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社員戦隊ホウセキ V/第22話;三体の巨獣

前回


 十縷たちが昼休憩を満喫していた頃、遥か彼方の星では、ニクシムが地球を攻略するべく次の作戦を展開しようと動いていた。
    舞台はいつもの小惑星ではない。同じ恒星系に属するもっと大きな惑星。その名は【グラッシャ】。今回、マダム・モンスターはこの星を訪れていた。この行動の理由は、ザイガの助言を受けてのことだ。

「イマージュエルを宝世機に変えるには、相当の想造力を要します。赤の戦士以外は、まだその域に達していないでしょう。叩くなら今のうちかと」

  

 そして、マダムは思った。

(巨大な相手をぶつければ、今の奴らでは対抗できない。なら、この者たちだ!)

 そして訪れたのがこの星。かつてニクシムが進攻し、支配者を駆除した星だ。
    この星には多くの岩山が並び、その山肌には蛍光色の粘菌の様な生物が貼り付き、サイケデリックな景色を作り上げている。山間を縫って、幅の広い川も流れていた。

    その景色を見つめるマダムに、ふと呼び掛けてきた者が居た。

「これはこれはマダム・モンスター。お待ちしておりました」

 それは一人の男性。外観は白髪頭の日本人としか思えない。服装は十六世紀の西洋の農夫に似ていて、背には蛍光色の粘菌を詰めた籠を背負っていた。
    彼より豪華な服を着ているマダムは彼らの方を振り返り、静かに問う。

「ジュエランドから保護した生き物たちはどうだ? 育っておるか?」

 問われた彼は、胸を張ってこれに答える。

「勿論。やはりグラッシャの環境は適しているようで、非常に大きく育っております」

 そう言った次の瞬間、マダムの後方で山肌が崩壊した。するとその中から、男性の言葉を肯定するように巨大な生物が咆哮を上げながら姿を見せた。

    刺々しい表皮に覆われた、二足歩行の巨大な褐色の亀。体高は人間より遥かに高い。山の上からこの生物を見下ろし、マダムは満足そうに頷いた。

    するとそれに続いて、別の生物も姿を見せる。山間に流れる川の水面を割って、二体の生物が飛び出した。
    一方は、薔薇色の鍵爪を四肢に備えた灰色の蛙。他方は、鋭い歯をトラバサミのように並べた、真っ青な背鰭が帆の様な細長い体の黒い魚。
   どちらも、亀型の生物と同等の巨体を誇っていた。

    これらの巨大生物を見たマダムは、感慨深そうに涙ぐんだ。しかし、感傷に浸るのは一瞬。すぐに表情を引き締め、男に伝えた。

「この者たちを地球に送ろうと思っておる。かつてのこの者たちと同じように、地球で虐げられているものたちを救う為に」

 すると男は、誇らしげに返答した。

「そうですか。弱き者たちを救える日が来るとは、この者たちもマダム・モンスターと出会えて幸せな限りでしょう。この者たちがマダム・モンスターのお役に立つ日が来るとは、私共もこの星でこの者たちを育てた甲斐があったというものです」

 彼はこれらの生物の出動に大賛成とのことだ。

    マダム・モンスターは大きく頷くとティアラを外し、前方に翳した。するとティアラに備わったアメジストのような宝石から、紫の光線が一直線に放たれる。
    光線は巨大生物の背景に当たると、そこから蜘蛛の巣状の皹を景色に広げていく。そして、景色はガラスのように砕け散り、七色の光が渦巻く穴を開けた。

「行け! カムゾン、ヅメガ、ギルバス! 巨獣となった其方たちの力で、地球で虐げられる者たちを救うのだ!」

 三種類の【巨獣】に、マダムは高らかと呼び掛けた。巨獣たちはその声に応えるように咆哮を上げ、次々と穴の中に飛び込んでいく。三体とも穴を潜ると、穴は自ずと塞がった。

「マダム・モンスター。我々はニクシムを応援しております。我々を支配から救ってくださったように、他の星で苦しんでいる者たちもどうか救ってください」

 巨獣が出撃した後、男はマダムに跪きながらそう言った。

「勿論。其方たちのスカルプタ、グラッシャ、ジュエランドと同じように、地球も必ず救う。其方たちの応援がある限り、めかけたちは負けぬ」

 男の声に応えて、マダムは力強く宣言した。


 一方の地球では、十縷たちはまったりとした昼休憩を終え、午後の訓練に入ろうとしていた。
    ここからは戦闘スーツを纏っての実戦形式の訓練の予定で、四時までには切り上げる予定とのこと。

    訓練再開とのことでリヨモもこの場を去ろうとしていた、その時だった。五人の腕時計がホウセキブレスの正体を現し、愛作の声を伝えてきた。

『お前ら、今は訓練中か? 今、神社のイマージュエルに反応があったんだが、一瞬で消えたんだ。何だかよく解からないが、ニクシムの可能性はある。姫がいらっしゃるなら、現地の様子を見せて貰って欲しい』

 何やら、変わったことが起きたらしい。それを伝えると、愛作は通信を切った。この通報に十縷が首を傾げたのは勿論、時雨たち四人やリヨモも同様の反応だった。

「社長のイマージュエルが反応したが、すぐに反応が消えた? どういうことだ?」

「ダークネストーンの力を使って地球に何かを送ったけれど、送ったものは憎心力やダークネストーンの力を持たないものだった? という辺りでしょうか?」

 時雨が唸り、伊禰がそれなりの推論を述べる。光里と和都は伊禰の話が理解できるらしく頷いていたが、十縷には全く解らない話だ。
    そんなやり取りをしている間にリヨモはティアラを外し、五人に現地の様子を見せる準備を整えていた。

「愛作さんのイマージュエルの記憶を辿ったところ、ダークネストーンの力に反応した場所が特定できました。今、場所の様子を映します」

 リヨモが何をしたのか、十縷は本当に解らなかった。それでも事は進み、地に置かれたティアラが空中に映像を投影する。ニクシムが現れた現地の映像を。ところでその映像、彼らが予想していた物とは随分と違った。

(何、これ……。大き過ぎるんだけど……)

 リヨモも含む六人の声が略一致した。

    ティアラが投影した映像は、商業港を襲撃する三体の巨大生物。
    二足歩行をする褐色の刺々しい亀が港に積まれたコンテナを蹴散らし、薔薇色の鍵爪を持つ灰色の蛙が倉庫群の間を跳ね回り、黒い体に真っ青な背鰭を備えた細長い魚が大きな輸送船を襲い……。
    怪獣と呼びたくなる程の巨躯を持つ生物が三体、破壊活動を展開していたのだ。

「カムゾン、ヅメガ、ギルバス……。おかしいです。こんなに大きい筈が……」

 リヨモは鉄を叩くような音を連発して鳴らしながら、その生物の名を口にした。彼女はこれらの生物の基礎情報を持っているようなので、時雨たちはすぐこれらが何なのかを質問した。

    リヨモの話だと、亀は【カムゾン】、蛙は【ヅメガ】、魚は【ギルバス】という名前で、全てジュエランドの生物らしい。これらは【タマノエ】というジュエランドの植物を食べてしまうので、ジュエランドでは害獣として駆除される対象だったらしいが……。

「大きさは皆、これくらいでした。この大きさ、明らかにおかしいです」

 鉄を叩く音が止まらないリヨモは、カムゾンたちの大きさを両掌の幅で示した。その長さはリヨモの胴の幅と同等で、30cm程度か。本来は小動物だったらしい。その話を聞いて、時雨たちは驚きつつも頷いていた。

「ジュエランドの害獣がニクシムの手で巨大化させられたんだな。そんなことまでできるなんて、改めて怖い連中だな……」

 これを声にしたのは和都だけだったが、全員が同じことを考えていた。その次に、彼らの思考はここに至る。

「どう挑みます? と言うか、私たちに何とかできる相手でしょうか?」

 そう言いながら時雨の顔を見上げた伊禰は、確実に悩んでいた。指南を仰がれた時雨も同じだ。腕組みをして唸るが、すぐに対応策は浮かばない。和都と光里も同じだ。
    しかし、彼だけは違った。

「いやいや。どんな時でも、十縷じゅうるの望みに縋れます! デカい奴にはデカい奴を。大きさなら、こっちだって負けてませんよ!」

 十縷である。彼だけは元気で、調子良くそう言い放った。時雨と和都とリヨモは彼の思考が読めずに首を傾げていたが、光里と伊禰には読めていたようだ。

「ピジョンブラッド……宝世機で対抗するってこと?」

 光里は怖々と、確認するように訊ねた。問われた十縷は対照的に、自信満々で「その通り!」と胸を張った。しかし、賛同者は少なかった。

「そう仰るだろうと思いましたが……。お一人で立ち向かわれることになるので、お勧めできません。危険過ぎます」

 まず伊禰が反対した。そして、時雨もこれに続く。

「全くその通りだ。こっちはピジョンブラッド一機だが、向こうは三匹。明らかに不利だ。国防隊にも協力を要請しなければならない事例かもしれない。となると、司令である社長の判断を仰ぐ必要がある。まずは社長の指示を待つべきだ」

 時雨の言っていることは筋が通っていた。しかし、十縷にはそんな筋よりも優先するべきと思っていることがあった。

「僕らが指示を待っても、奴らは待ちませんよ! その間に、救える人も救えなくなって、十縷じゅうるの望みが一縷いちるかそれより少なくなっちゃう。僕は行きますよ!」

 宝世機での対抗を提案した時点で、十縷の心は決まっていた。だから、何を言われてもそれを変更する気は無かった。
    彼は時雨や伊禰の意見を突っ撥ねると、次の瞬間には腕時計をホウセキブレスの姿に戻し、「ホウセキチェンジ!」と叫んでいた。

    時雨たちが響動く中、彼はレッドへの変身を遂げ、更には左手を高々と点に伸ばす。

「来い、ピジョンブラッド! 怪獣が出た港に急行だ!」

 レッドが叫ぶと空に蜘蛛の巣状の皹が入り、その皹を突き破って赤のイマージュエルが出現した。空を隠すように頭上に浮かんだ赤い直方体を、時雨たちは呆気に取られた様子で見上げる。そんな彼らを他所に、赤のイマージュエルは木漏れ日のような光を発し、レッドを照らす。するとレッドの体は宙に浮き、どんどん高度を上げていった。

「宝世機は一機じゃありません。望みは一縷じゃないですよ! 皆さんの応援、待ってますから!」

 舞い上がる過程でレッドは地上を振り返り、仲間たちにそう言った。言い終わったところで彼はイマージュエルまで達し、そのまま中に吸い込まれていった。
    レッドを中に取り込むと赤のイマージュエルは再び勢いよく動き、空に体当たりをした。また空には皹が入り、イマージュエルはそれを突き破ってその向こうへと姿を消した。

    十縷=レッドの強行を制止できなかった時雨たちは、呆然と立ち尽くしていた。

「宝暦八年四月四日、午後一時六分。レッド、独断でイマージュエルを召喚して出撃」

 伊禰は腕時計に目を落とし、現状を言葉にして言い聞かせた。時雨と光里は溜息を吐き、リヨモは耳鳴りのような音を流し始める。和都は「馬鹿が」と言いながら、地を踏みつけた。

「今から社長に現状を報告する。俺たちは、社長の指示を仰ぐぞ」

 時雨は苦々しく言うと、眉間に皺を寄せたままホウセキブレスに話し掛け始めた。十縷が勝手に出撃した旨を、愛作に伝えるために。


次回へ続く!

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