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社員戦隊ホウセキ V/第43話;苦渋の決断
前回
五月二日の日曜日、光里は午後三時から開始される全日本実業団陸上大会の女子100 m走の決勝に出場する予定だった。
しかし女子100 m走の決勝が今まさに始まるというその時に、ニクシムの尖兵・念力ゾウオが出現した。
「十縷の望みが見えてきますよ!!」
念力ゾウオの攻撃を凌いでいる中、唐突にレッドは秘策を思いついた。彼は左手のブレスでホウセキディフェンダーを発動させたまま、右手でガンモードのホウセキアタッカーをベルトから抜いた。そして、その銃で足元のコンクリートを撃った。五発連続で。
歩道の下が暗渠か否かを問われたブルー、そして傍らで聞いていたマゼンタとイエローは彼の思考が読めずに首を傾げる。
すると、その数秒後だった。
「何っ!? 地下から弾丸!? ぐああああっ!!」
念力ゾウオの前後には、一つずつ歩道に嵌った鉄柵があった。前の鉄柵からは二発、後ろの鉄柵からは三発、それぞれ赤く光る弾丸が飛び出してきた。
それらの弾丸は、螺旋状やら波状やら独特な軌跡を描きつつ、念力ゾウオに向かっていく。念力ゾウオは驚きの余り全く対応できず、前後から計五発の弾丸を食らった。
念力ゾウオは脱力し、同時に彼女が念力で暴れさせていた自転車やタイヤも、操り糸が切れたかのように勢いを失って地面に落下した。
「コンクリートを貫いた弾丸が、暗渠を通ってゾウオを攻撃したのですか? と言うことはレッド、弾道を曲げられるのですか?」
マゼンタは驚きながらも、何が起きたのかを類推していた。レッドは「その通り」と頷きながら、ホウセキディフェンダーを解いて前方に躍り出た。
「射撃の下手さは想造力でカバー。僕が当たると信じれば、絶対に弾丸は当たる!」
レッドは更に三発の弾丸を撃った。正面に撃ち出された弾丸は、すぐに軌道が複雑化した。地下で起きたことを示すかのように。
不可解な弾道に、念力ゾウオは思考が止まって硬直した。結果、念力ゾウオは三つの弾丸を胸、背中、右の裏膝に受け、堪らずその場に崩れた。
「皆さん、このままトドメと行きましょう!」
勢いに乗るレッドはブレスを付けた左手を天に翳し、ホウセキャノンを召喚する。他三人は慌ててホウセキディフェンダーを解き、空を割って降ってきたホウセキャノンを担ぐ。
ブルーが先頭、マゼンタとイエローがそれぞれ右と左を支え、レッドが最後尾で把手を握るという配置で。担がれた無色透明の大砲の中で、赤、黄、ピンク、青の光が駆け巡る。
「ホウセキャノン・クラスター!!」
レッドが掛け声と共に引き金を引くと、四色の光は赤の光球となって発射され、砲身の外に出るやすぐ無数の小さな光弾に分裂した。そして、それらは一つ一つが不規則な曲線軌道を描き、念力ゾウオへと飛んでいく。
しかし、念力ゾウオも抵抗する。
「おのれ……! 簡単には負けないわ!!」
念力ゾウオは再び右肩に備えた烏の目を白く光らせる。すると先程ホウセキディフェンダーに当たって半壊した自転車やタイヤが浮き上がり、ホウセキャノンが放った無数の光弾にぶつかった。
浮遊物に炸裂しても弾はそのまま進むが、威力は減衰する。かくして全ての弾が念力ゾウオに到達した。しかし…。
「この程度かしら、地球のシャイン戦隊……。こんな攻撃、屁でもないわ……!」
念力ゾウオは一度倒れたものの、体が泥のように溶けるには至らなかった。念力ゾウオは足元こそ覚束ないものの、憎々し気に呟きつつ立ち上がった。
社員戦隊にとって芳しくない結果だ。そして、こうなると何故か人は余計なことを考え始めてしまう。
(もう一回撃ったら倒せるか? でも祐徳先生は大丈夫?)
初めてホウセキャノンを使った時、マゼンタが異様に辛そうにしていたのを思い出し、レッドは二発目の発砲を躊躇う。
そして、イエローはこんなことを思う。
(五人揃ってないから、威力が弱いのか? 二発目を撃っても、効くのか?)
こんな調子で社員戦隊が二発目の発砲を躊躇っていると、これまで傍らで戦況を撮影していたゲジョーが動いた。
「このままでは、念力ゾウオがやられる!」
ゲジョーはスマホを持っていない方の手で空を叩き割り、そこから多数のウラームを呼び出したのだ。
こちら側に出てきたウラームたちは、ホウセキャノンを抱えている四人に襲い掛かる。
「キャノンを置いて、ウラームに対応するぞ!」
ブルーの指示で、社員戦隊はホウセキャノンを足元に置き、襲い掛かって来たウラームを迎撃する。
マゼンタは素手、他三人はホウセキアタッカーの剣で。
「念力ゾウオ! 一旦、退くぞ!」
放ったウラームが社員戦隊を引き付けている隙に、ゲジョーはセーラー服の姿のまま念力ゾウオに駆け寄った。そして、ふらつく念力ゾウオの腕を掴むと、もう一方の手で空を叩き割り、七色の光が渦巻く穴の向こうへと逃げていく。
「うわー! ゾウオに逃げられた!」
その様子が視界の端に入り、レッドは思わず悔しがる。ところで彼の周囲には依然として多数のウラームがいるので、余計な情報に気を取られていたら必然的にそこを突かれる。
レッドはすぐに背後からウラームに襲われ、堪らず前のめりに倒れた。
「いかん! レッドがやられる!」
ブルーたちはすぐそれに気付いたが、自分たちもウラームと交戦中なので助太刀には入れない。
レッドは背に鉈を受けたが、頑丈なスーツは切れなかった。とは言え、伏せさせられて三体のウラームに囲まれたことは、危機に他ならない。
(まさか……。僕、殺されるの?)
三体のウラームが同時に鉈を振り被った時、レッドは半ば自分の運命を諦めた。
しかし、その次の瞬間だった。いきなりウラームたちが「フグッ!」と悲鳴を上げ、両膝を折った。そして、そのまま泥と化して異臭を放ちながら溶けた。
取り敢えず、レッドは救われた。
「グリーン!?」
ウラームが溶け崩れると、その背後から短刀を携えたホウセキグリーンの姿が現れた。グリーンが駆けつけて、持ち前の高速で三体のウラームを斬り捨てたのは明白だった。
「大丈夫か、レッド!? グリーンも来たのか!」
ブルーたちも目の前のウラームを撃破し、二人の元に駆け寄って来た。その時、グリーンは俯いていた。
「ゾウオはどうなったんですか……?」
気まずいのか、グリーンは小声で訊ねた。この問に、ブルーが静かに答えた。
「逃げられた。ホウセキャノンの威力が足りなくて仕留めきれなかった」
そう聞いて、グリーンの頭は更に低くなった。
戦いの後も、ホウセキVの仕事は残っている。倒れたバスの中から人々を救い出し、怪我人にはヒーリングを装着したマゼンタが治癒の光を浴びせた。
「これ、自然治癒力を高めて怪我の治りを速める効果がありますの。これだけで完治はしませんので、ちゃんと治療を受けて頂かないといけませんわよ」
レッドがマゼンタの能力を説明されたのは、これが初めてだった。
やがて救急隊が到着すると、彼らは怪我人を引き渡してこの場を後にし、人気の少ない路地裏で変身を解いた。
十縷、和都、伊禰は私服、時雨は仕立ての良い黒のスーツ、光里は陸上の競技着の上に深緑のジャージという具合に統一感の無い服装の集団が、ゾロゾロと十縷のサイドカーが待つパーキングメーターへと向かう。
その道中、ふと和都が言った。
「神明、優勝おめでとう。つまりお前、決勝が終わった後でニクシムが出たって知らされたんだよな? それで良いか?」
その時、和都はスマホで全日本実業団陸上大会の結果を確認していた。問われた光里は堪らず息が詰まり、顔が青ざめる。
「あの……。ニクシムのことは、試合の直前に聞きました。でも、もうすぐ試合だったから、走ってから現場に行こうと思った感じです……」
光里は後ろの和都を見ず、震えた声でそう言った。彼女の言葉を聞いた時、和都の顔が明確に引き攣った。不穏な空気に、十縷と伊禰は眉間に皺を寄せる。時雨は余り反応しない。
そんな中、和都は後ろから光里の腕を掴み、その足を止めさせた。光里は怯えているのか、和都を見ないまま表情を硬くする。十縷と伊禰は息を呑み、時雨は無表情で和都と光里を見据える。
そして、和都は眼鏡の奥の目を赤くしていた。
「到着が一秒遅れれば、死傷者が一人増える。そういうレベルの話だって、解ってない筈ないよな? それなのに、試合の方を優先したのか?」
和都は小さな音量の刺々しい口調で、光里に問う。光里は俯いたまま、囁くような声で「ごめんなさい」と返した。
しかしこれで許してくれる程、和都は甘くなかった。
「お前が居なかったから、ホウセキャノンの威力が足りずにゾウオを仕留められなかったんだぞ! あのゾウオ、また暴れ回るぞ! お前が試合を優先したせいで、犠牲者が増えるんだぞ! 姫みたいな辛い思いを誰にもさせたくないんじゃねえのか!? あれが口先だけだったなら、この任務降りろ!」
俯いた光里に、和都の言葉が滝のように叩きつけられる。内容は正論なので、光里の頭は更に低くなる。何も言い返せなかった。
(間違ったことは言ってないけど……。これはキツいわ)
怒号を上げる和都と、それを受ける光里。この二人に、十縷は心配そうな眼差しを向ける。光里が可哀想だが、和都の発言は正論だ。だから、なかなか口を出せなかった。
しかし、この人は違った。
「そんな言い草、ありませんわよね!」
伊禰だが珍しくも一帯に響き渡る程の声量で声を荒げ、和都と光里の間に割って入った。伊禰は鋭い目で和都を見上げた。
(祐徳先生でも怒るの? 何? 今から喧嘩でも始まるの?)
一色触発の雰囲気に、十縷は慄く。そんな中、伊禰は語った。
「到着が一秒遅れたら、犠牲者が一人増えるとのお話、ご尤もです。しかし光里ちゃんの選択は、いろいろな事情を加味した上での苦渋の決断だった筈だと、察しがつきますわよね? それなのに、この子を責めて過度に苦しめるのは、おやめください」
先の咆哮とは異なり、伊禰の口調は諭すようなものに変わった。一語一語が確実に聞き取れ、伊禰の考えは充分に伝わった。
和都は少し大人しくなって何度か頷いたが、どうしても受け入れられない点もあったようだ。
「姐さんらしいですね。でも、そうやって何でも受け入れて何でも許してたら、締まりが無くなって弛みますよ。下を無闇に甘やかさないでください」
突き刺すように和都は言った。この言葉を受けて、伊禰の頬が僅かに釣り上がる。
十縷は本気で恐怖を覚えた。
(ちょっと勘弁してよ! この二人、相性悪過ぎって言うか、正反対過ぎなんだって……。もうちょっと平和的に解決しようよ!)
十縷は心の中でこの状況を嘆いた。彼にはこの二人を仲裁できないからだ。
しかし、それができる人は居た。
「そろそろ止めろ。これ以上は不毛な言い争いだ」
それまで黙っていた時雨が、ようやく動いた。
彼は和都と伊禰の間に入り、二人を交互に見ながら囁くように言った。切れ長の目で見られた和都と伊禰は自ずと一歩下がり、それから時雨は言い聞かせた。
「俺たちのやるべき事は、次に念力ゾウオが出た時の対応を考える事だ。お前らの話は明らかに逸れてる。まずは頭を冷やせ」
時雨に諫められ、伊禰と和都は互いに小声で取り乱したことを詫びた。
それから時雨は、俯いた光里の背中を軽く叩いた。
「お前が栄誉や愉悦の為に人命を後回しにしたとは、誰も思っていない。だが、現着が遅れたことは反省しろ」
時雨は至って優しく諭した。光里は俯いたままその言葉に耳を傾け、涙が溢れそうな声で「はい」と答えた。
(さすが隊長! 見事に場を治めたよ!!)
時雨のお手並みに、十縷は心の中で喝采を送った。
しかし、周囲をよく見てみると依然として雰囲気は悪い。光里は勿論、和都と伊禰も落ち込んでいるのか、肩を落として重い空気を漂わせていた。
おそらく、時雨でもこの雰囲気は変えられないだろう。
(で、このムードはどうする? 何とか変えたいけど……)
十縷がそう思っていたら、この場にまた別の人物が顔を出した。
「喧嘩は治まったかしら? そんなトコで突っ立ってないで、帰るわよ」
その人物とは、副社長の社林千秋だった。彼女の顔を見た一同は、自ずと姿勢が改まった。
次回へ続く!
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