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チョコブラウニーサンデーを作り続けて見えてきたもの


高校生の頃、私は某ファミレスでバイトをしていました。

そのファミレスでは沢山の学生が働いていましたが、基本的に女子はホール係、男子はキッチン担当でした。

ホール係の仕事は、お客様の案内、お冷を出す、注文をとる、料理を運ぶ、デザートを作る、テーブルの皿を下げる(なぜかこれをバッシングと言うんですよね)、コンディメント(調味料)の補充など。

キッチンの仕事は、ある程度下処理された食材やレトルトを温めたり、焼いたり、揚げたり。それぞれボイラー、オーブン、フライヤーと担当名があって、キッチンの男子達は「今日俺フライヤー最短記録出しちゃったぜ!」「午後連続12個ラザニア作ったわー、オーブン極めたわー」などと料理提供時間や個数をキャッキャと楽しそうに競っておりました。

基本的に料理はキッチンの人が作るのですが、何故かデザートだけはホールの担当になっていて、スイーツ好きの私はデザートの注文が入るのがとても楽しみでした。

ただ、デザートはホールの仕事をこなしながら、合間に作らなければならず、デザートを作ることになかなか集中できませんでした。デザートのみの注文であれば、注文を受けてすぐ作り始めれば良いのですが、食事をしてその後でデザート、という場合はさあ大変です。


食事が終わった皿を下げデザートを提供する

たったこれだけの何が大変なのかと言われそうですが、この20文字の中には私の高校時代の汗と涙が詰まっているのです(いや、おおげさ)

まず、お客さんが一人の時は良いんです、食べるのは1人だから。その人が食べ終われば食事は終わり。デザート作りはじめてオッケー。

問題は大勢で来たお客様。食事をする速さがそれぞれ違うので、デザートを作り始めるタイミングを見計らうのも一苦労です。

あのお皿少し料理が残ってるけど、かれこれ十分は手をつけてないから、食べ終わっているだろうと思って、「こちらお下げしますか?」と聞くと、「まだ食べます(イラッ)」と返されたり。失礼致しました、と引き下がりさらに十分後、チラッとさっきの皿を見ると…食べないじゃん!!さっきと全く変化のない状態の皿には目もくれず、おしゃべりに夢中なお客様…今度こそ、と思って「デザートはお持ちしてよろしいでしょうか?」と尋ねると「食後って言いましたよね?まだ食べてるんですけど!」と怒られる始末…

あの頃まだあまりバイトに慣れていなかった私は、大人数で来店するお客様の対応が苦手でした。


ある日、サークルの仲間達と思われる大学生10人が入店してきました。

テーブルを移動して10人座れる席を用意し、お冷とおしぼりを用意し、その間にも他のお客様の料理が出来たとキッチンから呼び出しの音が鳴り、すでに若干焦っている所に「注文お願いしまーす」と元気な声。

「豚しゃぶ定食2つと、ジャンバラヤ4つー、全部ドリンクセットで。あと、ポテトと、クラブハウスサンドー。え、クラブハウスサンドにポテト付いてるの?あ、じゃやっぱポテトは無しでー。あとタンタンメンとラザニア一つずつ。あ、ごめんなさい、やっぱりラザニアは二つで。え?飲むの?じゃ、生ビール二つ。え?俺も飲む?もー、先に言ってよー。すみません、やっぱり最初のドリンクセット二つなしで生2杯追加で。は?まーくんく聞こえない。もーちゃんと決めてから言ってよー。ホントごめんなさい。やっぱりタンタンメンはキャンセルで、ほうれん草のソテーとポテト、あとから揚げ下さい。あと食後にチョコブラウニーサンデー10個お願いします。」

はい、もうパニックです

注文はハンディ(ファミレスの店員が注文取る時に使う電子手帳の様な機械)に入力していくのですが、注文の取消しや数の変更、ドリンクセットにしたりやめたりの訂正が矢継ぎ早に続くと、処理能力が追いつかず(ハンディではなく勿論私の)訳がわからなくなります。

モタモタ最初の方のポテトの注文を取り消している間に、もう生ビールの所まで注文が進んでいて…必死で生ビールの入力をしながら、あれ、さっき何頼まれたっけ…えーとえーと、と思っている間にもオーダー係の可愛い女子大学生は非情にも注文を続けてきます。待って待って、タンタンメンキャンセルってことは入力しなくてもいいのか、あれ?でももう一つさっき言ってた様な…ってか、結局ポテト頼むんかい!

そしてまさかの全員チョコブラウニーサンデー!

10人が食事を終えるタイミングを見計らって、逆算してデザートを作りはじめないといけないけれど、ビール飲んでる人もいるし、話に夢中な人もいるし、いつ食べ終わるか全然わからん…でも全員が完全に食事を終えてから一気に10個サンデーを作り始めたら、いつ出来るか分からないし、ものすごく待たせてしまうし…

どーしよどーしよと思っているところに救世主登場。社員のAさんです。

Aさんはどんなに店が混んでいても、いつも飄々としていて、私は彼が焦っているところを見た事がありません。そして仕事がめちゃくちゃ速い!

パニックになっている私を見かねて、Aさんがチョコブラウニーサンデー作りを手伝ってくれることになりました。

グラスにチョコレートソース、チョコプリン、切ったバナナを入れる。スプーンでチョコクランチを入れ、スクープでチョコアイスとバニラアイスをすくってその上に乗せ、生クリームを絞る。ブラウニーは四等分にカットし、バランスよく載せる。上からチョコレートソースをかけ、最後に粉砂糖とミント。

もちろん、デザートの作り方にはマニュアルがあって、Aさんはその通りに作っているだけなのですが、とにかく作業が速い。そして鮮やか。

私が必死で2個作っている間に、サクサクと、飄々ともう8個出来てる!

さらに私のと見た目が全然違う

私もマニュアル通りに作っているし、サンデーに入れる材料も量は全て決まっています。バナナは三切れ、アイスはレモン型のスクープでひとすくい、チョコプリンもブラウニーも大きさは同じはず。

でも何故かAさんの作ったチョコブラウニーサンデーは美味しそうなのです。立体感があって、何だかおしゃれ。運ばれてくるのを見ると、わぁ!と歓声が上がる感じ。

私のは…ごめんなさい!でもちゃんとマニュアル通りに入れるべきものは入っています!って感じ…

とにかくなんとか無事に10個のチョコブラウニーサンデーを提供して、その日は事なきを得ました。


その後もバイトのシフトに入る度に私はチョコブラウニーサンデーを作りました。何度も何度も作りました。しかし、やっぱりAさんの様には上手く作れません。どこか…ダサいのです。何か立体感が無くぺちゃっとしているのです。(溶けているわけではない)センスが無いのでしょうか。

しかし、何度も何度も何度も何度も同じサンデーを作り続けていくうちに、私にも段々美味しく見せるコツが掴めてきました。

そしてそれは「こうすると何故かわからないけど良い気がする」という、非常に感覚的なものでした。何度も同じ作業を繰り返すことによって、ある時急に気付くのです

バナナを置く位置少しずらそう…

アイスを置く時はほんの少し、やりすぎない程度に斜めに重ねた方が良い気がする…

ミントはフワッとのせた方が綺麗かも…

ブラウニーを乗せる時、少しひねって乗せるイメージだとバランス良い…?


コツを掴んでから私のチョコブラウニーサンデーは見違える様に美味しそうになりました。ただ、もしこのコツが元からマニュアルに書いてあったとしても、最初から上手くは作れなかったと思います。

何度も繰り返し手を動かしたことによって、感覚的に「私の手がチョコブラウニーサンデーを理解」した、そんな気がするからです。


バイトを辞めるまでの数年間、最終的には何百個単位で私はこのサンデーを作りました。

でもAさんのチョコブラウニーサンデーにはまだまだ敵いません。

きっとAさんは私には想像もつかないぐらい何度も何度もアイスをすくい、ブラウニーを飾り、生クリームを絞ってきたのでしょう。その積み重ねによって生み出された彼なりのコツがきっと沢山隠されているに違いありません。


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近頃は仕事でも、まずは検索して「出来るだけ最小限の努力でコスパ良く結果を出す」事が当たり前になっていますが、この高校生時代のバイトのように、ただひたすらに愚直に同じことをし続けることで得るものもあるのだと思います。

効率よく仕事をするのは大事なことだし、日々心がけていますが、仕事がうまくいかず落ち込んでいる時、「コスパは悪くとも諦めずに何度も同じことを繰り返していれば、何か手の中に掴める瞬間がやってくる」というのが私の心の支えになっています。

そして今でもふと思い出す事があります。

何十回何百回何千回と繰り返し繰り返し作ることによって完成したであろう、あの立体的にそびえ立つ、美しいチョコブラウニーサンデーを。

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