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瞼の裏に見える世界【4話】

「来たよ、姉さん」

「いらっしゃい圭ちゃん。今日はいつもより早かっ――」

 病室の扉を開け、部屋に入るなり弾んだ声が返ってきた。圭人にピタリと密着して入っていた人物を見て言葉が途切れたらしい。

「律花ちゃん!? なんで二人が一緒にいるの?」

「えへへ。病室で会うのは初めてですね明日香さん」

 開いた口が塞がらない明日香と、どこか照れた表情の律花のやり取りは想定済みだった。やれやれと圭人は咳払いをする。

「北川とは偶然知り合ったんだ。姉さんとも知り合いなんだろ?」

「うん。まあ、そうだけど……」

 完全には状況が吞み込めていない明日香に、簡単な経緯説明をする。その話に驚きつつも、明日香は楽しそうに話を聞いてくれる。

「――――ってわけなんだけど」

「私が知らないところで、そんなことが起きていたとは……」

 圭人が話した内容は、初めて出会った時のこと。それから、病院で会った時によく話すようになったことのみだ。二人で出かけたことや、ぶつかって怪我をさせかけたことなどは詳しく言及していない。気恥ずかしい気持ちがあって、実の姉にうまく説明できないというのが本音だった。

「急にすみません、明日香さん。姉弟水入らずの時間なのに」

「来る途中の廊下でたまたま会ったから、俺から誘ったんだ」

 申し訳なさそうな表情を浮かべる律花に間髪入れずに圭人がフォローを入れる。

「全然いいのよ律花ちゃん。それより圭ちゃんと友達になってくれてありがとう。この子、自分のこと全然話さないから、友達が一人もいないのかと思ってたのよ」

「俺のことなんだと思ってたんだよ。子供じゃないんだから」

 安堵の表情を浮かべる明日香。姉のそんな様子に圭人も思わず苦言を呈する。その光景を見て、律花は思わず笑い声をこぼした。

「ほんと、仲いいなあ。羨ましい」

「北川は一人っ子なのか?」

「うん。そうだよ」

 律花と出会ってから一か月以上が経った。カフェに行ったり、病院で会った時には話をしたりしたが、考えてみると家族構成すら知らない。

「そう言えば北川の家族って――」

「わたしの話はいいでしょ。それより、あのいちごパンケーキのカフェ、今日の朝の情報番組で取り上げられてたらしいよ!」

 言葉を遮り、律花は無理やり話題を変える。その話題に勢い良く明日香が嚙みついた。

「いちごパンケーキってなになに?」

「そこのカフェ、限定メニューにいちごたっぷりパンケーキっていうのがあるんですけど。この間圭人と一緒に行ったときは売り切れだったから、また行こうねって約束したんです」

 秘密にしていたわけではないが、圭人が避けていた話題を、律花は思い切り話し始める。それを聞いて、明日香がニヤリとした表情で圭人へ振り向く。

「違うんだ姉さん。これには理由があって――」

「律花ちゃん、これからもうちの弟のことよろしくお願いします」

「え? あ、はい」

 突然の明日香の改まった言い方に、律花は不思議な顔を浮かべた。


「じゃ、またね。姉さん」

「お邪魔しました」

「またね二人とも。また律花ちゃん連れてきてね圭人」

「わかった」

 二人が病室を出る最後の瞬間まで、明日香のニヤけ顔は続いた。


「明日香さん、やっぱり優しいなー。二人って結構性格似てるよね」

「そうか? 性格が似てるってあんまり言われたことないな」

「似てるよ! 圭人の優しさはすこーしわかりにくいけどね」

「なんだそれ」

 明日香の病室を後にした二人はロビーを抜けて、病院から一歩外に出る。少しだけもわっとした空気が押し寄せくる。

「あっ、そうだ。来週の頭から雨が続くらしくてさ。行けなくなったら期間限定終わっちゃうかもしれないから、今週の土曜日に行かない?」

 一度、顔を空へと向けた律花は、期待を込めた目で圭人へと向き直る。

「土曜日か。わかった。その日は定期検診の日じゃなかったよな?」

「うん」

「なら、いったん病院に集合して行くか?」

「ううん。カフェから一番近くの駅集合でいいよ。わざわざこっちまで来ると二人とも回り道になるし」

「大丈夫なのか?」

「大丈夫なのかって、わたしだって電車くらいひとりで乗れるよ。この病院に来るときも、帰る時だってひとりなんだからさ」

 少しだけ不安になったが、律花の言葉と今見せた笑顔で思考を改める。
 
「そしたらまた土曜日にね」

「ああ」

 白杖で地面を確認しながら、しっかりと歩く彼女の背中を見つめる。自分の中に芽生え始めた暖かい感情。その正体に確信は持てないが、一つだけわかっていることがある。

「楽しみだな」

 圭人は、不意に飛び出した発言に思わず口元を抑えた。

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