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もぬけ城の伐り姫 第五話

 結局、伐り姫一行は、いくつかの街で人助けをしながら聴取するも、目ぼしい情報は集まらなかった。ただ、おさなの言っていた桑子達が宿を提供してくれたおかげで、路銀はそれ程目減りしなかったのが不幸中の幸いだろうか。
 幾つめかもわからぬ町を歩きながら、流石の伐り姫達もあまりの情報の集まらなさに、途方に暮れていると、不意に走って来た子供にぶつかられる。
 当然、子供にぶつかられた程度で怯むような伐り姫では無かった。
 一見、子供の無邪気に見えたが、伐り姫の目は誤魔化せない。
 子供相手という事もあり、怖がらせぬ様、努めて冷静に告げる。

切り姫「アナタ、今盗ったものを返しなさい」
少年「なっ!? オメェ、なんでわかった?」
切り姫「なんでもいいわ、とっととその袋を返してもらえるかしら?」
少年「へっ、返すもんかい! オラは忍者王班太様だ! 覚えてやがれ!」

 少年は名乗った後、舌を突き出してピョンピョンと跳ねるように逃げて行った。

深早「……」
深影「伐り姫様、どう、します?」
切り姫「あんの糞ガキ……」
深影「ひぃぇ……」

 呆然とする深早と、切り姫の表情に怯える深影を置いて班太と名乗った少年を追う。
 伐り姫は体力のある方ではあるが、班太もなかなかの身のこなしで、姿を見失わずについて行くのがやっとだった。
 やがて班太は洞穴を改築して造られた様な家に辿り着き、戸をノックする。
 幸い、伐り姫が付いて来ていることは気付いていない様だった。
 もしや、悪い大人に強要されてやったのではないのかと、様子をうかがう。

班太「にぃ、今日はこんなに稼いできたぜ! これでオラにも忍術を教えてくれぇ」

 その名に、その姿に、目を見開いた。
 稲妻の様な青みがかった金髪、どこかの国のハーフなのか、とにかくその髪には見覚えがある。
 体つきや身長こそ大きくなっているものの、もぬけの城で伐り姫に食って掛かっては何度も打ち合い切磋琢磨した青年だった。
 思わず茂みから這い出て、その名を呼ぶ。

伐り姫「雷……太?」
青年「切り姫……か?」

 お互い、酷く驚き見つめ合ったまましばらく静止する。

班太「にぃ、どうしだんだ? この女知り合いけ?」
雷太「あ、あぁ……」
伐り姫「あなた、忍の里に引き取られたんじゃ?」
雷太「そうだよ、今は、その、潜入中だ。お前こそ、もぬけの城は堕ちたんじゃないのか?」
伐り姫「不幸にも私は、生き残ってしまった……ってところかしらね」

 俯きながら、雷太にもぬけの城の顛末を語っていると、深早達が追いついてくる。

深影「雷太兄さん!?」
深早「!?」
雷太「深影……に深早か。そうか、生き残ったんだな」

 ひときわ大きな声で叫んだのは深影だった。彼は、昔、深早が伐り姫に心酔しているように、雷太に良く懐いていた。
 一通り再開の会話を交わした後、雷太は尋ねる。

雷太「そんで、お前達は何しにこんな所までやって来た? 街ならいざ知らず、こんな人里離れた所まで」

 話のあらましを聞いていた班太はバツの悪そうな顔で、目を逸らしていた。

切り姫「そのガキに路銀の入った巾着を掏られてね、追いかけてきた訳」
雷太「あぁ、そういう事か。おい班太、この際だから言っておくが、俺はお前に忍術を教えるつもりは無ぇ。授業料だの言ったのは、諦めさせるためだ。ましてや掏りなんざするやつに、一層教えようとは思わん」
班太「なんでだよ! 良いだろう減るもんじゃねぇんだしよ!」
雷太「なんでもだ、その路銀も返してやれ。じゃねぇと連れて行かねぇぞ」

 班太は食って掛かるも、とがめられ、うぐぅと呻き声を上げた後、巾着袋を伐り姫に返す。
 意外に思ったのは雷太が酷く大人びた様な雰囲気を纏っている事だった。
 また、見るにこの少年も事情がありそうで、尋ねる。

切り姫「この子は?」
雷太「任務中に助ける形になってな、それ以来、付いてくるようになっちまった」
切り姫「ふふ、そう」
雷太「何がおかしい」
切り姫「いえ、ただ、あなたも結局人助けをするのね、と」
雷太「成り行きだ、それに、あなたもってなんだ」

 不機嫌そうな声で睨んでくる雷太が一層おかしくて、伐り姫は口に手を当て、クスクスと笑った。

切り姫「おさなねぇにも出会ったのだけれど、似た様な事をしていたわ。やっぱり貴方も、城主様の影響でしょう?」

 ただ、懐かしむ意を含めた発言だった。しかし、城主と聞いた雷太の反応は芳しくなかった。不思議に思い様子を伺っていると、彼はおもむろに語り始める。

雷太「俺は、あの人のやり方は認めない」

 城を出る際、城主に見届けて貰うべく幾度となく伐り姫に勝負を挑んだ少年とは思えぬ発言で、面食らう。
 少し遅れて、反発する。

切り姫「聞き捨てならないわね、あのお方に拾って貰ったご恩があることを忘れたわけじゃないでしょう?」
雷太「恩はある、思い入れも、だが、やはりあの人のやり方は甘すぎだ」

 最愛の人を否定するような言い方をされ、食って掛かる。

切り姫「……それ以上口を開くようなら、昔みたいに転がしてあげるわ」
雷太「結果あの城は堕ち、あの人は死んだだろうに」

 まるで他人事のように語る雷太に対して、カッとなり、刀を抜く。
 それに呼応したように雷太は、クナイと短刀を広げた。

深早「ねぇ様! 落ち着いてくださいまし!」
班太「にぃ! 一般人相手に戦ったら殺しちまう」
雷太「安心しろ、コイツ相手なら大丈夫だ。そんなやわじゃねぇ」
切り姫「ハッ、城では私から一本も取れなかったくせに良く言うわね!」

 周りの制止を振り切り、二人は打ち合う。
 しかし、驚いた事に、雷太は鍔ぜり合うのではなく、すぐさま身を引き、クナイを投げつけてくる。それを刀で叩き落し、大きく踏み込む。
 雷太はそれを右手で持った短刀で受け、開いた左手で何やら証印を結んでいた。
 刹那、貫くような痺れが伐り姫を襲った。
 思わず膝をつく。見上げた先の雷太は、髪が逆立ち、体から雷が立っていた。

雷太「確かにあの人は強かった。異常なほどにだ。けど、だからこそ、奪われる前に不安の芽は、全て切り伏せるべきだったんだ」
切り姫「っ……、だとしても、賊はある日突然襲って来たのよ」
雷太「突然だと? 聞くに千は優に超える軍勢だったのだろう? そんなものが突然やってくるわけ無いだろう? 俺が忍びの里に迎えられて直ぐに、賊が幕府に依頼を受けて色々やってるのはつかめたぞ」

 戦いでも負け、口でも言い負かされ、歯噛みする。
 目の前の猛者は、最早伐り姫の知る雷太では無かった。
 深早や深影も、まさか伐り姫が負けるとは思っておらず、その光景を呆然と見つめていた。

雷太「……ついて来い、お前の事だ。大方、復讐に燃えているんだろう? 里に入れば情報等幾らでもある。上手くやればお目当ての賊に繋がる情報を得られるかもしれん」
深影「で、ですが、兄さん。いいのですか?」
雷太「お前らが得られる程度の情報、里の皆が日常で話題にする程度のモノだろうからな。それに、情報を得た所で、この程度じゃあの賊央は倒せない。精々、真実に打ちひしがれるんだな」

 肩をすくめて語る雷太は、ため息をつき、付いてくるように促す。
 伐り姫達は一言も発することなく、忍びの里に向かった。

~~~

 雷太について忍びの里までやってくる。
 一見、田畑が広がる、平和な農村にしか見えなかった。しかし、街ゆく人々を見れば皆それなりに強者であることが伺い知れた。何より、常に目や耳、五感を働かせて情報を整理しているようだった。
 そのあり様に呆気にとられるも、深早達を一瞥すると、特に何も気づいていないようで景色を眺めては楽しんでいた。
 歩を緩め、伐り姫の隣まで下がって来ては、耳打った。

雷太「お前はわかるだろうが、ここの里の人間は女子供含めて、殆どが忍びだ。一般人など、精々俺の追っかけの班太と宿の受付くらいだろう」
切り姫「里の皆こんな熟練の使い手なの?」
雷太「いや、流石に戦闘に関してはお前に並ぶもの等この里でも数えるほどしかいない。だが、諜報や、暗殺などに関して言えば、この里は日ノ本一だと断言しよう……。まぁ、要するに、この里では一挙手一投足を監視されていると思え」

 正しく、忍びの里と言うにふさわしかった。
 雷太は「この里にいる間は自由に使え」と、自身の別荘を貸してくれた後、仕事の報告に行くと去って行った。
 分け与えられた部屋の中で、くつろぎながら、物思いにふける。
 ここ数カ月外で旅をしたが、思えば、自身は今まで人生の殆どの時間をもぬけの城で過ごしてきた。その前でさえも、商人の両親に箱入り娘として可愛がられていた。
 言ってしまえば、世間知らずなのだ。
 故にこそ、賊の襲来への対処も遅れ、情報も得られぬままだらだらと旅をしているのだ。
 ほとほと自身が嫌になり、眉間を抑えていると、天井から気配を感じた。

切り姫「誰?」

 深早達は気付いていない様で伐り姫の言葉に目を丸くする。
 すると、天井の一部が開き、一人の仮面の少女が下りてきた。

くのいち「伐り姫様ですね? わたくしは、絲と申します。この里では諜報員をやってはおりますが、仮面を見て頂ければわかる通り、桑子の一人でもございます。蚕姫様から話は伺っております故、知りたいこと等がございましたらどうぞ仰ってください。私に得られる情報であれば、共有いたします」

 願ってもない話だった。
 世間知らずでもなんでも、なりふり構っていられないのだ。
 一刻でも早く、家族の、城主の敵を取らねばならぬ。
 故、伐り姫は、目の前の桑子を信じ、頼る事にする。

切り姫「えぇ、ありがとう。早速で悪いんだけれど、城を襲った賊の動向を知りたいの」
絲「承知しました。直ぐに調べてまいります。一週間ほどしたら帰ってまいりますので、しばしご寛ぎ下さい」

 言い残し、絲は姿を消して行った。呆気にとられる深早達を余所に決意する。
 そうだ、強くならねば、あの賊央と言う大男は城主程でないにしても、尋常ならざる力の持ち主だった。それに黒血女もいるとなると、どうにも分が悪すぎる。少なくとも雷太の言う通り、今のままではダメなのだ。

 その日以来、伐り姫は再び稽古を再開した。あの日の戦いでの城主が振るっていた剣舞をトレースする。
 蝶のように軽く、ハヤブサの様に速く、獅子の様に力強い。
 目に焼き付いた戦いを再現する。
 伐り姫は、絲が目ぼしい情報を持ってくるまで、毎日のように鍛錬に励んだ。

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 十日程後、鍛錬や里の者と交流を図ったりしながら過ごしていると、絲が帰って来て告げた。

絲「只今、帰りました。すでにご存知だとは思いますが、もぬけの城を襲った賊は賊央、黒血女、向崎、諏信、それぞれこの四人が頭目を張る山賊や海賊が、統合されてできたものです。この内、向崎、諏信は既に何者かに討たれております。今は賊央が全体の頭目を、黒血女が副官をしていると言ったところでしょう」

 頭目四人の名を告げられ、あの日を思い出す。全て思い出せた。前者二人は印象に深く、後者も相当な使い手だったのだろう。だが、二人を討ち取ったのは他でもない、城主その人だった。
 改めて、最愛の人の圧倒的なまでの強さに感銘を受ける。
 そんな伐り姫を置いて、絲は続けた。

絲「そして、彼らの拠点ですが。もぬけの城から南に五十里も離れた場所に一つ。更に奥、七十里離れた所に本拠地とみられる拠点があります」

 考えるに、奴らは自ら進んでもぬけの城を堕としに来たのではないだろう。当然、あの惨状を見れば、奴らが虐殺を楽しんでいるような外道な事は一目瞭然だったが、実際、わざわざ遠方まで出張って来るとは考えづらかった。
 なにより、黒血女の「恨むならお上を恨みな」という言葉を思い返す。

伐り姫「賊の懐周りなどはわかったりする?」
絲「申し訳ございません。金回りについては、奴らは概ね現物化するものですから実際の処は測りかねます。しかし、その辺の時期から、装飾品や武具が多くなったようにも感じます。また、もぬけの城が堕とされるより前後に数か所、同様に幾つかの藩が堕とされています」

黒血女の言葉を聞いてより、ずっと薄っすらと頭の中にあった疑念は、確信に変わる。

伐り姫「賊に命を出したのは、幕府だ」

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