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社員戦隊ホウセキ V /第23話;巨獣 vs ピジョンブラッド

前回


 四月四日の日曜日、正午過ぎに三体の巨大な怪物が出現した。三体の巨獣は内なる怒りをぶつけるかのように、出現した港を荒らし続けている。

 その光景を、スマホで撮影する少女が居た。耳にアメジストのような宝石を備えたピアスを付け、首からはエメラルドのような宝石をあしらった金のペンダントを下げている、十代半ばくらいの少女。ゲジョーである。
 港から少し離れた場所にある小さな遊園地の観覧車に乗った彼女は、見渡す形で巨獣の活動を確認していた。
    なお今回の出立は、白と桜色の横縞の春物セーターと紺色のガウチョパンツという服装に、長い髪をそのまま下ろしたというものである。

(カムゾン、ヅメガ、ギルバスよ。巨獣となったお前たちは、もう弱い存在ではない。覇者に屈して、虐げられる側ではなくなった)

 暴れる巨獣たちを撮影しながらゲジョーは物思いに耽り、目を細めていた。

(お前たちも私も、ニクシムに救われた。そして、その恩を返す時が巡って来たのだ。願いは同じ。恩に報いる為に戦うのだ!)

 スマホを握る力を強めたゲジョー。その心の声には、並々ならぬ感情が込められていた。

 ゲジョーの乗る箱が観覧車の頂上に到達した時、いきなり空に皹が入った。彼女は全く動じず、冷静に「来たか」と呟いた。

 その次の瞬間には、皹を突き破って巨大な赤い宝石が空中に出現した。十縷 = レッドを乗せた赤のイマージュエルである。赤のイマージュエルは高度を下げながら眩い光を放ち、地上に降りた時には宝石でできた梯子車・宝世機のピジョンブラッドに姿を変えていた。
 ピジョンブラッドは倉庫群の真ん中に構え、ヅメガと対峙する。

「相手の方がデカいのか……。でも、ビビるもんか! やっつけるぞ!」

 レッドは気合を入れる。
 彼が居るのは、ピジョンブラッドの内部。壁も床も天井も一つのルビーでできているが、不思議とレッドには周辺の状況が把握できていた。また、座椅子が無く立たされている彼の正面には、赤い透明な石の半球を乗せた直方体の大理石の台がある。この石を通じて宝世機を操るのだと、根拠もなく理解できた。

「ブゥオォォォッ!!」

 よく通る野太い声を上げながらヅメガは高々と跳躍し、長い薔薇色の爪を振り翳しながら、ピジョンブラッドの上に跳びかかろうとしてきた。しかし、この攻撃は単純すぎる。レッドは車体左側に備わったピジョンブラッドの梯子を右へ大きく旋回させ、これで落ちてきたヅメガを殴打した。空中で方向を変えることはできないので、ヅメガは敢え無く梯子で殴られ、自分から見て左方向へと大きく吹っ飛ばされた。

「ガゴオォォォォッ!!」

 ヅメガが吹っ飛ばされると、「次は自分だ」と言わんばかりにカムゾンが吼え、猛然と向かってきた。しかしピジョンブラッドからは遠い沿岸に居た上に、堅牢な甲羅のため足が遅いので、すぐに襲い掛かることはできない。レッドは十分に迎撃する余裕があった。

「お前には放水だ!」

 叫んだレッドの意思は、台の上の石を通じてピジョンブラッドに伝わり、その動きに反映される。梯子は向かってくるカムゾンの方を向き、先端のノズルから水を噴出した。その勢いは水平に放たれる瀑布も同然で、機動力の劣るカムゾンはこれを正面から胴に受けるしかなかった。
 激流はカムゾンの甲羅に当たると水滴として周囲に飛び散り、七色の虹を描く。しかし、それ以上の効果は得られなかった。

(えっ? 効かないの?)

 レッドは少し焦った。彼は激流でカムゾンが仰向けに寝てくれることを期待したが、そこまでの効果は見込めなかった。カムゾンの突進は弱まったが止まることはなく、着実にピジョンブラッドに近づいていた。思った以上に相手は重く、怪力だった。
 ならばどう対応する? とレッドは考えたが、この時彼は忘れていた。自分が一対三の数的不利にあることを。

「キシャアアアアアッ!!」

 真上から奇声が聞こえてきた。咄嗟にレッドが上を向くと、トラバサミに形の似た大きな受口を開き、急降下してくるギルバスが見えた。

「魚のくせに、飛べるのか!?」

    レッドが驚いた次の瞬間、ギルバスはピジョンブラッドの梯子に噛みついていた。ギルバスは強引に梯子の向きを逸らし、放水攻撃からカムゾンを解放する。

「こいつ……! 振り落としてやる!!」

 ギルバスを振り落とす為、レッドはピジョンブラッドを急発進させようとしたが、できなかった。
    先に吹っ飛ばしたヅメガが迫って来て、その大きな口で車体の右脇に噛みついてきたからだ。これでピジョンブラッドは足を止められ、紫金石のタイヤが路面で無闇に回転するだけになる。
 ギルバスとヅメガがピジョンブラッドを拘束している間に、カムゾンも迫ってきて、その大きな足でピジョンブラッドの前部を踏みつける。何発も何発も。

(これって、タコ殴り状態!? まさか、大ピンチ!?)

 気付けばピジョンブラッドは、三方向から猛攻を受けていた。宝石の堅牢さで何とか耐えているものの、いつまで持つだろうか? レッドは危機感を抱き始めた。


 ゲジョーが撮影する三体の巨獣とピジョンブラッドの戦いの様子は、遥か遠くの小惑星に届けられる。小惑星の地下空洞、ニクシム神を祀る祭壇に設けられた銅鏡が、それを受け取っていた。一人でここに居るザイガが、鏡が映し出す戦況を静かに見守っている。
 暫くすると、マダムもこの場に姿を見せた。

「たった今、巨獣たちを地球に送り込んだが、調子はどうじゃ?」

 息を躍らせていたマダムはザイガを押し退けるように、鏡を覗き込む。そして、三体の巨獣がピジョンブラッドを追い詰めているのを確認し、高笑いした。

「大成功じゃな! ザイガよ、其方の申した通りじゃ。相手にニクシム神の力を弱める力があるなら、ニクシム神の力を使わない者をぶつければよい。巨獣たちはグラッシャの【サイケカビルン】で育っただけで、ニクシム神の影響は受けておらん。だから、奴の水は効かん。ニクシム神の力を使えずとも、あの巨体ならば戦力は充分。ふはははは!」

 嬉しさの余り、マダムは笑いながら成り行きを説明する。その高笑いに釣られて、ザイガも鈴が鳴るような音を立てる。

「このまま、巨獣たちが赤の宝世機を破壊してくれれば、勝利も同然です。宝世機は両刃の剣。イマージュエルそのもの故に強力だが、同時にイマージュエルを前線に担ぎ出し、壊されるリスクと隣り合わせ。交信するイマージュエルを失っては、どんなに想造力が強かろうと無意味。戦う力は引き出せぬ」

 マダムと同じく、ザイガも随分と説明的なのはさておき、ザイガは相手の戦力と味方の戦力を正確に把握し、的確に相手の弱点を突いていた。有能な参謀と言って過言ではないだろう。

「ここで最も強い赤のイマージュエルを壊せば、奴らの力は大きく削がれる。其方の心配しておった、赤の戦士が他の者に影響を与えて全体が強くなるという話も、無くなるという訳じゃ……。さあ、巨獣たちよ! 早く赤の宝世機を破壊するのだ!」

 マダムは興奮し、銅鏡に向かって叫んだ。その声に後押しされるかのように、巨獣たちはピジョンブラッドに牙を剥き続けた。


 ピジョンブラッドが窮地に追い込まれていた頃、時雨たち四人は現地へ向かうべく、キャンピングカーを走らせていた。

『そのデカい怪獣が出た港に、四人とも向かってくれ。逃げ遅れた人の避難、それからレッドの援護を頼む』

   

 レッドが独断で出撃したと知らされた愛作が、このような指示を出したからだ。

 指示に従って現地へ向かう最中、和都以外の三人はリヨモがブレスに送る映像を凝視する。三体の巨獣に取り囲まれ、叩きのめされるピジョンブラッドの映像を。ハンドルを握る和都も、時折助手席の時雨を見て映像を確認する。結果、車内の雰囲気は随分と重苦しいものになっていた。

『カムゾンたちは、おそらくニクシム神の力を受けていないと思われます。ですから、ピジョンブラッドの水で弱らないのでしょう』

 寿得神社の離れに移動したリヨモが、ブレス越しに自身の推測を伝える。耳鳴りのような音を響かせながら。同じく離れに到着した愛作もそれに続く。

『ピジョンブラッドの水はスケイリーの放った火を消して、スケイリー自身をも弱らせたが、それはスケイリーがニクシム神の力を受信して使っていたからか。ニクシム神の力に頼らない者には、同じ効果は見込めない。そういうことか』

 リヨモの説明を理解し、愛作は自分の言葉に直していた。理解できる話であり、かつ正解である。しかし、理解できたところで打開策には直結しない。

「ニクシム神の力を受けていないなら、ゾウオのような力は無いのだろうが……。しかし、あの大きさだ。ホウセキアタッカーの射撃が効くとは思えんし、ガンフィニッシュですらどの程度か?」

 時雨が呟く通り、あの巨躯に小さな自分たちの攻撃が通じるとは想像し難い。

「ホウセキャノンはどうだ…? 殺せなくても、怪我は負わせられるか?」

 時雨はいろいろな選択肢を模索するが、明答は見当たらない。それを示すかのように、彼は小さな唸り声を上げた。

「ここは国防隊に協力要請するのが無難ではありませんの? 国防隊の主な任務は災害救助ですが、一応外国の侵略行為を想定して武器も保有していますわよね? 今こそ、使う時だと思われますが?」

 伊禰が居室から、助手席の時雨にそう言った。この案は、レッドが独断で出撃する直前に時雨が少し言ったことなのだが…。
 何故か時雨は、今になったら口を噤んだ。眉間に皺を寄せつつ。

「対超常生物法では、ニクシムには国から委託を受けた民間企業が対応し、原則として国防隊や警察は対応しないとされていますけど、民間企業の力では対応しきれない場合、企業から国防隊に協力要請をすることは認められている筈ですわよね?」

 伊禰の中では、国防隊に協力を仰ぐという案でほぼ決まりのようだ。しかし、どういう訳か時雨は頷かず、顔を歪めて黙っている。
 時雨の顔は見えないが、何も答えない彼の背中に、伊禰は怪訝そうな視線を向けていた。

「国防隊は他の国の軍と違って、戦車や戦闘機を持ってませんからね。実質、銃を持ってるレスキュー隊だって、俺の連れの国防隊員も言ってます。下手したら、国防隊の方が俺たちより火力が弱いかもしれませんよ」

 黙っている時雨に代わるように、和都が現状を語った。それを聞いて、伊禰は僅かに歯軋りしつつ、首を左右に振った。

 ところで光里はこの会話に参加せず、ずっと下を向いて考え込んでいた。

(あの時、熱田君はどんな気持ちだったの? ここで活躍して目立ちたい? それとも、純粋にあの人たちを助けたかった? 何がイマージュエルの力を引き出させたの?)

 考えていたのは、スケイリー戦で十縷が赤のイマージュエルを宝世機に変えられた理由。それは彼の精神を源とする想造力が作用した結果だが、その想造力の根源となった感情や思考は何なのか? それを探ろうとしていた。自分も同様に、イマージュエルを宝世機に変える為に。
 しかし当時の十縷の感情など、考えて解るものではない。また解ったところで、自分に同じことができるという保証も無い。そんな悲観的な要素が浮かんで来る。そして、猛攻を受けるピジョンブラッドの映像も目に飛び込んでくる。
 すると、光里の目には自ずと涙がこみ上げてきた。

(教えてよ……! 貴方が死んだら、リヨモちゃんは今度こそ立ち直れなくなる。リヨモちゃんだけじゃない。貴方を止められなかった隊長、お姐さん、伊勢さん……。全員、一生後悔するんだよ……!)

 心の中で叫び続けた光里。答を求めていた彼女だが、実は気付かぬうちに答に辿り着いていた。そしてその答を、緑のイマージュエルは確実に送信していた。

(何? どういうこと!? 私にもできるの……!?)

 唐突に、光里の脳裏に緑のイマージュエルが浮かんできた。これはイマージュエルが自身に応えたものだと光里は直感的に理解できたが、初めは少し自信が無かった。
 しかしその自信は秒を追うごとに固くなっていき、光里にある行動を取らせるに至った。

「できるんだね……。だったら来て、ヒスイ!」

 光里はいきなり立ち上がり、左手を頭上に伸ばした。車の天井は高くないが、光里の背も高くないので、手はギリギリ天井に触らなかった。

 光里の行動は車内に居た全員を驚かせた。そしてその次の瞬間、彼らは更に驚かされるのだった。


次回へ続く!

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