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彼女の脅威


ある日、少し珍しいことがあった。
 
いつも通りアパートでの一人暮らしを満喫していると、
 
隣に若い女が越してきてしかもしっかり、挨拶したのだ。
 
『よろしくお願いします。隣に越してきた者です』
 
言いながら戸口で菓子折りをくれる彼女。
 
しかも表情は明るく会釈の仕方にも育ちのよさがあり、
 
寧ろその若さに異性としての魅力は感じなかったが
 
愛らしい顔をしていたのと、当時気持ちよく酔っていたのとでより、
 
感心したのを憶えている。
 
それから数週間後、買い物へゆくのに階段ですれ違う時には
 
少し元気がない様にも見えたが、
 
その後ろには同い年くらいの彼氏がいて、
 
侘しかったはずの私さえ素直に、そのささやかな幸福を喜んでいた。
 
そう彼氏の方は短めの髪を少し茶に染めて
 
スカジャンっぽいのを着ていたが、いつの時代も若者は若者だ。
 
だがある夜、それは深夜二時だったか三時だったか忘れたが、
 
眠れない私が小声ほどの音量にしたユーチューブを見ている時、
 
事件は起きた。
 




ゴーーンッ!!
 
その彼女の部屋から聞こえた大きな音に、思わず言う私。
 
「何だ?……まさか」
 
そうそれは明らかに静寂を破る、壁を思いきり殴ったような音。
 
それでも繰り返しとなるが、小声ほど小さかったので
 
寝ていてぶつけてしまう事もあるだろうと、
 
私は更に音を小さくして、視聴を続けていた。だが…、
 
ゴーーンッ ゴーーンッ!!
 
ゴーーンッ!!
 
ゴォーーーンッ!!
 
と隣からの音は初めから大き過ぎたが、それは更に強まり、
 
そのあまりの激しさに辺りでは、窓一つ開かない。
 
「ああ、これは駄目だな。
少しやんちゃな感じがしたから、あの彼氏かな」
 
そう独り言いながら信じるかどうか分からなくても
 
ユーチューブの音量部分を携帯電話のカメラで撮り、
 
すぐ玄関から出る私。
 
ゴンッ…!
 
少し急いだので手をそえるのを忘れて
 
ドアで大きな音を出してしまったが、考えると
 
それまでに何度か彼女の部屋から聞こえたのは
 
楽しそうな笑い声だけだったので、やはり自分の部屋に流れていた音が
 
そんなに大きなものだとは思えず、罪の意識より怒りが勝る。
 
つまりその笑い声の大きさが微かで
 
私がほほえましく思っていたくらいなので、
 
小声程なら尚更聞こえないだろうという論理だが、
 
不可解はつづく。
 
そう長持ちする無添加煙草を吸って携帯灰皿を片手にした私の前に
 
いつまで経っても、相手が出てこないのだ。
 
「あれやるのに、出て来ないんだ…」
 
その後すぐ彼女は引っ越していった。
 
思えば階段で会った彼氏からは何の敵意も感じなかったので、
 
あの彼女の元気のなさは不満の現れだったのではないだろうか。
 
実は一般人の聴力とはあまり当てにならず、
 
相手にとっての騒音が下の階や反対からのしかも
 
別な音だった可能性もあるが、やはり怖いのは
 
壁を殴っていたのが彼氏の方でなく、
 
関心していた彼女本人だった場合だろう。
 
あの爽やかな態度と菓子折りは、私も強く近所迷惑になるのを
 
警戒しなければならないという、絶対の契約だったのかも知れない…!
 
 
 
 
 
あとがき
手土産の内容や時間などの細かい部分ははっきりしませんが、
ノンフィクションでした。それから私も気を付けて生活し、
隣の部屋からいびきが聞こえてくると寧ろ、
安心しているという有り様です。補足ですが
あのゴーンの四連発を言葉にするなら、こんな感じでしょうか。
『それなんだよ、馬鹿がぁ!!さっさと気付けや、この老害っ!!』
そう確かに面白いのですが、やはりしっかり作られた物語には及びません。
という事で退屈された方は、あるいはそうでない方も、
残酷でない暗黒街(上、下)をどうぞ。
大人しい人が読んでも、とても楽しい話になっています。

紹介にあるとおりただ娯楽だった時代の小説を目指しますので、今のところ読者を楽しませる作品のみを書くつもりです。それでよければ応援よろしくお願い致します。