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こんなことがあった 「お母さん、帰ってこないから」

 あの出来事は忘れない。
あの子を思い出して、あの子の名前を検索する。 
こんなにたくさんの技術が発展しているのに、
知りたい人の行方は分からないままだ。




 こんなことがあった。




 長子が小学生の頃、
長子のおともだちのみゆちゃんが
遊びに来ていた。
そして、なかなか家に帰らなかった。


「みゆちゃん、もう5時過ぎてるから
お家に帰らないと。
おかあさん心配するよ」

「大丈夫です」

「じゃあ、あと15分くらいね」


 たまに遅めに帰る日も
あったけれど、
その日はあまり気にしていなかった。


 ある時、また帰らないので話を聞くと、
シングルマザーの母親が、
2日間家に帰ってこない予定だという。
よくあることなのだそうだ。
みゆちゃんはひとりっ子なので、
ずっとひとりきりになるらしい。
母親が帰ってこない理由は仕事のためだという。



 2日間は、うちでご飯を食べさせ
夜の7時半になると家まで送った。
小学生高学年でもないみゆちゃんを、
ひとりにさせているのにはびっくりした。


 それから母親がいない日は
うちで夕飯を食べさせて、
朝ごはんをもたせて家に帰した。


 そんな日々が続いたある日、
みゆちゃんの母親がうちに乗り込んできた。
うちの娘に関わるな、
迷惑だ、と言った。
若い母親だったわたしは、
ただ驚くだけで何も言えなかった。
今だったら、
「あなたの虐待を知られたくないからでしょ!!??
ネグレクトしてるの知ってますよ。
警察に通報します」
と言うと思う。



 それからみゆちゃんは、
母親がいない日に
内緒で来るようになり、
母親が何日も家をあけるのは
しょっちゅうだった。



 わたしは疲れきってしまった。
5人もすでに家族がいて、
仕事もしているのに、
手間も食費も一人分追加になってしまったのだ。
しかも、下の子たちのお風呂の時間に
みゆちゃんを家に送らなくてはならない。
それでも、みゆちゃんの母親が
「いつもお世話になっていて、すみません」
と、ひとこと言うような人なら、
わたしはこころよく
面倒をみれたと思う。



 ただ、あの母親は
近所で会うとわたしをにらめつけてきた。
一緒にいるみゆちゃんは
わたしのことを見ようともせず
知らん顔だ。



 なにかがおかしい。
なにかが違う。
“こどもSOS”に電話して相談してみたが、
話を聞いてくれるだけで具体的な解決策がない。
とにかく疲れた。眠い。



 そんな頃、
夜中もうろうろしているみゆちゃんは
近所で噂になりだした。
遊びに来ても帰りたがらなかったり、
夜ひとりでコンビニにずっといるみゆちゃんに、
近所のママたちが声をかけて
みんなが理由を知っていった。



 ある時、
近所のママ友である三村さんが家に来た。

「きゆこちゃん。みゆちゃんのママ、
みゆちゃんを何日間もほったらかしにしてるの知ってる?」

「知ってる。仕事で出張らしいよ」

「ウソだよ、出張する仕事はしていないよ。
男って話だよ」



 わたしは三村さんに、
みゆちゃんがいつもうちに来ているのに
母親には怒鳴られて、
会うとにらめつけられて、
疲労もたまってきて、
どうしたら良いかわからないことを話した。
その頃には、みゆちゃんの母親が1週間ほど帰らないことが
普通になっていた。




 今思うと、あの女はもしかしたら、
わたしが食べさせていることを
知っていたのかもしれない。



 みゆちゃんが学校を
休みがちになった。
どうにか改善してあげたかったが、
方法がわからない。
わたしが学校に訴える→また母親が乗り込んでくる
家に来させるのをやめる→わたしの性格上気になるし、子どもに罪はない
わたしがみゆママに注意する→普通じゃないから何されるか怖い
どれも良い解決策ではない。



 すると、三村さんは
とりあえず週の半分は、
自分のうちでみゆちゃんにごはんを食べさせて
話もしてみると言ってくれた。
少し気が楽になったが、
3日後に電話が来て
「夫が『それは解決策でないから、やめろ』と言うのよ」
という。
公的機関に任せるべきで、
その日その日でご飯を食べさせたからといって
解決できるものではないと言ってるらしい。
たしかに正しい。



 近所で噂が拡大し、
三村さんも訴えて、子ども会の会長が
学校に相談に行った。
子どもが1人でいることを知っても、
学校はなにもしないままだった。



 みゆちゃんの母親は
家を空ける日数が増えていった。
3日間が5日間になって、
1週間になり、
いつの間にか
2週間以上空けるようになっていた。


  みゆちゃんの母親が
3週間以上帰ってこないある日、
公的機関がみゆちゃんを迎えに来た。
みゆちゃんは児童相談所に一旦預けられ、
母親は呼び戻され、
これからはそういうことがないように注意し、
国が見守るとのことだ。



 解決した、と思った。
良かった。
さすがにみゆちゃんの母親も反省するだろう。
彼女ももう子どもをひとりにして
外泊することはしなくなるだろう。
これでみゆちゃんも寂しい思いをしなくてすむ。
わたしももう悩まなくていい。
みゆちゃんに今度会ったら色々話を聞かなくちゃ。
ひさしぶりにぐっすり眠った。



だけど、驚くことに
解決しなかった。
みゆちゃんの母親に何度電話をかけても繋がらないらしい。
1日たち、
3日たち、
1週間がたち、
2週間がたった。
1ヶ月たっても
みゆちゃんの母親は戻ってこない。




 会長さんが校長先生から聞いた話では、
母親は一切連絡が取れず、
行方知らずになっているそうだ。
仕事も無断欠勤していて、
アパートの家賃は滞納して、
強制退去させられたそうだ。
学校に出している調査書や
職場に出している履歴書の内容は
すべてでたらめで、
実家も存在せず、
誰とも連絡が取れないらしい。
すべてが架空で
名前も本名じゃないかもしれないという。



 驚いた。動揺した。
帰ってこないとは想定外だった。
みゆちゃんが心配になり、
児童相談所に電話したが
面会は一切出来ないと断られた。
差し入れもだめだと言われた。





 みゆちゃんとはそれきりだ。



 あれから10年以上の月日が経った。
あの子のことをたまに思い出す。
目がとても可愛らしくて、
楽しそうに学校の話をしていた。



 あの子はどんな大人になったのだろう。



 賞を取ったり、
店長になったり、
なにか記事になるようなことをしていたら、
あの子を見つけられるかもしれないと思い
みゆちゃんの名前を検索する。
今まで調べてきたけれど、
みゆちゃんに該当する人物はいない。
名前が合っていても
年齢が合っていなかったりした。



 母親があのまま帰ってこなくて
そのまま施設で育ったのか、
何年かたってやっと母親が迎えに来て
また二人で暮らしたのか、
それさえも分からない。
もしかしたら、
名字が変わってしまったから、
見つけられないのかもしれない。



 
これからも、
わたしはあの子をたまに思い出し、
そして検索するだろう。
見つけるまでずっと続けてしまうだろう。



 

ストーリー中毒者なのでは?と悩む時があります。 でも、お酒じゃなくてよかった?ギャンブルじゃなくてよかった? 今日はなんの映画を観ようかな?どんな本を読もうかな? 誰かの観よう読もうをサポートできたらうれしいです♪