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映画レビュー 松本人志監督作品『しんぼる』(2009年) ※ネタバレ

「しんぼる」(2009年公開)は、松本人志氏監督作品2作目ですが、2022現時点までの全4作品のうち、最も見やすい作りになっていると思います。
それは、冒頭から提示される世界観があまりに斬新なものであるために、中盤以降で観客を裏切るような展開は控えめになり、気疲れするような急激なストーリー展開は抑えられて、冒頭の斬新さのまま突っ切るような作りになっていると思うからです。

冒頭から物語の終わり間際までは、松本氏演じるパジャマ男のシークエンスと、メキシコのプロレスラー"エスカルゴマン"のシークエンスとが交互に描かれ続けますが、松本氏は本作公開より前に出版していた自著の中で、その草案と思しきものについて述べていたように記憶しています。それは「2つの全く別々の物語をひとつの作品にしたら絶対面白いはずだ」といった内容でした。私はこれを覚えていたため、本作を観た時はこの草案が具現化されたものなんだろうと認識しました。

2つの物語が別々に進んでいくという斬新な作劇は、斬新であるという点で私は好感が持てましたが、終盤に向けて、そこに接点が生じ始めラストを迎える展開以降には疑問が残りました。そもそもメインとなるメキシコのプロレスラーのエピソードは、なぜそれが作中でのメインを張っているのか、説得力がありません。その他にワンシーンだけで描かれるアメリカのロックバンドのシークエンス、ロシアのテレビ番組のシークエンス、中国の犬が集まったシークエンスなどと、作劇上にどういう優劣があるのかという事に必然性がなく、ランダムな作りになっています。ここにおいて何の必然性の説得力もないとなると、映画自体を構成する要素の何もかもに必然性がなくなる事になるため、映画自体を締めくくるに締めくくられない、作劇のカオスに陥ってしまう事になると思います。実際に見終わってそのように感じました。「なんでエスカルゴマンだったんだろう?」とモヤります。

この映画は、終盤で無数のサンプリング映像が流れ出し、それによってメキシコのエピソードも実はその中の一つに過ぎなかった事がわかる仕掛けになっています。そんな本作品の建てつけを批判する意見として「森羅万象を描写しているつもりのサンプル群が作り手のインテリジェンスの狭さを露わにしており陳腐だ」とよく言われているようです。しかしそのような批評は私が思うに、ある種のマッチポンプであると思います。よく考えるとこのシナリオの建てつけでは、例えどんなインテリジェンスのある者が監督をやっても、同じ批判を受けるだろう事が想像されるからです。私が思うに、松本氏は森羅万象のサンプリングを、必然性が欠落したランダム抽出としてシナリオに用いた事で、映画を締めくくるきっかけを失っているのだと感じました。であれば誰が監督してもそうなります。これはよく考えれば当たり前の事で、作劇技術として物語の必然性を捨てているのなら、その物語を終わらせられる筈がないわけです。つまりこのシナリオでは、無数のサンプリングを全て描き切るまで描き続けなければならないパラドックスに陥ります。

このため本作を長編劇場映画として通常の上映時間内で終わらせるためには、やはり何らかの必然性、「枠組み」を、物語構造として持たせなければならなかったというように思います。

ちなみに本作のラストシーンでは、主人公の背景にある壁に、世界地図の陸地が浮かび上がってきますが、それはつまり、何もない平面=カオス="海"から、有="陸"が出現する事を示唆しており、終わり間際に突如として「海は"無"で、陸は"有"という本作の世界観」が観客に提示されます。これは何の脈絡もない作劇ですし、海中にも森羅万象はある筈であって、なぜ"海中"は主人公パジャマ男の影響が及ばない範疇外という設定になるのか、観客の納得点には達し得ません。

これが本当に松本氏が自著で述べていた草案の帰結だと言えるのか?甚だ疑問です。この草案を昇華させようとする場合、その肝となるのは、別々のエピソードとして何を選ぶのかという事と、その接点の描き方にあると思います。本作のやり方はそこにおいての思慮が浅かったのではないかと思います。

ランダム過ぎて物語に収拾がつかなくなった本作について、何らかの枠組みを設定すべきだという対案をひとつ言うならば、全てのシークエンスを日本国内の出来事に限定するというやり方があったと思います。そうすれば無限大のカオスを日本列島だけに括る事ができるし、日本映画なのだからそれで不思議がる観客もいないでしょう。これで何とかオチを付ける事が出来るようになるかと思います。

本作のラストカットは、後は観客の想像にお任せしますと言わんばかりの、オチとも呼べない短絡的なものであり、作り手が物語に収拾を付けられなかった事がよく表れてしまっています。


この事についてラッパー宇多丸氏は「主人公が探していたコミック"ベースボール"の6巻が出てくる事にしたらよかった」という対案を言っていましたが、それはそれでいかがなものだろうかと思いますが。

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