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2021.06.06

 一匹の蛙が小さな座椅子に座り机に向かっている。でも何か作業している様子はない。蛙はずっと窓から見える梅雨空に前足の水かきをかざしてみたり、隣のマンションの壁の模様を数えてみたり、そんなことをずっと繰り返している。ついに蛙はプフゥーとため息をついてペンを投げ出すと、机に向かうことをあきらめ、ピョンと畳に転がり、そしてまたプフゥーとため息をついた。
 ふと、先ほどスマホがプププと震えていたことを思い出した。ちなみにまったくの余談だが、蛙のスマホはFrog社の最新機種kPhone12だ。新しい物好きな、この蛙はkPhone12を手に入れるために、溜まっていた仕事を投げ出し発売日の前日から原宿のFrog Storeに並んだのだ。あとでマネージャーの古代羅に仕事はどうしたと、こっぴどく怒られたが、そんなものは馬の耳に念仏、豚に真珠、蛙にkPhoneだ。
 話が逸れた。蛙がおもむろにスマホを開くと、古代羅からの着信と留守番メッセージが残っていた。
--メッセージヲ1ケン、サイセイシマス--
「鈴蘭符先生。お疲れ様です、古代羅です。うーん、その後、脚本の方いかがでしょう。私、古代羅もプロットはいつできるんだと、釜戸さんに突かれてるんですがね、先生。私だってね、こん・・ブチッ」
メッセージはそこで途切れていたが、古代羅が何を言おうとしていたのか、蛙、いや鈴蘭符は聴かなくてもわかった。何度も言われていることだ。加里がまたカリカリしている。
 彼は気分を変えようと、スマホのラジオアプリを起動させ、小さな指先で器用にチャンネルを合わせる。
 スマホから女性アナウンサーの声が聴こえてくる。
「Tokyo FMからお送りしております、ヤマザキレナの誰かに話したかった事。まずは先日結婚を発表された、この方の新曲からお届けしましょう。星野源で”不思議”」
そうかこれが星野源の新曲か。そういえば最近、星野源聴いてなかったな。鈴蘭符はその軽快な曲のリズムに合わせて徐々に後ろ脚を揺らし始めると、小さくケロケロつぶやきながら、何かを思い出し始めていた。

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