『利き酒で幕末の息吹 ・・・興譲館と朗廬ゆかりの酒蔵探訪コース』 (2003/12/28、中国新聞に連載したものです)

山成酒造ウォークの原稿、もう1篇

 ペリーの黒船が来航したのが今から153年前、1853年のこと。その年、今の井原市に地域住民の出資による私塾「興譲館」が開校しました。初代館長は美星町出身の漢学者 阪谷朗廬(1822~81年)。その名声は全国に知られ、幕末の志士、長州の久坂玄瑞らも訪ねてきたといいます。

 さて、今回は井原線沿線に大きな影響を与えた教育者、朗廬さんゆかりの地を巡りましょう。井原駅をスタートし、商店街を通り、国道313号を小田川沿いに北上します。
 芳井トンネルを抜け、すぐに左折すると桜渓塾に到着します。
 大阪や江戸で漢学を学んだ朗廬さんは、三十歳の時、伯父の山鳴大年氏の協力で芳井町のこの地に塾を興しました。2年後に開設される興譲館の前身です。
 塾に別れを告げ山成酒造へ向かいます。この周辺では唯一の酒蔵です。折しも、冬は新酒の仕込みの季節。清酒「朗廬の里」の利き酒をしながら、幕末の息吹を感じるのも一興です。
 小田川沿いに南下し、興譲館高校に立ち寄ります。県指定の史跡でもある校門や講堂、朗廬さんお手植えの紅梅が迎えてくれます。朗廬さんは漢学者とはいえ、開国論を主張し、議会主義を説く開明派だったといいます。校門の「興譲館」の額は明治の大実業家 渋沢栄一が揮ごうしたものです。
 日芳橋を渡って井原駅に戻ります。
   (井原線まちおこしネット代表・岡田正樹)

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