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書くことが持つ力、書くことが生み出す力 ◇うつ回復記 その6◇

2019年春にうつ病と診断されてから、深く暗い穴に落ちたような苦しい日々が続いた。
強い不安と恐怖心、身体的不調は時間をかけて和らいでいったけれど、うつの典型的な症状である、強烈な自己否定は消えないままだった。

過去への後悔・・・「なぜ若い時にもっと頑張らなかったの?」
現在への嘆き・・・「他の社員たちに劣等感を感じる…」
未来への不安・・・「老後はどうなる?」

まるで金太郎飴のように、自分の人生の時間軸のどこを切っても「ダメな自分」という同じ顔しか見えてこなかった。

◆◆◆

希望のない鬱々とした日々。それでもこれから先も生きていかなければならない。
もう1度立ち上がり、人生を立て直していく。そのための1つの方法として、「自分の吃音人生を振り返り、紙に書き出す」という作業を思いついた。
うつ発症から2年近くが過ぎた、2021年初頭の頃のことだった。

◆◆◆

吃音


きつおん。すなわち、どもりのことである。
物心ついた頃から私はこの得体の知れないモンスターに翻弄されてきた。
この二文字を見るにつけて、なんとも不思議な感じがする。
「吃」は中国語で「食べる」という意味だ。
「音を食べる」
そりゃ、口から出ようとしている音を食べちゃったら声が出ないのは当然だよね(笑)
言い得て妙の単語である。

◆◆◆

長年、吃音に苦しんできたことがうつ発症の根本的原因だとは、私自身は考えていない。
生来の気質による部分もあるかもしれないが、睡眠不足、めまい、立ちくらみといった身体的症状を数年にわたり放置していたことが一番の理由だと思っている。

とはいえ、吃音は40年以上にわたり、私に強い負担をかけ続けてきた。
専門家のもとで幼少期から現在に至るまでの心理分析みたいなことをしたいとは思わなかったけれど、40代から人生を立て直していくためのファーストステップとして、吃音を通して経験してきたことを振り返り、活字として可視化してみるのは自分にとって有用かもしれないと考えた。

自分の体に内蔵された、吃音にまつわる記憶と経験の膨大なデータベースから、各年代における特に印象的な出来事を時系列でピックアップし、文章化していく。
過去の自分に会いに行く旅が始まった。

◆◆◆

書く場所はもっぱら電車で数駅先のいくつかのカフェだった。
個人経営のお店や個性的なお店だとなんとなく落ち着かないので、スタバ、ドトール、珈琲館、星乃珈琲、エクセルシオールカフェなど、定番のチェーン店に毎週土日のいずれかに足を運んだ。

モーニングセットを食べ終わると、さっそくA4の紙とペンを取り出して書き始める。
1つの時期の1つの場面において、自分がどもっている姿と周囲の反応を一心不乱に書き続けた。
手を動かしている間は、不安も恐怖心もなりを潜めていた。

時々途中で手を止めて、ぬるくなったコーヒーをすする。
目の前の紙に殴り書きのように記された汚い字を眺め、読み直してみると、いくぶん気持ちが落ち着いた。書くことがセラピーのような役目を果たしてくれているような感覚があった。

◆◆◆

そんなことを数ヵ月続けていくと、自己否定の痛みがじわじわと緩和されてきているのを感じた。
「吃音に関しては、周囲からいろんなことを言われて、それなりにきつい経験をしてきた。それをすべて乗り切って、今こうして生きている。だったらそこまでダメ人間でもないんじゃない?」
そんなふうに思えた。

そして、過去のどもる私への感謝の念が静かに湧いてきた。
幼稚園生、小中高校生、大学生、無職時代、30代以降・・・その時々の自分に集合してもらい、ねぎらいたい。
「やあ、みんな、頑張ったねぇ。君たちが頑張ってくれたおかげで、今、私はこうして生きているよ」と。

そう思うと、自己肯定感がほんの少し上がったように感じて、少しずつ、この先もなんとか生きていけるかなという気持ちになれた。

◆◆◆

書くという行為は人間を癒し、生きていく力を生み出してくれることを、2021年のこの経験が証明してくれたように思う。(そしてそれはのちにnoteを始めることへとつながっていく。)

私の10年来の愛読書のタイトルが、まさにそれをずばり表現している。

「ひとつずつ、ひとつずつーー『書く』ことで人は癒される」

(アン・ラモット著、森尚子訳、2014年、パンローリング)

「ただ聞こえてくるとおりに、自分に届いてくるとおりに、言葉をひとつ書いては次の言葉をまた書くだけでいい。あなたにも、肉体労働者や芸術家のようにしてレンガを積んでいくことはできる。ようは、その作業を雑用みたいでつまらないと思うか、楽しむかでしょ」

333ページ

言葉をレンガのように積み上げていくことを楽しみ、癒されながら、noteを息長く続けていきたいと思う。

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