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指導に悩んでるあなたへ

 人は、社会動物という動物界の中では珍しく奇怪な生き物だ。衣食住という生きていく上で、最低限のものでさえも他の動物と違い、1人のそれを成立するために大勢の人間が関与している。また、ある程度大人となり、経済的にも自立した状態でも、時々、親の元に帰り英気を養う。そのおかげで、人間は自然界の中で天敵が存在せず、文明を築き、地球の覇者として君臨し続けられている。
 しかし、そのためにも人は、仲間を集めて組織を編成し、そして同じ志を持った組織同士で集まって社会を構築しなくてはならない。さらに、その中における人間関係や上下関係に酷く悩まされる。
 例えば、中学・高校に上がれば、先輩と後輩の関係。大学に行けば学部や部活内における先輩と後輩。社会に出れば会社の中における上司と部活。家族の中においても親と子のように必ず上下関係がある。そして、この上下関係に悩まされ、挙げ句の果てに精神疾患を抱える者が多い。これは、上の人間・下の人間関係なくだ。
 では、どうして上下関係における悩みが後を絶たないのか。

 そもそも、人には、「育てる」というものは本能にないものなのだ。

 今、これを読んで「意味がわからない」と思っただろう。では、子育てで考えていこう。
 まず、子供が保育園に通っており、その子は第一子であり、その子の親は、2人とも20代前半であるという家族を想像してほしい。その時、その子のお母さんは新米ママさん。お父さんを新米パパと呼ばないだろうか。
 そして、彼らの子供が、迷子などのトラブルに巻き込まれた時、親がプチパニックを起こしている状況を、ドラマなどでみたことはないだろうか。そして、親の親であるおばあちゃんやおじいちゃん。そして、その子の友達のお母さんで彼女は、すでにその子の上に小学生や中学生がおるいわゆる先輩ママが協力して、子供のトラブルを防ぐという風に物語が進む。
 また、あなたが何かゲームや物を親にねだった時こんな会話を繰り広げたのではないか。
  
 子ども:『みんな、持ってるから私もほしい!』
 ママ :『よそはよそ!うちはうち!』

 そう。家によって子育ての仕方において文化があるのだ。そして、それは親から子。子から孫へと受け継ぐ。つまり、先述したように子育ては本能的なものではなく、後天的に身につけなければいけないものなのだ。

 
 そして、指導というものも子育てと同様で、後天的に身につけなくてはならない。
 しかし、指導の方法を履き違えてパワハラ状態になってしまったりして、下の者を傷つけ、ひいてはうつ病やPTSDなどの重病を患わせてしまう。一方で、放任にしてしまうと無法地帯の状態になってしまう。つまり、バランスが必要なのだ。
 子育てにおいても、やりすぎると虐待や過保護、心を軟禁化してしまうことがある。一方で放任にしすぎるとネグレクトになってしまったりするのと同じだ。
 そう。結局のところ先輩の立場にある人間は後輩のことを弟や妹。できる人なら、自分の息子や娘と同じように指導しなくてはならない。しかしそれは、『子供扱い』という形になってしまうかもしれないがそれは断じて違う。
 例えば、同じ自分の子供だとして、中学生や高校生に小学生と同じ対応をするだろうか。そもそも、塾講師という立場でも中学生と高校生でさえも対応を変えるのだ。そして、あなたの目の前にいるあなたの子ども(仮)は、20代過ぎた大人だ。つまり、ある程度の大人の対応をしなくてはならない。でも、あなたよりも経験も知識も浅い。そこをカバーしてあげるのが上の務めだ。
 そして、あなたは下の立場の時、親や上の人にいっぱい迷惑かけたはずだ。親には、学校でのトラブルやらお金のことやらで迷惑をかけたはずだ。
 上の先輩たちには、その態度や行ったことのトラブル、そして仕事で失敗したことでそれをカバーして助けてくれたはずだ。そして、そういう先輩や親のもとで育ったことは幸運なのだ。
 では逆に、それをされたことない。それを受けたことない人はどうする。あなたは、その下の立場の時、率直にどう思ったかを思い出してほしい。知識も経験もない状態でわからないなりに動いたはずだ。そして、その結果、失敗したこともあるはずだ。それをサポートして欲しかったのではないか。失敗したことに対して責められたかったのか。やったことに対して責められたかったのか。絶対違うはずだ。でも、それを下の人にしてしまうのは違う。下の人は、あなたの可愛い後輩であり、弟や妹(仮)であり、子ども(仮)なのだ。であれば、そんな彼らをどうすればいいのか。それを考えてほしい。それがわからない時、自分だけで悩むのではなく、自分の先輩であり兄貴や姉貴(仮)、親(仮)に頼ればいい。
 先述したように、人には育てるという本能はない。でも、人に頼られたいという承認欲求や社会に属したいという社会的欲求がある。そう、あなたが頼ることで上の人はその欲求が満たされるのだ。Win-Winな関係だ。
 そう。だから、下の人は上の人を頼り、上の人は自分の上の人に頼れ。
そして、下の人を子のように愛せ。そうすれば、自分のひとつひとつの言葉を見返すだろう。その子に言っていいのか。それを考えるからだ。そうやって、生きていくのが人なのだ。
 それが、人が社会動物として世界の覇者になれた無常の方法なのだから。

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