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ライトノベルの賞に応募する(17)

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警察署に着くと、前の車の後部座席から、3人降りた。警察官に左右を固められ、中心に父親が居た。すごく久しぶりに、父親の顔を見た気がする。僕の記憶の中の父親とは全く変わっていた。まぶたは垂れ下がり、目はほとんど開かれておらず、眼球に力がない。頬はこけ、口周りがだらりと垂れ下がり、口は半開きのままだ。おまけに、ぼさぼさに伸びた髪と眉毛と、無精ひげ。清潔感がない。身長は低くないはずなのに、両脇の警察官よりずっと小さく見える。肩が下がり猫背になって、顔は下を向いている。足をひきずるように歩き、だらしなかった。僕の父親はあんな人だっただろうか…。あんなに小さく、頼りない存在だっただろうか。威厳も自信も、人としての尊厳さえも、何もかも失われているみたいだった。僕を高く抱き上げて、笑っていた父親の姿は、もうそこに面影さえもなくなっていた。父親は両手を前に出し、猫背のまま小さくなって、両脇を警察官に抱えられ、警察署の玄関に消えていった。
「あの…。父は…父はどうなるのでしょうか?」
僕は声に出していた。助手席に座った婦警さんが大きく振り返って、顔を出した。
「お父さん心配よね…。もしかしたら何日か警察で過ごしてもらうことになるかもしれない。」
「…。その後は…。」
「あとのことは私たち警察官が決められることじゃないの。」
「…そうなんですね…。」
「お母さん怪我が酷かったから…。お母さんとお父さんに詳しくお話を聞いて、それからね…。」
「…。」
「じゃあ、あなたたちも一回中に入りましょうか?」
「…はい。」
ミワを抱いて、パトカーを降りる。婦警さんに連れられて、警察の玄関をくぐると、エントランスは天井が高くなっていた。そういえば警察署の中に入るのも、僕は初めてだ。なんだか大きな病院の受付みたいだ、と思った。
「じゃあ、ここに座りましょうか。」
病院の受付みたいなソファーがいっぱい並んでいて、その一角に座るように促された。
「もうすぐ、児童相談所の人が来るからね。」
僕たちと並んで座った婦警さんは優しく語りかけた。目の前の時計は22時を指している。いつの間にこんなに時間がたったのだろう。いつもなら、もうミワは布団に入っているはずの時間だ。ミワが眠くなるのも無理はない。ミワは特大のコアラみたいに僕に抱かれて、顔を僕にうずめたままじっとしている。
「何か飲む?」
「いえ…。」
「お茶でいいかしら?」
そう言うと婦警さんは立ち上がって、中につながる廊下に消えた。断ったのに…。
照明は半分くらい落とされていて、薄暗い。カウンターの奥の照明は「受付」のところを除いて、すべて落とされている。
人の気配がしない。何の音も耳に届かない。みんな廊下の奥に吸い込まれて、この世からいなくなってしまったみたいだ。ミワの浅い呼吸を感じる。世界には、僕たち二人だけしか居なくなってしまったのかもしれない。ミワを守れるのは、僕だけだと思った。
 一口の自動ドアが開いて、スーツ姿の男の人と女の人が走りこんできた。男性はそのまま受付に向かって、女の人はきょろきょろとあたりを見回して、僕と目が合った。ゆっくり僕たちの方に歩いてくる。僕の前でしゃがんだ。
「大森シュウくんかな?」
「…はい。」
「はじめまして、児童相談所の高梨です。こんばんは。」
「…あ、ああ。」
僕は挨拶を返せなかった。
男の人もこちらに向かって歩いてきて、その人の隣に並んだ。
「こんばんは。児童相談所の松波です。」
「…大森シュウです。」
「シュウ君と、ミワちゃんね?」
「…はい。」
優しく笑いかけてはくれるが、二人とも目の奥は笑ってなかった。
「今日は大変だったわね?」
「…いえ…。」
「お母さんね、今日は病院で入院することになったらしいの。だから、シュウ君とミワちゃんは、私たちと一緒に来てくれるかな?」
「…はい。」
ミワの体が硬く硬直している。話を聞いているのだ。
いつの間にかさっきの婦警さんも帰ってきていた。
「どーも、初めまして、児童相談所の松波です。」
男の人が立ち上がって婦警さんと会話を始める。
高梨さんは、僕たちの前を離れなかった。
「シュウ君とミワちゃんはね、これから児童相談所っていうところに車で行くからね。ちょっと遠いけど、一緒に行こうね?」
「…。」
「今日はそこに泊まることになるから。」
「…はい。」
「今日はもう遅いから、明日ゆっくりお話し聞かせてね?」
「…はい。」
「じゃあ、松波さん、行きましょうか?」
そう言うと、高梨さんも立ち上がった。今度は婦警さんがしゃがんで、僕にペットボトルのお茶を2本渡してくれようとしたけど、僕はミワを抱えていて、両手がふさがっている。松波さんが受け取った。
「シュウ君、ミワちゃん、もう大丈夫だからね。児童相談所の人が来てくれたから、もう大丈夫だからね。」
そう言うと、僕の頭を撫でてくれた。
「シュウ君、ミワちゃん、さようなら。」
僕は立ち上がって、ミワを抱えなおした。二人の後ろを歩いて続く。婦警さんは玄関の外まで、姿が見えなくなるまで手を振ってくれていた。

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