【短編】今日もカエルはまちがえる

 ケロケロこんにちは。僕はアマガエルのケロ太。
 最近ようやく両手足が生え揃って、尻尾もなくなったんだ。
 立派なカエルになるために、今は色々特訓中!
 今日は夜の田んぼで仲間と命一杯歌の練習だ。
 「ようケロ太。喉の調子はどうだ?」
 「ケロ吉爺さん。今日も絶好調さ」
 本当は昨日鳴き過ぎて、今朝から喉が痛いんだけど、みんなに追いつきたいから無理してでもがんばるぞ!
 「ほっほ、それなら良かった。さあ、みんな集まってきたぞ」
 ぞろぞろと僕の仲間たちが整列を作っていく。
 僕の横には、エサ取り名人のぴょん三郎おじさん。その隣には僕らの中で一番歌のうまいぴょこ美ねえさん。その真後ろには一番走るのが速いケロ雄にいさん。他にも、お父さんとお母さん、酒屋のじいじに、この集団の長であるぴょん助さんと続々列に加わっていった。
 「よし、これで全員かのう。今日も元気にやっていくぞ―」
 今日も指揮者は一番の長老、ケロ吉爺さんだ。
 「じゃあまずは、発声練習から。せーのっ」
 「ケロケロケーロケーロケロ〜♪。ケーロケーロケロケロケロ〜♪」
 うん、ちゃんと声出てる。まだちょっと喉痛いけど平気かな。
 「うん、いい感じだのう。それじゃあ、歌を歌って行くかの」
 よし、昨日練習したことちゃんとやるぞ。 
 「いくぞー、さん、はいっ」
 ケロ吉爺さんが両手を振り上げる。
 「ケロケロッケロテケロッ♪ ケロケロケーロケッロケロケ♪」
 あれ、なんかいつもよりいい声が出ないぞ。
 「ケーロケーロケロ♪ ケケケーケロケロー♪」
 それに喉もさっきよりすごく痛くなってる。
 「ストップじゃ。なんだか今日、いつもと違うのう」
 ケロ吉爺さんが突然指揮をやめた。
 「どこら辺かしら」
 「なんていうか、ちょっと枯れたような声が混じってる気がするんじゃ」
 「あらまぁ。それが少し雑味になっていると?」
 「うむ。そんな気がする」
 ピョコ美ねえさんの言葉に、ケロ吉爺さんは大きく頷いた。
 「誰か、無理しとるやつはおらんかの。体調を崩しているなら休んだ方が良いのだが…」
 ケロ吉爺さんの質問に、皆が黙りこくった。
 僕の心臓が少し早くなったのがわかった。
 でもここで辞めるわけにはいかないんだ。早く大人にふさわしくなりたい。そのために。今日もたくさん練習したいんだ。
 「いないようじゃな。わしの勘違いだったようじゃのう。止めてしまってすまん、ではもう一度はじめから頼む」
 ケロ吉爺さんが両手を上げる。
 「せーのっ」
 「ケロケロッケロテケロッ♪ ケロケロケーロケッロケロケ♪」
 あ、まずい。全然うまく歌えてない。
 「ケロケロケーロケーロ―」
 すごく喉痛い。もう声が…。
 「ストップじゃ」
 「なに? 今度はどこがだめだった?」
 「うーーむ。そうじゃのぉ」
 ケロ吉爺さんは顎に手を当てながら、「んーー」と低く唸った。
 その間に、植えられた稲がまだ緑なのをいいことにワサワサワサワサと華麗に踊って見せてきた。
 「おいケロ太や、ちょっと一人で歌ってみろ」
 「え? どうして?」
 ひしゃげかけた声で僕は返事をしながら、僕の心は焦っていた。
 「うむ、どの位上手くなったのか、試しに聞いてみたくての」
 「そ、そっか」
 まずい、このままだと僕が悪い音出してたのがバレちゃう。皆に怒られちゃうよ。
 「だめかの」
 「う、ううん。駄目じゃないよ」
 「そうか、なら聞かしておくれ」
 僕は決心して、静かにゆっくりと頷いた。
 大丈夫だ。強気になれ僕、喉痛いけど、頑張ればここを乗り切れるはず。
 つばをたくさん飲み込んで、喉を潤す。
 「せーのっ」
 「ケロケロケッ…、カハッ、ゴホッゴホゴホ」
 しまった。やっちゃった。
 僕は思い切り咳き込んでしまった。
 気づけば皆が僕を取り囲んでいた。
 あー、みんなこっち見てる。
 「おいっ、ケロ太」
 怒られるっ。
 「ごめんなさ―」
 「大丈夫か?」
 「やっぱ、喉の調子よくないんじゃない?」
 「おい、ピョコ美や、あれ持ってきてやってくれんか」
 「わかりました」
 え? 皆怒ってない。それどころか僕の心配してくれてる。
 「ご、ごめんなさい。僕、その」
 「いいんじゃよ、ケロ太。こちらこそ、お前を試すようなことをしてすまんかった」
 ケロ吉爺さんが頭を下げる。
 「ううん、僕が悪いんだ。僕がもっと頑張っていれば、きっと喉悪くならなかった。皆の練習にだってついてけたん、ゲホッ、ゲホゲホ」
 「ケロ太、それは違うわ」
 「ピョコ美ねえさん…」
 どこかへ行っていたピョコ美ねえさんが、器を持って戻ってきていた。
 「はい、これ飲んで」
 ピョコ美ねえさんが、キラキラ金に煌めく液体を、木製のスプーンで僕の口元に運んだ。
 僕はそれをパクリと一口。
 僕の目は、思いっきり開かれた。
 甘くて、美味しい…。
 「美味しいでしょ。私のおばあちゃん特製、熟成薬草はちみつよ。これ喉にもいいの。」
 ピョコ美ねえさんが自慢気に微笑んだ。
 「あー、あー」
 僕は喉の調子を確かめた。
 まだ少し痛いけど、いい感じに声は出そうだ。
 「ありがとう、皆。喉の調子良くなったよ。練習再開だっ」
 そんな張り切った僕の肩に、ケロ吉爺さんがぽんと手を乗せた。
 「まあまあ、落ち着かんかケロ太よ。今日は休みなさい」
 「駄目だよ、ケロ吉爺さん。僕、早くみんなみたいに上手くなりたいんだ―」
 「爺さんの言う通りだぜ、ケロ太。無理してもいいこたぁねえ。じっと機を待つ、狩りの基本だ」
 「三郎おじさん…」
 「そうだ、速く走るためには、ゆっくり時間をかけなきゃなんだぜ」
 「ケロ雄にいさんまで…」
 遠くで僕らとは別のカエルたちが鳴き始めた。きれいに揃ったその声は、一つの音の束となって夜空に響いている。
 「どうしてさ。僕、早く上手くなりたいんだ。ずっと足手まといなんて嫌なんだ。早く皆みたいに上手くなって、みんなと一緒に綺麗なハーモーニーを奏でて他のカエルたちを驚かせたいんだ!」
 そう、僕は頑張んなきゃ駄目なんだ。早く皆に追いつかなきゃ。
 「ケロ太、それは違うわ。早く早くなんて焦らなくていいのよ」
 ピョコ美ねえさんが、しっとりとした声で話す。
 「でも…」
 「その気持ちはすごいわかる。私も今じゃ一番うまいとか言われてるけど、そんなの最近の話ではじめはからっきしだったのよ。でも、ゆっくりと時間をかけて上手くなっていったの」
 「そうだったの?」
 「そうよ、喉痛いなとか、体調悪いなってときはゆっくり休んで、元気一杯になってからまた練習したの。そうやって何年もかけて今の私の歌声はあるのよ」
 ピョコ美ねえさんは、そう言い切ったあと「ケロケロケロッ」ときれいな歌声を披露してくれた。
 「僕もいつかはそんな声出せる?」
 「もちろんよ」
 ピョコ美ねえさんは確信を持っているように頷いてくれた。
 それなら。
 「それなら、今日は休むよ。皆ごめん練習止めちゃって。ありがとう」
 「うむ。頑張るのもよいが、時には休むことこそが最善であるというのも覚えておくんじゃぞ」
 「うん、わかった」
 「よし、それじゃあケロ志とピョン子も、ケロ太と一緒に帰ってやんなさい」
 「はい、皆さんありがとうございました」
 お父さんとお母さんが一緒に礼をした。
 僕も少し遅れて頭を下げた。
 「お大事にな」
 「ちゃんと元気になってまた会おうぜ」
 「うんっ」
 「それじゃあ、行こうか」
 お父さんとお母さん。皆に見送られながら二人の間をぴょんぴょん飛ぶ。
 「お父さん、お母さん。今日はごめんね。それにみんなにも迷惑かけちゃった」
 「そうだなぁ。でも、今日はお前に学びがあってお父さん嬉しかったぞ」
 「そうですねぇ。皆さん、優しい方々ですから。それでも叱ってくれるときは叱ってくれる。だから安心して失敗するといいわ。私達含めて、皆であなたの成長を楽しみにしてるから」
 「うん!」
 「よーし、今日はご馳走にしようか」
 「やったー!」
 「もう、はしゃぎすぎると喉ひどくしちゃうわよ」
 街灯がなく真っ暗闇な畦道を僕らは歩く。
 見上げた遥か上空には、キラキラの星が目一杯に散らばっていた。
 僕もいつかあんな風に輝きたい。だから今日はゆっくり休もう。
 涼しい夜風が、僕の肌を乾かすように通り過ぎていった。 

  
 
 
 
 
 
 
 
 
 


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