って来て、再びブルーに襲い掛かる。
 念力ゾウオは両手を振り、自転車一つ一つに別の動きをさせ、ブルーを翻弄する。

(これでは近寄れん! 避けるので精一杯で、射撃もできん!)

 ブルーは接近できないとみるや、ホウセキアタッカーを銃に変形させた。しかし自転車が間断なく襲い掛かって来るので、狙いを定める余裕が無い。防戦一方になっていた。

「大したことないわね、青の戦士。……そこに隠れている連中も!」

 ブルーを嘲笑っていた念力ゾウオの語調が、いきなり荒くなった。すると横倒しになっていたバスの車輪が外れ、自転車と同様に飛んでいった。ブルーの方ではなく、反対車線の方へと。
 その先には、路上駐車したまま運転手に逃げられた車があったのだが……。

「あらら。気付かれてしまいましたわね」

 車の陰には、マゼンタら三人が居た。
 まずレッドとイエローが銃撃してゾウオを怯ませ、それからマゼンタが飛び掛かる、という作戦を立てていた彼らだが、敢え無く破られてしまった。
 タイヤが飛んできたので三人は逃げざるを得ず、第一段階の銃撃すらできなかった。そして、タイヤは逃げても彼らを追って飛び続ける。マゼンタらもブルーと同じく、反撃の機会を与えられず防戦一方となった。


 ところで、多くの人々は念力ゾウオの攻撃を恐れて逃げたが、一人だけ逃げずにスマホで撮影を続ける少女が居た。
   その少女の両耳にはアメジストのピアスが、胸元にはエメラルドのペンダントがそれぞれ輝いており、装具でゲジョーだと判った。
     因みに、今日は長い髪をポニーテールにして、濃紺のセーラー服を着ていた。そしてスカートは相変わらず短った。

「緑の戦士は来ないな……。他者の被害より、己の栄誉を優先したか。さすがは地球人。心が汚れている」

 戦いの様子を見て、ゲジョーは「予想通り」と言わんばかりにほくそ笑んだ。


 愛作は即売会に来たお得意様の対応で、持ち場を離れられない。
 その為、寿得神社の離れにはリヨモが一人で、ティアラが投影する戦況を見守っていた。社員戦隊が防戦一方となっているその光景を目にして、リヨモは耳鳴りのような音を止められずにいた。

(何か、弱点はある筈。それを見つけ出して、皆様のお役に立たなければ……!)

 琥珀色のガラス玉のような目を凝らし、リヨモは映像を凝視する。念力ゾウオの弱点を探る為に。しかし、弱点など簡単には見つからない。
 リヨモが悩んでいると、ティアラが救いの手を差し伸べるかの如く、この人の声を伝えてきた。

『リヨモちゃん! もう現場に行けるから、私のブレスに映像送ってくれる?』

 それは光里の声だ。先まで試合に出る為ブレスを外していた彼女だが、また装着したのだろう。彼女の声を聞くとリヨモは顔を上げ、鈴のような音を鳴らした。

「光里ちゃん……。了解です。只今、映像を送ります」

 リヨモはすかさず、戦地の映像を光里のブレスに送った。攻める念力ゾウオと凌ぐ社員戦隊という構図の映像を。


「いつまで凌げるかしら? 守り疲れた時が、あんたたちの最期よ!」

 優勢の念力ゾウオは、笑いながら自転車やタイヤを念力で飛ばす。
 社員戦隊の方は背合わせに円陣を組み、四人で形成したホウセキディフェンダーで外周を固め、襲い掛かる自転車やタイヤを防ぐ。

 ホウセキディフェンダーは飛んできた物を確実に跳ね返していたが、四人はそれで精一杯。反撃をする余裕など無かった。

「暫くすれば、相手は弱体化する。それまでの辛抱だ……!」

 ブルーは仲間三人に囁き、マゼンタとイエローがこれに頷く。しかし、レッドは違った。

(時間制限があるなら、持久戦には持ち込まないよな。息切れを期待するより、なんか別の手を考えないと)

 戦いの経験が少ないのが功を奏して、レッドは現状から柔軟に分析ができた。そして、その柔軟な思考で彼は気付いた。
 自分たちと念力ゾウオが立っている歩道は溝板のようなコントリートになっていて、数 mおきに金網上の鉄柵が嵌っていることに。更にその事実は、彼に閃かせた。

「隊長。この歩道の下って、暗渠あんきょですよね? 足元のコンクリ、ホウセキアタッカーの弾丸で貫けると思いますか?」

 閃いたレッドは、自分の右に居るブルーに訊ねた。問われたブルーは少し驚く。

「流水の音がするから、暗渠か下水道だろう。足音の響き方を考えると、アカッターの弾丸で充分貫けると思うが……。お前、何をする気だ?」

 耳のいいブルーは、僅かな音からでも情報が引き出せる。その情報をレッドに提供したが、質問した相手の真意は読めない。
 そんな中、レッドは意気揚々と宣言した。

「インスピが湧いてきたんです! 十縷じゅうるの望みが見えてきますよ!!」


次回へ続く!

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