社員戦隊ホウセキ V/第21話;いろいろ初耳
前回
四月四日の日曜日、十縷は朝の八時から寿得神社にて社員戦隊の訓練に臨んでいた。
十縷は大学四年間でほぼ運動の習慣が無かったのでかなり疲弊するかと思われたが、意外にそうでもなかった。
訓練に打ち込んでいる間、一同は半ば時間を忘れかけていたが、ふとリヨモがこの場に現れると休憩時間になった。
「皆様、正午です。休憩に致しましょう」
現れたリヨモは昨日と同じく、トルコ石の彫像のような顔をサングラスとターバンで隠し、月光仮面のようになっていたが、一同に声を掛けたらすぐにサングラスとターバンを脱いだ。
リヨモが現れると時雨たち四人は手を止め、彼女の下に集まった。十縷もそれに続く。リヨモは旅行バッグのような大きな鞄を持っていて、その中から弁当箱とペットボトルをそれぞれ五つずつ取り出し、一人ずつ配り始めた。
「ワタクシが愛作さんのご両親様に習って、作った料理です。お口に合うか判りませんが、ワタクシからの気持ちなので、どうかお受け取りください」
十縷は訓練に初参加なので、リヨモはこれの意味を説明した。反射的に礼を言った十縷だが、異星人が台所で弁当を作っている光景を想像すると、シュールで面白かった。
そんな十縷の表情がリヨモの料理を疑っていると思ったのか、光里はこう言った。
「リヨモちゃんはお料理上手だって、食べれば解りますよ。リヨモちゃん、今日も迷惑しちゃね」
前半は十縷に向けて、後半はリヨモに向けた言葉だった。光里の言葉を受けて、リヨモは鈴のような音を鳴らす。一方、十縷は首を傾げた。
(迷惑しちゃね? 前も言ったけど、どうして迷惑なの?)
疑問を抱いたのは、自分に向けた言葉ではなく、リヨモに向けた言葉だった。
光里は一昨日のスケイリー戦でも、十縷に対して「迷惑掛けたね」と言った。今回も同様だ。一体、どういうつもりで言っているのか、いまいち解りかねる。十縷が悩んでいると伊禰がそれを察したのか、後ろからそっと教えてくれた。
「“ 迷惑しちゃね ” は、光里ちゃんの地元の方言ですわ。相手を労う場合に使う言葉です。標準語なら、“ ありがとう ” が近い言葉でしょうか」
伊禰の説明は的確で、十縷は容易に納得できた。それと同時に、光里の追っかけ的ファンだった十縷は思い出した。光里の出身地が島根県の離島であることを。
(そう言えば、生まれは島根県の多妻木島だっけ。隠岐と対馬の間にある。光里ちゃん、高校からこっちに来たんだよな)
一人で納得し、うんうんと頷く十縷。
光里は伊禰の説明が少し気に入らなかったらしく、「ありがとうより丁寧な言葉」と訂正を入れた。リヨモも便乗し、「とても美しい言葉」と続けていた。
そんな感じで、昼のひと時は始まった。光里はリヨモに寄り添い、和都は一人で、時雨は伊禰の隣で、それぞれリヨモの弁当を食べる。十縷は居場所に迷ったが、取り敢えず和都の隣を選んだ。
ところでリヨモは食事を摂らず、ただ光里の隣で喋っているだけだった。そのリヨモは、意外に【ジュールさん】こと十縷との昨日の会話を話題に出していて、そのため光里も「ジュエルメン、どうでしたか?」などと何度か十縷に話を振ってきた。
十縷にとってこれは好都合だった。光里と話せる……ではなく、この疑問を晴らせるからだった。
「あの、リヨモ姫。昨日、訊きそびれたことがあるんですけど……」
光里とリヨモの会話が途切れたところで、十縷は切り出した。ずっと鈴のような音を鳴らしているリヨモは、何の気なく受け答える。ここで十縷はこの疑問をぶつけた。
「スケイリーを連れて逃げた女の子、何者なのか解りますか? あの子、実は高校にウラームが出た時にも居て……。あの子、ニクシムなんですか?」
十縷の疑問は、ゲジョーのことだった。それを聞いた瞬間、リヨモからは鈴のような音が消え、代わりに湯の沸くような音が小さく響き始めた。
(気になって仕方ないから訊いちゃったけど、やっぱ訊くんじゃなかった…!)
リヨモ、と言うかジュエランド人は感情が音になるから、非常に解かりやすい。十縷はリヨモの音を聞いた瞬間、この質問をしたことを後悔した。
リヨモの反応を受けて、光里は勿論、時雨や伊禰、そして和都も食事の手を止めて、表情を硬くした。
しかしリヨモは律儀で、湯の沸くような音を立てつつも問に答えた。
「具体的に何者かは存じかねますが、おそらくはニクシムの一味で、【スカルプタ】の民か【グラッシャ】の民かと思われます」
ここからリヨモの話は、彼女が居た恒星系の話になった。
【グラッシャ】はジュエランドと同じ恒星系に属する惑星で、【スカルプタ】はグラッシャの衛星らしい。スカルプタとグラッシャには地球人と似た民が居るが、これらの祖先は移住してきた地球人とのことで、全てルーツは同じとのことだ。
ジュエランドはグラッシャとは余り交流が無かったが、スカルプタとは交流していたので、ジュエランドとスカルプタは外国どうしのような関係だったようだ。
そして、ニクシムの発起人は【マダム・モンスター】というスカルプタの民だとも説明した。
(昔の地球人って、ジュエランドと交流してただけじゃなくて、他所の星に進出までしてたんだ。はぁーっ!)
リヨモの話に壮大さを感じ、十縷は息を吐いた。
対して光里たちはある程度の予備知識があったようで、十縷ほどの反応は示さなかった。しかし、先輩である彼らにも初耳の内容はあったようだ。
「ニクシムを創ったマダム・モンスターはスカルプタ人で、スカルプタ人のルーツは地球人と同じなんだ」
光里は納得したように頷いていた。というのも彼女は一昨日、こんなことを言われていたからだ。
「だからスケイリーとかいう奴、私がマダムに似てるとか言ったんだ…」
光里はこの言葉を、“ 顔が似ている ” 程度の意味に捉え、何の感情も抱いていなかった。しかし、リヨモは別の意味に受け取ったらしい。湯の沸くような音を大きく立て始めた。
「出鱈目です。あんな暴力集団の長が光里ちゃんに似ているなど、絶対にあり得ません。あんな者の言葉、真に受けては駄目です」
例によって棒読みで、リヨモは淡々と言った。怒号でないその喋り方は意外に怖く、一同は震撼した。
「ですわねよ! 光里ちゃん、お優しいですから……。ニクシムの親玉に似てるなんて、有り得ませんわよね。ね、時雨君! ワット君にジュール君も!」
平静を装っているつもりで慌てている伊禰が、リヨモを宥めるべく呼び掛けた。男たちは「そうそう」とぎこちなく伊禰に続く。そして光里も事態を収拾させるべく動く。
「リヨモちゃん、怒らないで。変なこと言って……。ごめんね」
弁口箱を下に置き、光里は真剣に謝った。光里の真摯な対応で、リヨモは少し落ち着いた。
「すみません、皆様。少し取り乱してしまいました……」
かくしてリヨモから湯の沸くような音は聞こえなくなったが、先刻までの明るさは完全に消えた。彼女を中心に雰囲気は暗く沈み、この場は静寂に包まれた。
この状況に、十縷は罪悪感というか責任というか、そんな感覚を抱き始めた。
(これ、僕があの女の子の話題出したせい? ヤバ……どうするよ……?)
リヨモと光里は俯いて黙り、時雨と伊禰も気まずそうに俯いている。
この光景を創り出したのは自分か? と十縷が不安に思っていると、和都が助け舟を出してくれた。
「ところで熱田。お前、車の免許はMT? それともAT?」
和都は全然関係ない話題を、唐突に振ってきた。十縷は和都の方を向き、彼の表情を確認した。
(この話を膨らませて、この雰囲気を何とかしろ。そう言いたいんですね!)
出会って四日目なのに、何故か十縷は和都の視線に込められた気持ちが読み取れた。かくして、十縷はこの話題に便乗した。
「僕、バイクの免許しか持ってなくて。ある意味、MTですね」
十縷がそう返すと、和都は悔しそうに舌を打った。すると、ここで伊禰も便乗してきた。
「残念でしたわね、ワット君。運転要員、引き続き頑張ってください」
伊禰は悪戯っぽく笑いながら、そう言った。
彼女は十縷に、戦隊の移動に使っているキャンピングカーがMT車であることと、MTの免許を持っているのは時雨と和都だけあることを教えてくれた。
「因みに私はAT限定で、光里ちゃんは免許を取っていらっしゃらないのですわよ」
伊禰は次々に言葉を繰り出した。
お蔭で、この場の雰囲気はだいぶ和らいでいき、リヨモも湯の沸くような音を消し、再び鈴のような音を鳴らし始めた。
(助かった! 伊勢さん、祐徳先生ありがとうございます!)
十縷は心の中で礼を言った。
車の話は長続きしそうにはなかったが、この雰囲気を保つ為か、ふと光里が別の話題を出した。
「そう言えば熱田君、リヨモちゃんの誕生会とか知らないに決まってますよね?」
誕生会とは、楽しそうな気配しか感じられない話だ。当然、十縷はこれに食いつき、光里は笑みを浮かべつつ語った。
「リヨモちゃんの誕生日は十二月十二日なんです。社長が十八年前のその日に、ジュエランドの王様からお知らせを貰ったみたいで。だから去年、みんなで誕生会やったんですよ」
光里の話題提供を受け、他の者たちも当時を懐かしんで話を膨らませる。
「あの会、最高でしたわね! 特に社長の痛さが…」
「姐さん、その話はやめてあげましょう。可哀想です」
「いや、あれは社長が悪いと言わざるを得ない。俺でも笑ったからな…」
無口な時雨まで談笑に加わってきた。
十縷は去年の会を知らないので話題について行けないが、彼は一人で考えて愉しむのが得意なので、問題無かった。
(リヨモ姫は射手座で、誕生石はトルコ石なんだ。で、今は十七歳なのね。ところで社長、何をしたんだ?)
そんなことを考えていた十縷に、光里が言った。
「リヨモちゃんの誕生会、今年もやりますからね。今年は日曜日だし。熱田君も憶えておいてください。」
明るい表情で光里は言った。その表情は、光里がポスターやテレビなどを通じて世間に見せているものに限りなく近かった。
「今年も開いてくださるんですか?」
リヨモは鈴のような音に混ぜて、雨のような音も鳴らしていた。そんなリヨモに、光里はニンマリと笑いながら返す。
「当然でしょ。私、今から楽しみなんだから。あと八か月、早く経たないかなー」
かくして、この場は和やかな雰囲気に包まれた。リヨモが奏でる音の中、光里も伊禰も和都も時雨も、それぞれ程度の差はあるものの、平和で楽しそうな表情を見せていた。
十縷は思った。
(めっちゃ良い。この雰囲気、凄く良い)
何時間でもこの雰囲気に浸っていたい。十縷は本気でそう思っていた。そして、合わせてこんなことも思っていた。
(これで戦いとかが無かったら、最高なのにな…)
自分がこの場にいるのは、赤のイマージュエルに選ばれたから。
赤のイマージュエルが地球に来たのは、ジュエランドがニクシムの進攻を受けたから。
ニクシムがジュエランドや地球に進攻していなければ、自分は彼らと関わらなかったかもしれない。随分と皮肉な話だが、これが現実だった。
次回へ続く!
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