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読み切り小説『日付変更線を使った忘れ方』第1話(海外編)

人畜無害でいることで、逆に利用されてしまった主人公。
何も悪いことをしていないけど、周りは真実なんてどうでもいいらしい。だから、ただただ時間が経って、元の生活に戻るのを待つしかない。

そんな時に親友が、時間が解決してくれるしかないけど、自分で「時間を短縮させる方法」があると教えてくれた。時間が過ぎるのを待つのではなく、自らの力で自分を乗り越えていく物語。
<1話完結>

※物語と実際の渡航状況とは異なることをご了承くださいませ。

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この物語は、自分ではどうにもならない『時間が解決してくれる問題』を、ちょっとした工夫で楽にしていくお話です。



利用されていた


私は、頭からシャワーを浴び続け、泣きじゃくっていた。


どうやって帰ってきたか記憶が曖昧だ……
ちょうど雨が降ってきて、泣いていても誰も気にも留めないから良かった。
雨で冷え切った体に感覚が戻ってくる。

酷いことされていたのは、こっちなのに、今は反撃したほうが悪者になってしまう風潮だから、反論する場さえ与えられない。
自分が被害者じゃなければ、みんな真実なんてどうでもいいんだ......

私は、悔しくて悔しくて、また泣き始めた。


どれくらい時間が経ったんだろう。
放心状態で部屋に戻ると、スマホの着信音が鳴った。
見てみると、同じ会社の友人、沙織からいくつもメッセージが届いていた。

「加奈、今どこ?」
「連絡ちょうだい」
「いつものお店にこれない?」

そうだよね。
沙織だけは違う。
私は泣きながら微笑んだ。

私と沙織は、同じ会社で働きながらも個人的に話をしたことはなかった。
偶然、休日の映画館で出会うまでは。
まさか、隣の席に知り合いが座るなんて思わなくって、これじゃあ感情移入して見れないかな、なんてお互い思っていた。

何度も見に行くほど好きだった、大人に人気のアニメ。
でも、残念ながら、私と世間の解釈はかけ離れていた。
だから、沙織と私の解釈がほとんど同じと分かった時、本当に嬉しかったんだ。


帰りに立ち寄ったカフェで、私たちは大いに盛り上がり、それ以降は頻繁に連絡を取り合う仲になった。



心配かけちゃったな。

「ごめん、今シャワー浴びてた」
「良かった~ねぇ、出てこれない?」

私たちが仲が良いことは、会社の誰も知らない。

「うん。20分後に行くね」
「待ってる。気をつけてね!」

沙織はどんな気持ちで、私に起こった出来事を見ていたんだろう。

今年の春、うちの部署に高塚さんという女性が異動してきた。
うちの部署は女性が多いので、まだ入社して数年の彼女は緊張しているのがよくわかった。


可愛い子って大変だな。
ちょっとの事でも厳しい目で見られてしまうし、誰かに優しくされようものなら「甘い」って言われちゃう。

他人事のように思っていたから、まさか自分が利用されるなんて思いもしなかった。



「石橋さん」
私は一瞬戸惑った。
社内で一番人気の北村さんが、私に何の用だろう。
女性社員の視線が痛い。

「経費の書類で分からないところがあって、石橋さんなら優しく教えてくれるだろうって聞いたんです」と、コッソリ言って微笑んだ。


誰がそんなこと言うんだろうって、今思えば突っ込みどころが満載だったのに、北村さんのカッコよさにそんな冷静では居られなかった。


それ以降も、彼はみんなに私の事を褒めているようで、今まで何もなかった人間関係が、いつの間にかギスギスしていった。
その代わり、後輩の高塚さんは気付かないうちに部署に馴染んでいた。

沙織はずっと何か言いたげだったが、浮かれている私を気遣って何も言わないでくれた。



そして、今日、北村さんと高塚さんの婚約が発表された。


私は血の気が引いていった。
別に何かを期待していた訳じゃない。
あの二人はそういう関係だったの?
いつから?
みんなが私を見ている。
何で薄笑いしているの?
やめて、見ないで。


私は必死に耐えた。
普通を装ったよ。


なのに、給湯室にあの子がわざわざ来て、「加奈先輩......ごめんなさい」なんて言ってくるんだよ。
何で謝られないといけないの?
思わず睨みつけたところに、ちょうど人が来て、その瞬間泣き出すなんて酷すぎる。

ずっと普通に働いてきただけなのに。


沙織は黙って、私の話を聞いてくれていた。

「完全に私が悪者だよ。あんなタイミングで泣かれちゃ」
私はとまらなくなった。

「課長にも『石橋さん、有給溜まっていたよね。思い切って2週間くらい休んではどうかな?』なんて無理やり有給取らされて、この後どんな顔して出社したらいいの?」

もう顔がグチャグチャだった。


私はどうすれば良かったんだろう。
彼に話しかけられた時に、淡々と対応すれば良かったくらいしか思い浮かばないよ。



沙織がようやく口を開いた。
「加奈は何も悪くないし、何もしようがないから、時間が解決してくれるのを待つしかない」


「どれくらい?その間、針のむしろだよ」
想像しただけで気が遠くなる。


「私に良いアイデアがあるんだけど、試してみない?」


沙織いわく、時間しか解決出来ない問題の、その時間を短縮させる方法があるというのだ。


沙織から私に出されたミッションは、「有休を取った2週間はスペインに行くこと。その間、緊急時以外は誰とも連絡を取らないこと」だった。

スペイン?!私は沙織の意図がわからなくて戸惑ったが、その場で予約を取らされた。
運良く、数日後の航空チケットとホテルが取れ、荷物の用意、家を不在にする準備など、慌ただしいまま私はスペインへと旅立った。



情熱の国と時差


スペインへの飛行時間は約14時間、時差はサマータイム中なので、日本より7時間遅いのか。


慌ただしく準備をしたお陰で、色々考えている暇はなかったけど、行きの飛行機の中で、あの時の恥ずかしさを思い出して、血管がキューっと細くなった感じがした。


スペインに到着してすぐの私は、とても観光する気持ちにはなれなかった。
帰ってからどんな顔をして皆と仕事をしたらいいんだろう。
今頃、皆にどんなこと言われているんだろう。
そんなことばかり考えて、ベッドの上でゴロゴロしていた。

今は夕方の6時だから、日本は夜中の1時か......
夜中なら、皆寝ているか。
自分が噂されそうにない時間の時は、ちょっとホッとした。


次の日の朝。
今日こそは外に出よう。
決心したものの気が乗らず、ベッドに横たわりテレビをつける。

当たり前だけど、スペイン語だから放送されているほとんどの内容は分からない。
画面の中では、知らない男性がレストランの厨房ちゅうぼうで働く女性にインタビューをしている。

スペイン料理ってこういうのなんだ......
きれいな盛り付けで、色もカラフル。
日本だったら、こういう番組はタレントさんがインタビューするけど、この私服の男性は有名なんだろうか......
両腕のタトゥーは、手首までえがかれている。

言語がわからないと、画面から何を言っているのか想像するしかない。
アメリカの様子なら見慣れているけど、ヨーロッパの風景は新鮮だ。

なんだか、画面がカラフルなので気持ちが明るくなってくるな。
スペインってこういう国なんだ。
そういえば、情熱の国って言われているもんね。

ただボーっと色んな事を考えていた。

その瞬間、また日本でのことを思い出し、起きてしまった過去は変わらないんだと落ち込む。
何であんなことになってしまったんだろう。
帰った後のことを想像して、恥ずかしさで体を丸める。

De nadaデ ナダ
画面から知っている言葉が聞こえた。
異国の地、言葉が分かるだけで嬉しくなる。

帰ったら、スペイン語でも習ってみようかな。
私は少しだけ楽しい未来が浮かんでホッとした。

沙織が言ってたな。
「世界は加奈が思っているよりも大きいんだから。時間だって同じじゃないんだよ」

その時は分かってるよって思ったけど、だんだん日本の事を思い出す時間が減ってきた。

あっ、お腹が空いてきた。
私は、あの時以来きちんとご飯を食べていなかったことを思い出した。


ご飯を食べに行こうと思い鏡を見ると、やつれた顔の自分がいた。
陽気な人たちから見たら、日本人って暗いって思われちゃうかな。

なんて、当たり前だけど、この国の人たちは、日本人がいようがいまいが、変わらない日常を送っている。



時間を短縮させる方法


Hola!オラ
Hola!オラ

当たり前のように挨拶を返しホテルを出る。

8時か、日本は......午後3時。
皆、そろそろ給湯室で雑談中かな。
私は、自分のことが話題になっていないか気が重くなった。

太陽の日差しが照り付ける良い天気。
だけど、今の私にはまぶしすぎる。

気分が上がらないまま、朝食が食べられるお店に入った。
Porrasポラス
これ食べてみたかったんだよな。
太いチュロスに濃厚なホットチョコレートをつけて食べるやつ。

写真を沙織に送りたかったけど、緊急時以外は連絡は禁止と言われているので我慢した。


「美味しい~」


一口食べただけで、体中の細胞が目を覚ました気がした。

あんなことがなければ、普通の旅行として楽しめたんだな。


……っていうか、何で傷つけられてんだ私?
ただただ、普通に生きてきて、休日に友達と映画を見て盛り上がって。
誰かを傷つけようなんてことを思わずに生きてきて、無害な人間なら傷つけられていいわけ?


無性に腹がたってきた。


後から沙織が探ってくれた情報によると、二人は大学が同じで、以前からの知り合いだったらしい。


彼女が「女性社員が怖い」と北村に相談したところ、皆の目を私に向けている間に、頑張って仕事を覚えろという作戦だったらしい。

「分かっている人もいるから大丈夫だよ」と、励ましてくれたけど、納得がいくわけがない。

でも、人を不幸にして幸せになるわけないからね。
次に2人と顔を合わせた時、ちょっと頑張って、余裕な雰囲気で接してやろうと決めた。

「悪意は受け取らなければ、送り主に返る」ってブッダも言ってたし。


スペインはランチの時間が少し遅い。
かといって、現地の人のように1日5食は食べられないので、お腹が空かないように、カリカリのクロワッサンも追加で頼んだ。

ランチの時間まで町をぶらつき、カフェに入る。
エスプレッソが体に染みる。
誰も知っている人がいない、この空間が心地よかった。

それからの私は、毎日毎日新しい経験をしていった。
自分から挨拶をしてみる。
微笑んでみる。
明るい色のものを買ってみる。

そうしたら、沙織が言っていた「時間を短縮させる方法」の意味が少しずつ分かってきた。


ここに来てから、耳慣れない言葉と、見慣れない景色に囲まれている。
テレビでも日本のことなどやっていない。
強制的に日本のことを思い出せなくなってくるんだ。


もしあのまま日本にいたら、きっと毎日思い出しては、憂鬱になっていただろう。

しかも、時差が7時間あるから、最初のうちは計算をして、皆が今頃は何をしているか想像してしまっていた。


だけど、そろそろ計算するのが面倒臭くなってきたな。
これが時間を早める方法か。

その時、ふと思った。
本当に日本という国は存在しているのだろうか?
『シュレディンガーの猫』を思い出した。

今、私の世界に日本は存在しない。
そこで起こっている出来事も分からない。

日本という箱を開けるまで、あの出来事が今後の私にどう影響するのか、まだ決まっていないのかもしれない。


無性に考えたくなった。
もう何もなかった過去には戻れない。
だったら、私はどんな未来だったら安心出来るんだろう。

今回、日付変更線を越えることで、時間の解決を早く出来た。
ならば、箱の中身も、自分の望む未来に近付けられるんじゃないんだろうかと思った。

今までの私は無害でいることで安心していた。
でも、結果何をしてもいいやつになってしまったんだよね。


だったら、私はどんな自分になりたい?
あんな事があったから、一度終わって始めなきゃいけなくなった。
だったら、元に戻ったら勿体ない。



利用されるくらいなら、この国の人のように陽気に生きたいな。
だって、本当の私は明るいんだもん。
太陽なら舐められないよね。



なんだったら、スペインで暮らすのも悪くないな~って、いつの間にか、色んなことが大したことがないように思えてきた。



あぁ、本当だ。
吹っ切れると、世界はこんなに大きくて、時間も自由に操れるんだ。

自分次第で変えられることがあるって教えてくれた、大切な友人に早く会って、沢山色んな話をしたくなった。



彼女に似合いそうなカラフルなお土産を探しに行こう。








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#短編小説
#一話完結

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