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【エッセイ】心臓

 五臓六腑の五臓とは、心臓、肺臓、肝臓、腎臓、脾臓を指すが、この中で意味のある別の読み方ができるものは、心臓と肝臓、つまりは、「こころ」と「きも」の2つだけである。「きも」は話の肝というように、重要な具体的なことを示す。対して、「こころ」は抽象的なことを示すイメージがあるのではないだろうか。
 心臓には記憶が宿るという話がある。そのために心臓を移植されると、提供した側の記憶が提供された人物に乗り移る。それは、ビールが好きになったとか、嫌いだったはずの魚を食べるようになったとかの瑣末なことで、決して肝ではない。それでも、提供した側の家族から言えばそれこそが「あの人」なのだ。
 中学生のとき、カエルを解剖した。そして、トレイの上の心臓がいつまでも動いていることに驚いた。そこには身体のネットワークから切り離され、生命を維持する役割を剥奪されてもなお、何かを叫び続ける姿があった。狩猟が成功したときの胸の高鳴りをか、ライバルを出し抜いて交尾にいきついた誇らしさをか。
 「こころ」の在り処については、まだ明らかにはされていない。しかし、理屈では捉えきれないものが命の一片を担っているのだとしたら、心臓には「こころ」があるのである。

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