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自宅が火災に巻き込まれて知った世界②

完全に真っ黒に崩れ落ちた火元。立ち上る真っ赤な炎。地獄のような光景だった。

ようやくファミマの駐車場に着き規制線の貼られた先の細道に入ると、不安げな顔をした近所の人たちが皆一様に上を見上げている。
私も見上げると真っ赤な火柱が鮮明に見えて、自宅は真っ黒な煙に包まれて、自宅1階に向けて2台の消防車が放水をしている状況だった。

見たくなかった景色だった。
想像以上の大きな火事だった。

火元の自動車整備工場の隣に住む次女の同級生Aさん一家の安否も心配だった。

Aさんの自宅前に人だかりができていたので駆け寄ると、Aさんと同居しているおじいさんとおばあさん、そして小学生のお子さん2人が呆然と空を見上げていた。
火の勢いは鎮まることはないまま赤々と燃え上がり、バチバチとすごい音をたてながら火花が散り、火元の工場と母屋はもう壊滅的に見えた。

目が合ったおばあさんが今にも泣き出しそうな顔をしてこちらを向いたので、私は迷わず抱きつくと、おばあさんも力強く抱き寄せてくれた。

「みんな大丈夫?」
「大丈夫。家には誰もいない。でも猫が…猫たちがダメかもしれない」

Aさん家族はみんな無事だった。
隣の一人暮らしのおじさんも大丈夫だった。
火元の整備士の姿も確認できたし、母屋に住む大家さん夫婦も無事だった。でも我が家で飼ってる二匹の猫、サチとヒナが危ないかもしれない。

「サチとヒナがやばい」と言った夫の言葉が大げさなどではなく、この状況で家に残ってたら大丈夫である可能性は低いことは理解できた…

「子どもたちにはショックな姿かもしれないけど、サチもヒナも頑張ってるからできれば会ってほしい」
電話で夫はそう言った。
二匹とも煙をたくさん吸ってしまい意識が朦朧としているようだった。

生まれた時からずっと一緒に育った二匹の突然のことを娘たちに伝えなくてはいけないことはつらかったが、ピアノ教室から帰って来た2人にそのことを伝えると、迷わず「すぐに会いに行く!」と言った。
「大丈夫、大丈夫」と言いながら夫とサチとヒナがいる動物病院へ急いで向かう。

サチとヒナはそれぞれICUの中で横たわっていて、ヒナは苦しそうな呼吸をしていて、サチは白目をむいていてピクピクと後ろ足が痙攣していた。
そして二匹とも身体が煤で薄汚れていつもは真っ白な毛も灰色になっていた。

その姿に私は取り乱して泣き崩れてしまい、長女は静かに泣いて二匹を見つめ、次女は「こわい…」と言って部屋を出ようとした。

「頑張ってるから、ちゃんと見てあげて。元気になるよって応援してあげよう」と言いながら、この時の私も、ものすごく怖かった。

サチもヒナも今夜はそのまま入院することになった。
「今夜がヤマです」と病院から言われた。

自宅から車で10分ほどのところに義母が住むワンルームマンションがあるので、とりあえずその晩は義母宅に行くことにした。
ありがたいことに義母はものすごく落ち着いた行動をしてくれて、私たちが動物病院にいる間に夕飯の準備をして待っていてくれて、子供たちは温かい食事にありつくことができた。

仲良くしてくれている近所のママ友が、洋服がなかったらおさがりをおすそ分けできるよと連絡をしてくれて、子どもたちも私たちも今晩のパジャマも明日から着る服も何もないことに気づいた。
洋服をもらいにいき、下着は買いに行った。

何が必要で何がなくなってしまったのかも何もかも分からなかった。

おすそ分けしてもらった洋服を娘たちに持ち帰るとかわいい洋服がたくさんで、嬉しそうに選んでいてありがたかった。

子どもたちをお風呂に入れ、寝かしつけていると動物病院から夫へ着信があった。

突然訪れた愛猫の死

「サチが死んじゃった…」

信じられない気持ちのまま、嘘であってほしいと願いながら私たちは動物病院へ急いで向かった。
私は頭が追い付かず、車の中でずっと泣いてしまい、怖くて病院の中へ入ることができなかった。
夫が段ボールに入れられたサチを抱きかかえながら帰ってきた。
段ボールの蓋を開けるとそこにはサチが横たわっていた。
夕方に病院で会った時の苦しそうな表情はもうなく、静かに眠っているみたいだった。
これは現実なんだ。
サチは亡くなってしまった。
つい数時間前までは一緒の家に当たり前のように家にいたサチとはもう一緒に暮らすことはできないのだ。

「病院の先生が、こんなに可哀そうな猫は見たことがない、って。お代はいりません、って」
夫は泣きながらそう言い、私たちは泣き崩れ、しばらくサチを囲みながら動くことができなかった。

一晩、サチは義母のマンションでみんなと一緒に眠った。
義母のベッドの横に布団や座布団などあり合わせの寝具を寄せ集めてなんとか4人分の寝床を作り、ぐっすり眠る娘たちが無事でよかったという安心感をようやくここで感じた。

消防の話では、「自動車整備工場から爆発のような音がして火が見える」と通報が入ったのは16:30だったそうだ。
私は自分たちが家を出発した時間をしっかりと覚えていた。
それはいつもより早く出発できた16:28。
あと2分出発が遅くいつもの時間に出発していたら、私たちは火災を目の当たりにして、娘たちにも怖い思いをさせてしまっていたかもしれなかった。

でも、いつも通りに出発していたら、サチとヒナを家の外に逃がすことができたのではないか。
そんな思いも拭えなかった。

我が家と火元の自動車整備工場の敷地は隣り合っていたが、私たちが住んでいた住居とは隣り合っていなかった。
また、住居はコンクリート造りのため耐火性には優れており家が燃えることはなかった。
ただ、住居の裏に建てられた我が家の木造の小屋に火が移って全焼し、その熱で住居の勝手口が溶けて炎と煙が勢いよく住居内を2階まで駆け上って充満したという状況だった。

2階で見つかったサチはきっと突然の炎と煙に驚いて逃げるように2階へ上がったのだと思う。そして黒い煙をたくさん吸ってしまった。
ヒナは1階の廊下で倒れていたようだった。
こわかったし、驚いただろうし、すごく苦しかっただろう。

私が大切なヒナとサチをそんな目に遭わせてしまった。

ピアノ教室へ送らず家にすぐに戻れば助けてあげられたかもしれない。
自分の行動を何度も反芻させて、これでよかったのだろうか、どうすればよかったのだろうか、とか考えてしまって全く眠れなかった。

夫もなかなか眠れないようで、サチの眠る段ボールを見つめながら震えて泣くいていた。
夫がこんなに泣く姿は出会ってから初めてで、すごくつらく長い夜だった。

サチは私と夫が結婚式を挙げた翌日から家族になった子だった。
段ボール箱の中で捨てられていたサチを保護した友人の友人から譲り受けてもらった子だった。
譲り受けてもらった帰りの車の中で夫が「名前は、幸せって書いてサチにしよう」と決めた。

はじめは手のひらに乗るくらいの小さな子猫で、とても可愛らしい顔をしていてよく懐いて、私たち夫婦にとってすぐにかけがえのない存在となった。
2人の娘たちが生まれてからはたくさん遊び相手になってくれた穏やかなとてもいい子だった。
靴下やシルバニアファミリーのお人形などを毎朝咥えて夫の布団まで運んで夫を起こすという面白い子だった。
私たちの大切な家族だった。

震える夫の背中を抱きしめ、私たちは深い絶望の底で悲しみに暮れた。
後悔や不安や安心や悲しみなどで思いはぐちゃぐちゃだったが、うまく言葉にできる余裕はなくて、ただただ抱き合って泣いた。

病院にいるヒナが助かることを祈りながら。


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