1000文字(恐怖コメディ)/恐怖症に取り憑かれた男
「アイツは、恐怖症に取り憑かれているからな」
俺は呟いた。
親友の武藤は、以前から様々なものに取り憑かれていた。
俺は、武藤のアパートに向かっている。
アレルギー体質。
バービー人形の収集。
ファミコンのソフト(使用不可)。
呪物など、よくわからないもののコレクション。
そして、もっとも顕著なのは
『恐怖症』である。
武藤は元々、優秀な学生だったのだが、突如、現れた『恐怖症』のせいで、エリートコースから陥落した。
何が切っ掛けだったのだろう。
エリートを維持するためのプレッシャーが、恐怖症を呼び起こしたのだろうか。
成績の悪い他のクラスメートをバカにしていた罰が当たったのか。
初めに現れたのは、“尖端恐怖症”だった。
「ぐうわっ」
教室に叫び声が響いた。
保健室に運び込まれた武藤は
「鉛筆やシャープペンの先が怖くて、テストを受けられなくなった」と話した。
それから、武藤は尖りすぎないように家でわざわざ丸くしてきた鉛筆を、授業やテストに持参するようになった。
その後は、武藤は目も当てられない成績となった。
俺よりも、酷い点数となった。
エリートの没落は、家族にも本人にも、悲惨な結果をもたらす。
酷く攻撃されて蓄積したダメージのせいで、立ち上がれない格闘家。
最弱のファイター。
悲惨なのは、パンチを放っているのは武藤本人だということ。
武藤と連絡がつかない。
俺は心配になり、こうしてタクシーで武藤のアパートに向かっている。
「大丈夫か」
俺は武藤の部屋に入っていった。
大きなヘッドホンをして、目隠しをして、六畳一間の部屋で震えている男。
それが、武藤だった。体重も、40キロ台まで落ちていそうだ。
「掴まれ」
俺は武藤を背負った。
エレベータもタクシーの中も要注意。
閉所恐怖症なので、空間を意識させないように、気を遣う。
「どこ行くんだ」
武藤。
タクシーの中も、大きなヘッドホンと目隠しをしたままだ。
目的地が見えてくる。
隅田公園。
江戸時代から続く桜の名所。
春の訪れ。
俺は、武藤に春の息吹を感じて、元気になってもらうつもりだった。
「お花見なんて久しぶりだろう」
武藤の目隠しを外してやる俺。
「おおっ」
武藤は初め感激していたようだが、青い顔になり、そのうちブルブル震えだした。
「……俺、集合体恐怖症なんだ。だから、桜の花がブツブツして見えて、気持ち悪いんだ」