【時短系料理人3】
我が輩は、ジョンである
名前は、ジョン
『ブロロロロロ』
今日は、久しぶりに我が輩たちの、テリトリーに車が入ってきた。
ヘッドライトが、まぶしい
我が輩の数十匹いる仲間たちも、興奮を隠せない
みな、腹を空かせている
夜。人間どもは誰もいない。ここは、我が輩たちの天下だ
飛んで火に入る人間ども
バカな奴らめ。襲ってくれと言っているようなものだ
『ブロロロ』
車は、我が輩たちを探しているようだ。ヘッドライトが、我が輩の部下の眼球に反射している。
東京人だ
ナンバーを見れば、ちゃんとわかる。高速道路を使って、東京から来たのだろう
東京から、やってきた獲物。運動不足の東京人は、脂肪が溜まっている。栄養価も高くて、喰うとうまい
東京人の肉は、我が輩たちの間でも、人気だ。大評判だ
仲間は、よだれをダラダラ垂らしている。
『ブロロロ』
車はエンジンを掛けたまま止まっている。
あの車には、見覚えがある。だが、どこの車だったろう
我が輩ジョンも、ご老体。かつての記憶力も損なわれてしまった
――我が輩の記憶も途切れがちだ
『ブルルル』
車はエンジンを掛けたまま、止まっている。
記憶の断片、断片、断片……
――良い匂いがしている
(ファミリーの匂い)
昔、我が輩が生まれた街のファミリーの匂いだ
「坊ちゃん」
坊ちゃんの匂いがする。優しい坊ちゃん
我が輩の記憶が、途切れ途切れに蘇ってくる
『ジョン、自分はジョンに何かあったら、守る。僕たちは一心同体だよ』
優しい坊ちゃん
あれから、何年たったのだろう
『ジョン、ジョンを捨てたパパを許しちゃダメだよ。いつか復讐しよう』
優しい坊ちゃん
『パパを殺せ。恨みを晴らせ』
坊ちゃんなら、こう言うだろう
優しい坊ちゃん
『復讐をして、絶対にパパを殺して』
坊ちゃんの声が、聞こえた気がする
気のせいだろうか
耳も遠くなった
老眼。坊ちゃんとママさまが、あの車に乗っているらしい。
だが、ここからだとよく見えない
嗅覚も落ちた。ファミリーの匂いの記憶も、途切れがちだ。
もう、はっきりしない
――車の助手席にあるケースは、何だろう。フリーザ用のケースみたいだ
「坊ちゃんに、何かあったのだろうか」
「わからない」
我が輩の頭の回転も、かつてほどではない
坊ちゃんと約束した頃は、我が輩も若かった
血気盛んだった
――だが、我が輩の老齢が判断を鈍らせている
(むやみな殺生は良くない)
今日のところは、人間どもの命を奪うのはやめておこう
『ウウゥウウ。ワンワン』
撤収だ
我が輩は、仲間たちをひきつれて山の中に引き返していった
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