別れ際が気まずい日本人
アン・ハサウェイが主演の「マイ・インターン」を見た人は
「さよなら(Sayonara)」という言葉が海外でも認知度が高いということに気づいたことでしょう。
日本語だ、ということを知られているかどうかは別として。
この言葉。語源が非常に日本文化らしくて私は好き。
「さようなら」 ⇒ そうであるならば
日本人は直接的な表現を好まないので『私は帰りたいです!』 とは言いづらかった。よって、
もし、もう帰るべき時間だというのであれば(=左様なら or ”さ”あらば)、お別れしましょう。
いやいや、別に私はあなたと早くお別れしたいと言っているわけではないのです。ほら、太陽も沈んできているわけですし。からすも鳴いていることですし。ほら。ね?
と言っているわけです。
世界的には中国語の「再見」やフランス語の「Au revoir」ドイツ語の「Auf wiedersehen」などの”再び会いましょう”のニュアンスが圧倒的に多い。
日本人は未来への期待よりも、その場での気まずさを見ているんですかね。知らんけど。
このお別れについては、京都にはもっと不可解な文化がある。
「ぶぶ漬け(お茶漬け)でもどうどす?」と言われた場合、これは「そろそろお帰りください」という意味だという。
現代社会ではもう廃れている文化でしょうけど、真の日本社会で生きていくには、こういう”おもんばかる” という能力が必要になる。
難しいね。
文化と言葉は切っても切り離せないものですが、
こうして「NOと言いづらい文化」が垣間見えるのも面白いですね。
言語の面白さについては
その他にも記事を書いてますので、併せて読んでいただければ幸いです^^
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