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理系女と文系男/最終話;新たな夢へ

新型ウイルスの感染症が蔓延し始めた年の3月、ケイから電話があった。
2月29日に入籍したと。お相手は、会社の関係者の娘さんらしい。
【西野まりか】になりたいという私の夢は、これで潰えた。

その後、新型ウイルスの感染症は蔓延し続けて、やがて外出が制限されるようになった。
だけど9月に結婚式を開催すると、ケイから手紙が郵送されてきた。

(大丈夫かな? その頃には、状況が変わってると良いけど…)

私はそれが不安だった。

ところで私は、学校教材の校正の仕事に加えて、家庭教師の仕事もやる予定になっていた。
辞めた塾の学生さんから、ご要望があったからだ。これに関しても、新型ウイルスの感染症が足枷になっていた。

この時期は、いろいろと厄介だった。


やがて、外出が少しは認められるようになり、私は家庭教師業を始められるようになった。
8月の頭にまた感染症の患者が増えたけど、2週間で減ってくれた。お蔭で、ケイの結婚式はお流れにならなかった。

そして当日の朝、私は5:40頃に起きて、母に手伝ってもらって着物を着た。緑色の地に、紅梅が描かれた着物、大学二年生の2月に開かれた、成人式代わりの同窓会に着て行ったものだ。

この年から外出にはマスク着用が必須になったので、化粧は目許くらいしかしなかった。

だけど久しぶりに、眼鏡ではなくコンタクトにした。

頼んでもいないのに父が買い与えた革製のハンドバックだが、今回は出番が無かった。
塾講師時代から通勤で使っている、大きな鞄を持っていくことにした。
マイメロはこの鞄の持ち手が定位置になっていて、今回も動かす必要が無かった。

(久々の外出だね。今日も頼むよ)

私はマイメロに声を掛けてから、8:00頃に家を出た。
因みに式は16:00からだ。随分と早いのは、この日はまず家庭教師の仕事があったからだ。

そう言えば、大学二年生の2月にあった同窓会でも、いきなり会場へは行かず、まずはケイのお祖母さんの家に寄ったっけ…。今回も着物を着て、誰かの家に寄ってから会場に行くという点では同じだった。

午前中に指導したのは、今年二浪目になった女子。
私が着物姿で眼鏡が無かったので、生徒本人も親御さんもビックリしていた。一応、事前に話してはあったけど、それでもこの恰好はインパクト大だったのだろう。

生徒本人に「めっちゃ緊張するんだけど」とか言われながら、母性因子の遺伝に関する問題を解説した。

家庭教師は午前中のこの一件だけだった。

この後、お家の近くのマックで適当に昼食を摂って、いざ式場へ向かった。


結婚式の会場は、家庭教師からの帰路の途中にあった。

かなり名の知れたホテルで、有名なプロ野球選手もここで式を挙げたことを、私は前日に知った。

大学二年生の2月の同窓会には、ケイと一緒に行った。だけど、今回は一人だ。

ホテルのロビーに入ると、高級感に圧倒された。広いし、絨毯の模様は手が込んでるし、高さ1 mくらいのオブジェがところどころに置いてあるし…。

(やっぱ西野家は格が違うわ…。私じゃ相手にならなかったね…)

20代半ばのカップルが、こんなホテルで式を挙げるとは…。
私は家の財力の差を痛感しつつ、会場となる二階を目指した。

階段で上がったけど、金色の装飾が施されて凝った形状をした手すりが、いちいち高級感を見せつけていた。

会場となる部屋の前に特設の受付的なものがあってまずはここで名前を書き、祝い金を包んだ封筒を差し出した。


ところで現在、14:00台だ。式まで時間がある。
ロビーのソファーを見ていたら、スーツ姿のシュー君を発見した。ここで私は彼と合流した。

「おおっ! まりか、着物だ…。前にケイ君から写真が送られてきたけど、生で見ると違うな…」

私の着物姿を見て、シュー君は感嘆していた。
私は「可愛いやろ」とか言いながら、見せつけるように左手を広げた。右手はマイメロを備えた大きな鞄を持っているから、動かせなかった。

「一階にクロークあるよ。鞄、預けて来たら?」

教科書と辞書の入った大きな鞄を見てシュー君がそう言ったけど、私は首を横に振った。

「この子と一緒に出席したいから。外したら失くしそうだから、このままでいい」

シュー君は「そうか」と小声で返すした。
意味が解らなかったんだろうけど、いちいち説明する気は無かった。

このマイメロと一緒に出たい。特にケイの晴れ舞台なのだから。私が一人で、納得できればいい。

それはさておき、私はシュー君と対面する形でソファーに座った。
そして、時間潰しがてら世間話をした。

どうやらシュー君は12:00からこのホテルにいるらしい。
そして話の中で会場の座席表を見ることになったけど、それを見て私はビックリした。

「ちょっと待って! 主賓席じゃん! 端っこじゃないの!?」

私などの文筆部メンバーの名前が書かれた席は、最前列の中央に配置されていた。
どういうこと?

もっと注視してみると、参加者は意外に【新郎友人】と【新婦友人】が主だった。

「てっきり会社の人たちがメインだと思ってたから、私は隅っこでおとなしくしてればいいと思ってたんだけど…」

驚愕がてら呟く私に、シュー君は自分の推測を述べた。

「会社の人が居ないのは、新型ウイルスの感染症の影響じゃない? あと、最初にカブト先生が喋るみたいだから。その都合で、俺たちもまとめてここなんだと思うよ」

そういうことなのだろうけど、意外過ぎて私は暫く思考が停止気味になっていた。


もう暫くしたら、カブト先生も姿を見せた。先生は私とシュー君を見かけるとこっちに寄って来て、シュー君の横に座った。

「いやいや、めでたいよ。俺より先に結婚するとは。行き遅れ、まっしぐらだな!“ 俺より生徒の方が先に結婚するんだぜ ” って今の生徒に言ったら、黙られちまってさ!」

そりゃ、反応に困るでしょう…。とは言わなかった。
ここからカブト先生は、かなり喋った。

「それにしても、まりかは綺麗だなぁ。こんな女を逃したとは、西野は損したぞ。やっぱり家のことがあったからなぁ…」

カブト先生は躊躇もせず、あんまり触れて欲しくない内容に触れてきた。私ももう子どもではないから、いちいち怒らない。

「損はしてないと思いますよ。結婚する人、良い人だって言ってましたし」

この時、シュー君は少し心配そうに私を見たけど、カブト先生の方は特に表情を変えてなかった。
ところでカブト先生は、この流れで気になることを言った。

「あいつ、まりかが自分を好きなのか確信が持てないとか言っててな。“ 彼氏ができたら言えよ ” って言ったけど、まりかが " ケイが私の彼氏じゃないの? " って言わなかったから、余計にわからなくなったって…。気を遣ってるのに、なんか上手く立ち回れない奴だよな」

正直、あんまり知りたくない情報だった。

(ケイも“ 好き ”って言ってもらうの待ってたの? 二人とも? アホじゃん、私たち…)

どうやらケイは私を試していたらしい。だけど私が無回答だったから、困っていたと。

もっと直接的な言葉を使えば良かったのに…。まあ、私が言えた立場じゃないけど。
私が惚れた男は、本当に不器用だった。


暫くすると会場のドアが開かれて、私たちは中に入った。
私は指定の席に着いた後、マイメロを付けている鞄を足元に置いた。

新郎・新婦に最も近い私たちの席は、3 m級のウエディングケーキにも一番近かった。シュー君がこれを本物のケーキと思っていたことには、少し笑った。

ところでタケ君が居ないけど、彼は今日、資格試験を受けていた。試験が終わったら、式に途中参加する予定にしていた。遅れてでも出席するという選択に、私はちょっとした絆を感じた。


暫くすると司会の人が現れた。アナウンスの後、BGMと割れんばかりの拍手と共に新郎・新婦が入場してきた。

最初は和装だった。
黒い紋付袴を着たケイの隣を、白無垢を着て角隠しを被った女性が歩いていた。ケイよりも、彼女の方を注視した。

(あの人か。ケイに選ばれたのは…)

ケイが電話で話した通り、顔は私の方が可愛いかった。
なんて言うと、凄く負け惜しみ臭くて惨めさが倍増する。
どうしても劣等感を覚えてしまった。

二人は私たちの横を通過して、新郎・新婦の席に座った。

最初の出し物として、カブト先生のお話があった。
カブト先生はいろいろ話したけど、特にこの部分が印象深かった。

「先日、ケイ君は僕に言ったんです。“ 先生。俺、先生の葬式に必ず行きますから ”って。いや、俺そんな歳じゃないよ? と思いますけど、“ ずっと交友関係でいたい ”とは言えない、照れ屋なんです。でも、仲間と思った人を本当に大切にする奴です。ですからチハルさん。ケイ君は“ 好きだ ”とか“ 愛してる ”とか、ケイ君は言わないと思います。ですけど、絶対に思ってますから。汲み取ってやってください」

的確だった。私にもそうだったから。
だけど「アイドルで通用する」とか「お前の顔ならずっと見てたい」とかは言ったよね。
未だに私はケイが解らない。
だけど、仲間思いの優しい人であることは事実。
いい演説だった。

カブト先生の後、代わる代わる新郎・新婦の関係者が出て来て、同じように喋った。
新型ウイルスの感染症の影響で来れなかった人からのビデオメッセージも、幾らか紹介された。

ビデオメッセージの為に部屋が暗転した隙に、タケ君が入ってきた。

入れ替わるように、お色直しの為にケイとチハルさんは退場した。


ケイはモーニング、チハルさんはウェディングドレスに着替えて、再登場した。二人はこの姿で、各テーブルにキャンドルサービスをして回る。

勿論、私たちの所にも来た。チハルさんは私とマイメロの真横に立った。私は彼女を、まじまじと見つめてしまった。

その後、また先と同じ場所に二人は座った。

ウェディングドレス姿のチハルさんを見て、私は思った。

(私もその服を着て、そこに座りたかったよ)


その後もいろいろ企画があった。終わり際に、ケイとチハルさんの写真がスライドショーでスクリーンに映し出された。

幼少期から小学生を経て、中高生から大学生…。そして二人は出会って、みたいな流れだったけど…。その中で想像を絶する写真が出てきた。

(ちょっと! 何、考えてんの!? チハルさんに失礼じゃないの!?)

そう私に思わせた写真は、高校の修学旅行の写真。
フェリーの展望デッキで、夕焼け空を背景に私とケイが並んでいる写真だ。

改めて見ると、風が強かったから微妙な表情をしていた。ついでに私はジャージ姿。
空は綺麗だけど、人間の方はお粗末。

そんな写真を見たら、今までのことが脳裏に甦ってきた。


「走ってない、早歩きだ」とか先生に口答えしてた奴と、私は仲良くなった。
そいつが作った部活に、数合わせみたいな形で入ったけど、どっぷり漬かった。
私は何度か変な人に出くわしたけど、その度に直接助けてもらったり、後で慰めてもらったり、とにかく支えられた。
気付いたら、そいつを好きになっていた。
そいつも私が好きだったらしい。
だけど互いに一度も言わなかった。
「好き」だとだけは。


私は不覚にも泣いてしまった。
メイクが流れて濁流になって、マスクにまで被害が及ぶ大災害だった。
土石流のように涙を流したのに、声は押し殺すことができた。

(頼む、私に力をくれ。せめて声だけは上げないように…!)

私は足元に置いた鞄のマイメロに目をやって、そう念じた。
不思議なものだ。この子を見ると、凄くきが落ち着く。
だから泣き出しても、声だけは上げずに済んだ。

(本当に、私はケイが好きだった。チハルさん、貴方は本当に幸せだよ)

こんな言葉が頭に浮かんだのも、マイメロの力だったと私は信じている。


あっと言う間に時間は過ぎて、式は終わった。来場者が退場する前に、ケイが全体に演説した。

「この度は、感染症の蔓延する中、こうしてお集まり頂き、誠にありがとうございます。式の準備を進める中、自分が多くの方に愛され、支えられてることを実感致しました。皆様、本当に本日はありがとうございます」

また会場は割れんばかりの拍手に包まれた。

その後、他の来場者と共に、私たちも退場する。必然的に、私たちは最後だった。

出口付近に、新郎・新婦のご家族様方が待ち受けていて、来場者に挨拶をしていた。
私もケイのご両親やお祖母さんに挨拶した。

最後、ケイからお土産を受け取った。その時に、ケイは失笑した。

「まりか、何だよ。酷ぇ顔だな」

濁流で凄いことになった目許とマスクは、まあまあインパクトがあったんだろう。

「そんでも可愛いだろ?」

もう泣き止んでいた私は、ほくそ笑んでそう返した。ケイは笑いながら頷いた。
こんなやり取りをしていたら、チハルさんが気を利かせてくれた。

「ねえ、ケイさん。良かったら、まりかさんと写真撮らない?」

さすがに2ショットは…。
私は断ろうとしたけど、シュー君やタケ君が「撮れよ」と囃してきた。

そんな流れで、私はあろうことか新郎との2ショット写真を、新婦に撮らせることとなった。

鞄を預かろうかとタケ君が言ってきたが、それは断った。

「ううん。この子も一緒に映らないと駄目だから」

鞄ではなく、大事なのはマイメロだ。この子が映るように、私は鞄の向きを変えた。

そして新婦のチハルさんの手で、私とケイ、そしてマイメロの3ショット写真が撮影された。

これがこの日、最大の思い出となった。


それから三年半が経とうとしている。
ケイとチハルさんは、子どもを一人授かった。

対して私は、今のところ結婚していない。
と言うか、する気が全く無い。
新たな夢が見つかったからだ。

「ケイの子が大きくなったら、私が家庭教師として教えに行く」

今はその日が楽しみで仕方ない。

私たちは確実に、次のステップへと歩みを進めていた。

新たな夢へと…。


*最後までご愛読、ありがとうございました!


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