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大阪弁で読むソクラテス——プラトン『エウテュプロン』より①(ギリシア語対訳)

ソクラテスは古代のギリシア語(もっと詳しくいうとアッティカ方言)で話していました。現代の日本とは場所も時代も大きく隔たっています。

現代の日本語で古代ギリシア語を訳そうとする人は大抵「標準語」で日本語訳をしますが、ソクラテスはいわゆる「標準語」よりも大阪弁の方が似合うと思います。これはゆえなきことではなく(まあソクラテスからすればゆえなきことやけれども)、ソクラテス自身も自分の言葉はたいそうなもんちゃうねん的なことを言っています。

私はもう70歳にならせてもらいましたけど、裁判所に上がってくるのは今初めてで、ここのしゃべり方に関して言えばもう外人さんみたいなんですわ。もし私がほんまに外人さんなら、なまってたり、方言で話しても多めに見てくれはるやろうから、私が生まれ育ったしゃべり方でしゃべっても、大目に見てくれてええんちゃいまっか。

プラトン『ソクラテスの弁明』17D

↑のこの大阪弁はこちらの記事から読めます。(『ソクラテスの弁明』を大阪弁で読む

というわけでソクラテスの言葉をわたくし自身の母語である関西弁の中の大阪弁(細かく言うと泉州弁ですがこの辺はごっちゃになっていると思います)で訳します。今回は『エウテュプロン』から。ちなみに場面としては『ソクラテスの弁明』の前です。

ギリシア語をある程度知っている人を想定して書いていますので、ギリシア語と解説は飛ばして訳だけ見ても面白いと思います。

以下で登場する参照文献

・堀川→堀川宏『しっかり学ぶ初級古典ギリシャ語』, ベレ出版, 2021年(第2版).
・チエシュコ→マルティン・チエシュコ著, 平山晃司訳『古典ギリシア語文典』, 白水社, 2019年(第3版).
・LSJ→Liddell and Scott, A Greek-English Lexicon.  Logeion(オンライン辞書)で引くことができます。

『エウテュプロン』について

『エウテュプロン』は副題に「敬虔について」とあるように、敬虔をめぐっての、エウテュプロンさんとの対話篇です。

プラトンの対話篇の中ではあまり有名な方ではないですが、初期対話篇に見られる、ソクラテスの神に対する態度を探るにあたって重要な作品である——とわたくしは思っています。

本文

ΕΥΘ. τί νεώτερον, ὦ Σώκρατες, γέγονεν, ὅτι σὺ <τὰς ἐν Λυκείῳ καταλιπὼν διατριβὰς> ἐνθάδε νῦν διατρίβεις περὶ τὴν τοῦ βασιλέως στοάν;(<>が分詞のかたまり)
οὐ γάρ που καὶ σοί γε δίκη τις οὖσα τυγχάνει πρὸς τὸν βασιλέα ὥσπερ ἐμοί.

ΣΩ. Οὔτοι δὴ Ἀθηναῖοί γε, ὦ Εὐθύφρων, δίκην αὐτὴν καλοῦσιν, ἀλλὰ γραφήν.

St.2a(※ステファヌス版のページ番号)

直訳

エウテュプロン:何か奇妙なことが(τί νεώτερον)、ソクラテスよ(ὦ Σώκρατες)、起きたのですか(γέγονεν;)というのも(ὅτι)あなたがリュケイオンでの間暇を後にして( σὺ τὰς ἐν Λυκείῳ καταλιπὼν διατριβὰς)、ここで今(ἐνθάδε νῦν)、バシレウスの柱の周りで(περὶ τὴν τοῦ βασιλέως στοάν)過ごしているのですから(διατρίβεις )。思うに(που)あなたも(καὶ σοί γε)私と同様に(ὥσπερ ἐμοί)バシレウスへと(πρὸς τὸν βασιλέα )たまたま何か訴訟がある(δίκη τις οὖσα τυγχάνει )のではないでしょうから(οὐ )。

ソクラテス:少なくともアテナイ人たちは(δὴ Ἀθηναῖοί γε)、エウテュプロンよ(ὦ Εὐθύφρων)、それを(αὐτὴν)訴訟(ディケー)(δίκην )ではなく(Οὔτοι)公訴(グラフェー)(ἀλλὰ γραφήν)と呼んでいます(καλοῦσιν)。

解説

νεώτερον…γέγονεν:νέοςの比較級で、直訳すれば「より新しいこと」だが、しばしば予想外のことや、奇妙なこと("unexpected, strange, untoward, evil", LSJ, II, 2)を指す。γέγονενはγίγνομαιの完了系(cf. 堀川, p. 262).

Σώκρατες:Σωκράτηςの呼格。アクセントに注意(cf. 堀川, p. 108)。

ὅτι:理由を導く節。

καταλιπὼν:καταλείπω. アオリスト分詞は主動詞に対して前に起こったことを指すので「(いつものように)リュケイオンで過ごすのをやめて「から」今〜している」の意。

περὶ τὴν τοῦ βασιλέως στοάν:ギリシア語ではよくある「定冠詞A + 定冠詞B + 名詞B + 名詞A」の順番. περί + 対格で「〜(どこどこ)の周りに」(cf. チエシュコ, p. 336)。

οὖσα τυγχάνει:τυγχάνω+分詞で「たまたま〜が起こる(happen to…)」の意, LSJ II, 2。

βασιλέα:αは長い(ᾱ)。βασιλεύςの第三変化名詞の変化を確認(cf. 堀川, p. 109)。

καλοῦσιν:καλέω. "call A B"の構文で "δίκην αὐτὴν καλοῦσιν(それαὐτὴν(i.e.その訴え)をδίκηと呼ぶ")。καλέωは  -εωタイプの母音融合同士(アクセントに注意)(cf. 堀川, p. 93)。

Οὔτοι δὴ…γε:否定辞のοὐ+注意を喚起する小辞τοι→Οὔτοι. δήは話を続けるニュアンス。Ἀθηναῖοί γεで「(他の人はいざ知らず)アテナイ人(一般は)」という制限のニュアンス。

大阪弁訳

エウテュプロン「ソクラテスさんよ、なんかけったいなことが起きましたんか、(いつもみたいに)リュケイオンで楽しゅう(たのしゅう)するんやめて、こんなとこで、バシレウスの柱んとこで時間を使う(つこう)てるさかい——まさかやけど、自分もわたしみたいにバシレウス(政府高官)にたまたま訴えに行くとこなわけちゃいまっしゃろ。

ソクラテス「アテナイのみなさん方はな、エウテュプロン、これを「ディケー」(訴訟)言わず「グラフェー」(公訴)言うてんねん。






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