【短編】何もなくなっちゃった。

 「大丈夫。大丈夫」
 「うん」
 「我慢しよう」
 「うん」
 夜も更けた頃、それでも街は明るくうるさかった。
 深く掘られた穴の中、揺れ動くのを感じながら、多くの人が身を寄せ合って、互いを励まし合う。
 「お母さんっ! お母さんどこ!?」
 「大丈夫っ。きっと大丈夫だから」
 叫んで今にも穴から飛び出しそうな女の子を、少し顔にシワの入った女性が抱きついて制止した。
 街のそこかしこは爆炎に包まれ、立ち昇る煙は黒く、空に近づくほど闇に紛れていく。
 空から降ってくるのは、大地を焦がすもののみで、とてつもない熱気が轟音とサイレンの音と共にひた走る。
 「あづいぃ! あづいよぉ!」
 人が、火の塊になってのたうち回る。
 「私はいいからっ! 早く行って!」
 「ごめんなざいっ!」
 誰かが誰かを見捨てて紅いアーチをくぐり抜ける。
 「綺麗だ」
 空から街見下ろす、一人の男が仲間に呟いた。
 「どこがだよ。真っ黒の中ちょっと赤が見えるくらいだろーが」
 「いや、綺麗だよ」
 「はっ、コイツとうとうイカれたぜ」
 昇る黒煙の隙間から漏れた灯りで、空にある鉄の塊が刀のように鈍く光っている。
 「これで、いいんだよな」
 また別の男が仲間に問いかける。
 「良くなきゃ駄目だろ」
 「そう…だよな」
 黒煙を抜けた先で、それでもその男の瞳の裏には紅く揺れる炎が映し出されていた。
 その炎は、ずっと地上を焦がし続けた。炎自身も消えるのを忘れたかのように、ずっと燃え盛っていた。
 夜が明けてようやく、我を思い出した炎は静かに消え失せた。残ったのは黒い炭のみ。
 せっかく太陽が昇ったのにもかかわらず、大地は真っ暗闇のままだった。
 騒ぎ立てた女の子が、その大地を踏みしめた。そして、まっさらな地平線をじっと眺める。
 「なんにもなくなっちゃった」
 その声は、枯れていた。


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