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曰本語ってカ技でなんでもアリ

曰本語って適当だよね。

でもそこが魅カでもある。

僕は曰本語以外は書けないし読めないし話せない。

だから他言語と比較することは難しい。

でも適当だなーって思う。

なぜかって?

僕が書いた曰本語の文章エッセイを他の誰かが理解できるからさ。


他の言語がカッチリしているかどうかはわからない。

でも曰本語ほど融通の利く言語はないのではないか。

漠然とそう思う。


美しい文法というのはあるんだろうけれど、多少順番がおかしくても意味は通じる。

「今曰、晴れですね」

「晴れですね今曰」

ほらね。

だから僕が適当に紡ぎ出すエッセイを誰でも楽しめる。

中には「文法めちゃくちゃやん」って思っている識者もいるかもしれない。

でも残念ながらアンチが出るほどの知名度がない。


安心と悲しい気持ちがないまぜになる。

こういう「アンチ」という外来語も すんなり曰本語として文法に放り込める適当さ。

スキ。

スキをひとつとっても「好意を寄せる」などのオシャレな言い回しがあるのも魅カ。

僕は曰本語の器の大きさに助けられている。


え?
さっきからなんの話って?

いわくほん語の話だよ。

いわく本語ね。


ずーっと日本語にほんごだと思ってた?


「曰」と「日」並べると違いはわかる。

でも他の単語と組み合わさった時。

それらは完全に同一視される。

なんて適当な言語なんだろう。

字が汚いひとは書き分けられないだろう。


今日なんていまいわくと今さんが何かおっしゃると勘違いしてしまう。


え?

はじめから気がついていた?

ふ〜ん。

じゃもうひとつ罠を仕掛けておいたけど気がついたかな?

日本語の適当さを象徴するようなヤツをいれておいた。

それ単体だと どっちで読むんだろう となるヤツを。

他の単語と組み合わせることで同一視される。

まさにカ技。


さぁはじめから読み返して探してみよう。

そして日本語の魅カにハッとしよう。


ぜんけい曰く「エッセイは真面目を適当で包む技法である」とのこと。


え?
そんな戯言はいいから早く罠の答えを言えって?

ヤレヤレ。

力とカだよ。

この記事で出てくるちからは全てカタカナのカで入力されている。

ほらね。

日本語は適当だ。


さて問題です。


さぁこれは ちから でしょうか カ でしょうか。






答えは

「そんなこたぁどうでもいい」


でした。


ではまた。

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