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静かで熱いボクシング映画 『ケイコ 目を澄ませて』

《本記事には、表題作のネタバレが含まれているかもしれません》


静かに始まり、静かに流れ、静かに終わっていった、、、という印象の映画であった。

ただ、その静けさと相反する「熱さ」みたいなものが、全編を通じてスクリーンから伝わってきた。

本作は、耳の聴こえない女子プロボクサーの「ケイコ」を主人公としたドラマであり、実在する元プロボクサー、小笠原恵子さんの自伝『負けないで!』を原案としているらしい。

原作は未読である。

ケイコがプロボクサーを続ける上での葛藤、そして彼女と周囲(家族や所属するボクシングジムの関係者など)との人間模様も交え、ストーリーは進んでゆく。

冒頭で述べたとおり、私は本作を観終わった後、まず「静かな映画」だったと感じた。

映画から実際に聞こえてくる「音」の総量が少なく感じたという、そのままの意味である。

それは、耳の聞こえないケイコを主人公とした話であるため、いわゆる「余計な音」を排除するという演出があったのかもしれない。

ただし、それと同時に「熱さ」、ときには拳を握りしめるほどの「熱量」を一貫して感じ、「静かなのに熱い」という一見矛盾するような後味の映画でもあった。

その「熱さ」も派手なBGMや目を奪う視覚効果に演出されるものではなく、主人公のリングの上、そして外での「闘志」が、ひたすらに「静かに熱い」のである。

時折、映画であることを忘れ、あたかも1人のボクサーのドキュメンタリーを観ているような錯覚にも陥りそうになる作品であるように感じた。

私は映画の中の「ケイコ」に加え、「プロボクサー 小笠原恵子」にも興味を持ったが、彼女のボクサー時代の試合をいくつか観ることができた。

足を使って器用に距離を取る、いわゆるアウトボクサーとは真逆で、典型的なインファイトのスタイルであると感じた。

加えて、器用に真っ直ぐなパンチにフック、アッパーなどを使い分けたり、顔面とボディを打ち分けたりといったタイプでもなく、どちらかというと至近距離で、真っ直ぐなワンツーで打ち合いにいく感じである。

パンチ力や気迫、ハートといった総合力が勝っていれば打ち勝つし、そうでなければ、あっさりとダウンを取られたりするという、何とも潔いファイティングスタイルであると感じた。

作中でも、ジムの会長に「才能はない」などと断言されたり、トレーナーから「怖がって(前に)突っ込み過ぎだ」などと指導を受けたりしている。

これに対し、ケイコは(筆談で)きっぱりと「痛いのは嫌いです」とトレーナーに答える。

う~ん、これはケイコの率直な性格を表していると感じたほか、個人的に、少し気持ちが何かわかるような気もして、ウンウン頷いてしまった。

私もケイコとは比べ物にならないレベルであるが、ダラダラと格闘技を続けている。

要するに「痛いのは怖い」ので、ときに自分のダメージが最小限になるような闘い方に固執してしまうことがあったりする。

そして、トレーナーに毎度のように同じことを言われたりするのである。

(私の場合、プロの格闘家とはほど遠いレベルなので、ときにスパーリングの練習がきつくなると、「勝ちに行く」のではなく、「負けないように、時間が経つのをひたすら待つ」ような姑息な闘い方をしたりもするが。。。)

実際の小笠原恵子さんが、どのような人柄なのか詳しく存じ上げないが、作中のケイコは無骨で不器用で、いわゆる「忖度したり、空気を読んだり」が苦手なキャラとして描かれている。

ときには、「えっ?それはちょっと失礼では?」みたいなことも、あまり気にせず、そのまま言ったりやったりする。

そんな不器用さは、自分の弱さを周囲に率直に打ち明けることができない、といった性格描写に表れていたりもする。

作り笑いなども苦手で、メディアから「笑顔で!」とか言われて、無理やり笑おうとしている姿は、『ロッキー3』でロッキーが無理やりヘンなカッコさせられてCM撮ってるシーンを思い出して、ニヤニヤしてしまう。

(余談だが、『ロッキー3』は「チヤホヤされ始めた格闘家の慢心」と「何も持たない格闘家のハングリーさ」の対比とか、その他かなり美味しさが詰まった作品で、私はシリーズ中でも大好きである、、、が長くなりそうなので、それは別の機会に)

何かファイティングスタイルを見る限り、ご本人も何となく、不器用でときにぶっきらぼうで、でも一本気で真っ直ぐな潔い性格の方なのかな、、、とか思ったりした。

途中、母親の反対を受け、葛藤の末、会長宛に「少しお休みしたいです」とか書いてみたり、その後、猛烈に練習再開したり、、、とかも、1人でもがくご本人の性格が垣間見えるシーンだと感じた。

そして、そのシーンについても、一瞬、、、何となくわかるぞ~みたいな気分になったが、これについては、むしろ簡単に分かったような気分になるのが失礼かとも思い直した。

格闘技なぞは常に「続けない」決定をする理由が山ほど転がっており、何かしら「続ける」理由を見付ける方がむしろ奇妙だと感じることがある。

その上、耳が聞こえないというハンディキャップを背負い、且つ「プロ格闘家」としての活動を続けることに対する葛藤は、やはりご本人にしか分からないことであろう。

さて、「ケイコ」を演じた岸井ゆきのさん、本作に備え、ボクシングのトレーニングも頑張られたようである。

作中では笑うシーンが少なかったが、ジムの会長さんと鏡の前で一緒に、半分泣きそうな顔で、半分笑いながら、シャドーボクシングやってたシーンが、「いい表情且ついいシーン」だと思った。

『百円の恋』安藤サクラさんばりに「フンフン」とシャドーをこなしまくる感じではなかったが、コンビネーションのミット打ちなど、なかなかにカッコ良かった。

何度か出てくるジム内でのリズミカルなミット打ちが、見ていて実に心地よい。

余談ではあるが、私もチケット会員として、ボクシングジムで元世界チャンピオンの会長さんにミットを持ってもらったことがある。

ミットを持つ方が上手いと、自分の打つコンビネーションがタイミング良くミットに当たる音と感覚が、ホントに快感なのである。

上に書いた「チケット会員」制度を採用しているジムの場合、本格的に長期入会する覚悟をせずとも、回数券を買って「10回だけお試し」とかでジムに通ったりできる。

実践の練習(殴り合い)をせずとも、ミットやサンドバックを無心で打ち続けることで、色んなストレス解消になったりするかもしれない。

女性とか中年の方も歓迎してくれるジムがあると思うので、興味のある方は、ぜひ試されてはいかがだろうか。

チョイチョイ映画から話が反れるが、、、あと本作は、たまにサブリミナル効果みたいに出てくる「川」(荒川?)が綺麗で印象的だったことも追記しておく。

とにもかくにも、ケイコのようにヘラヘラ卑屈にならず、余計なことに気を遣い過ぎず、無骨に物事に打ち込む人物って、やっぱり惹かれる部分があるな。

本作に「静かに熱く」気持ちを揺さぶれたい方は、ぜひご覧いただければと思う。

ところで、失礼だが、仙道敦子さんって、久しぶりに見たような気がする。

相変わらず、お綺麗であった。。。
(えっ! こんな終わり方?!)

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