#君に届かない
こちらは『 # 山根あきら 』さんの企画への投稿作品です。
企画立案ありがとうございます。
ルールは以下です。
「扉に向かって波乗りを使うな」
とは、まことしやかに囁かれる、信憑性のある噂であった。
時折、ニュースキャスターが、行方不明者についてこう結ぶ。
『行方不明者は、最後に、扉に向かって「ひでんわざ・なみのり」を使用したとのことです』
後でキャスターに訊ねても、
ニュースを受け取った側に訊ねても、
「そう言えと強調されていただけです」
と、まともなヒントは得られない。警察に聞く者もおらず、むしろ寂しげに黙するばかりだった。
ただ、各地に、裏付けのある、こういう都市伝説があるのは確かである。
何番水道で、これを持っている時に釣りをするな。
海上に、いつもはない島が見えたら上陸するな。
旅人が決して眠ってはならない場所がある。起きると、動けなくなっている。寝るな。
ライドポケモンに乗っている時に、高所から落下するな。
「きみ、今日からその手の事件に異動だから、よろしくね」
青ざめた顔を見下ろした署長に会ったのはそれが最後だった。
私だって被害者だ、って知ってのことだろう。
悪どいことには、その噂の一部はたまに、若者の間では逆転した意味合いで語られるのだ。強いポケモンに会える?道具が大量に手に入る?
参考資料をクシャッと握りしめて丸めた。
ムクバードに差し出すと、少し大人っぽいピヨという鳴き声と共に、その紙を足で掴み取る。これで、鳥足に掴まれて、紙がひしゃげました、と文句を言える。
荷物をまとめる。
部署異動に伴って、ポケモン、ロトムが支給された。
自分のスマホにだって入っている、電脳戦士ポケモンがなぜ渡されたのか━━そういう目的なら、ポリゴン族の方がよほど使いやすい。
兄は早くに無くなった。
純粋に私と年の離れた兄妹だったことを省みても、
「どうしてトレーナーになるの?」
「どうしてジムにいどむの?」
「どうしてしてんのうのとこいくの?」
と、帰省のたび、せっついて回った私に対し、
「お前だけには教えてやるよ」
と、周囲に聞こえてなかったか怪しい、こそこそ話をした兄は、トレーナーズスクールを出るにはまだ早い年齢だったと思う。
「チャンピオンになんか興味ねー」
「ちゃんぴよん?」
「“四天王”のところ行く扉がさ、『波乗り』使うと、『向こう』行けるらしいんだよ」
「とびらに?なみのり?」
私の中に、小さな玄関扉が、水をまとってタックルするポケモンでどかーんと壊されるイメージが浮かぶ。
「扉の『向こう』にはすごい強いポケモンがいるって話だ。捕まえられたら、そんな称号無意味だぜ…!」
レントラー、そしてエルレイドが斜に構えていた。
兄が帰るたび帰るたび、その噂を自慢げに話すのを、『ひみつのおはなし』として楽しんでいた。
だから、
「コウキが……」
と青い顔で電話口に話す母親すら、よく覚えていない。
しばらく家の出入りが激しくなって、隣家も、兄の幼馴染も帰ってくる騒ぎになって、
「波乗りを…」
という単語が、一番多かった。
たくさん人がいるのに、誰1人私にかまってくれない状況に、むずかり始めたのにずいぶんしてから母が気付いて、
「図書館行きましょうねえ」
という母の笑顔がとてもイビツだった。
「やだ。みんなとおしゃべりしたい!」
「ねえ、なんでごはん食べないの?みんなとごはんしないの?」
「ケーキ食べようよお!」
と、いまいち状況を理解していない私は、有無を言わさず、実家の北の、更に北にある街まで連れてこられたのである。私の祖母だかが、その街の出身だかだという。
移動中はわあわあ言っていたのに、普段来ない街に着くととたんにキャアキャアはしゃぎ始めるのが、ほんと子供で。
だけど、間違いだった。
きっとこの事がなければ、『異動』もなかったんだろうな。
「マァー! 見てえー!」
と、街に入ってすぐの林に向かって私は指を指したのだ。
「ひとが、きに立ってるよお!」
━━と。
母は虚を突かれた様子で、私をおかしい子みたいに見下ろした。
「そんなわけないでしょ?」
と、言うのもいつもなら目線を合わせてのはずだ。
「立ってるもん! あ!むきかわった!立ったままかわってるー! きの上でひとがくるくるしてるよ、ままぁー!」
「なに言ってるの、この子は」
帽子の中にしまった髪と、長くてヒラヒラしたマフラーと、黄色いリュックの兄くらいの男の子。
私はその“人”に向かって、手を振った。しぐさの名前は“ばいばい”しか知らなかったが、こうするとけっこう多くの人が手を振り返してくれるのだ。
しかし、木の上で、歩くように、手を振ったり足を出したりするだけで、その“人”は応えない。
「図書館行きましょうねえ」
まるでテープを繰り返すように言い聞かせて母は私を無理に抱き上げた。私はおかしな人がいるおもしろさと、まだその“人”を見たくて、じたばたとする。
「ばいばい!ばいばい!ばいばーい!」
母が抱き上げて歩き始めたために、目線の高さが上がる。ちょうど人の高さひとつぶんほど上に変な“人”がいるとわかった。
「うーーーん!」
母の肩越しに、その“人”の方へ、幼い腕をいっぱいいっぱい伸ばしても、私の縮尺では、彼に届かないはずだった。
『ぺたんっ』
という奇妙な感触が手にあった。
「キャア!」
「どうしたの?」
まるで、人肌にあったまった手のひらサイズのお人形が、手に張り付いたような━━
ぎゃああああっ、と私が泣き出したので、母は私を胸に抱くように急いでその場を去った━━、
以降、兄は無くなった。
兄の部屋が消失し、兄の物も、兄との思い出の記録も、兄のポケモンも、どころか、兄と幼馴染だった人の家族と疎遠になっていたら、いつの間にかそこにその人がいた事実さえ無くなっていた。
ただ明確に、テレビで、
『行方不明者は、最後に、扉に向かって「ひでんわざ・なみのり」を使用したとのことです』
と締めくくられたのみである。
その後にやっていた、『赤いギャラドスの謎に迫る!』という特集がぼんやりと、印象的だった。
「都市伝説じゃないですか…、なんで、実行するんですか……帰ってこれないのに!」
地方最強峰、四天王に挑み、チャンピオンに勝つだけの自信を以て。通報してきたのは、四天王1番手。まだ若いと言うには大人だが、“例の噂”はそこに集中しているらしい。
若いのに。
彼が就任する前から、事故は発生していたらしい。
つまり、就任直後から。
「世の中にそういう“仕様”が存在するから。実際、いるんじゃない? それをやって生還した人が。ただ、それをやった人、やって生還した人のことは噂になっても、その人が生還したって言いふらすと思う?何のためにやって、それが出来たか、言うと思う? だからつくんだよ。尾ひれが」
危険な噂にはハイリターンの噂がつきもの。
そう言って先輩はなにかの錠剤を差し出した。先輩自身も服用している。
「パルデアで地下の立入禁止危険区域に侵入した馬鹿が逮捕されたってさ。どうやって入ったのって、区域の上でひたすらぴょんぴょんジャンプしてたんだって、周囲の証言も取れて。ねえ、それしか有り得ないんだよ?」
初めて飲むならその辺に寝転がっとき。
使う時に回収するし、その頃には動けるようになってるだろうから。
「地上から地下までマンションより高低差があって、その高さをすり抜けて落っこちたとしか説明がつかないんだ。その人は飛行ポケモンに掴まって助かったけど、今まで踏んでた地面の中を落ちるってどんな感覚だろうね」
言われていた通り、ニット帽をかぶって、指なし手袋をはめて、薄い敷布団の上に、体に四肢をぴったりつけて、背筋を伸ばして、目を閉じる。
「世の中にはそういう、世の理を上手くすり抜ける方法を知っていて、しかも利用できる人たちがいて、そいつらは黙っている。でも、どっかから漏れて、こんな事故が起きる。許せないよ」
「……許せません。お陰で、兄は、無くなりました」
「本当に。許せないよ、この世界に隙間を作ったやつが」
そうなんだ。
と、思った。
「 G P S 、反応あります!」
「ポケッチ稼働してますか?」
「トレーナー名とトレーナーID、通報前の記録掘ってきてくださーい」
「50……55……60……移動中です。頭1テン2、70……」
「『ヒカリ』ですか? 『コウキ』ですか?」
「移動部隊ヘリに集まって!」
コウキ?
と耳を疑った時には背負われていた。
ムクバードがパタパタとついてくる。
「君もムクバード?早くムクホークにした方がいいよ」
「“も”……?」
「多いんだよね、うちの“経験者”に」
私の頭で、トサカをつくろっている。
質を捨てられたマイクからの声が聞こえてくる。
『遭難者まだ「コウキ」じゃないです』
『西に移動中。現在やや北上。ルートタイプA』
『テレビ番組の予定確認しといてください。予定変更あったら連絡お願いします』
『ID消失発生してないでーす』
『保護者か知人の方へ連絡は?』
目を閉じている上から、布をぎゅっと巻かれる。
ヘリコプターのバラバラ言う音が聞こえていたはずなのに、きゅうっと体を絞っている状態が続きすぎたせいか、だんだんと眠くなってきて、
しまった。
「かくんっ」
船の上にいた。
舳先にいた。ただ、その舳先に体をほとんど縛られている。
顔の左右にまで板が置かれていて、顔の向きが変えられない。なのに、腕を動かすことができた。嘘。腕も棒で固定されてピンとしか伸ばせない。視界の範囲しか動かせない。ぐぅぱぁはできる。
ざああああああああん。
「な ん で す か こ れ ー !」
ぐらぁん、と船が一度沈む。
上と下は見える。
「言ってたー、でしょー! 君の小さーい、時の、再 現 を す る、ってー!」
「それが、何に、繋がって、こうなるんでー、すかー!」
ピヒョイイイイイ、とムクバードと、ムクホークたちが飛んでいって、キャモメの群れが散り散りになる。ペリッパーは悠々と避けていく。
「『コウキ』出現地点近いですかー?」
先輩が通信連絡を取っているらしい。
船の音。波の音。島のない視界。空は青いのに、海上すぐが揺らめいて見える。
「君にしか届かないかもしれないんだ。頼んだよ」
私を縛る何かの後ろから、先輩が言った。
「君のほんとの先輩の3人は体調不良による欠席だからさ」
そうわざとらしく言って、椅子を引いたらしい。
がががががんごごごん。
「 ! 」
斜め前に君がいた。
帽子の中にしまった髪、
長くてヒラヒラしたマフラー、
黄色いリュックの男の子。
まだ遠い。
海の上に不自然に浮いている。波が彼の体に叩きつけられたはずだった。それが起こらず、海は上がった波を畳んだ。
………… ……なにあれ…………。
「両手開らけるね?」
「は……、 はい……、」
小さい頃に見た、幻覚の彼と全く同じ。
彼が動く。前触れなく全身が横を向き、後ろを向き、歩くような仕草を、走るような仕草をする。
「船寄せまーす」
と、知らない声が言った。
「君でなら届く」
と、可笑しげな声が言った。
私の腕は視界の隅で真っすぐ伸びている。
小指ほどの大きさに見えていた少年が、手のひらほどの大きさになる。ただし、遠近法の問題で、実際のサイズが変わっているはずがない。
気味悪かった。
見れば見るほど、あの時の少年だ。
顔に薄ら笑いを浮かべたまま、同じ位置で動き回っている。
そして動き回っている彼に、この海は何も関わろうとしない。
━━なんにも。
頭の中で否定しようとする。こんな遠くから、この手が君に届くはずがない。しかし、ヒタッ、という思い出が、背筋を通って、手のひらの内側に触れていた。
「船止めてー」
「船止まりましたー」
ゆるく手を握った、
そしてそっと腕の位置をずらしていく。
有り得ない。
この手は君に届かない。
━━ぺたり。
「イヤァアアア!!」
「駄目だよ、ちゃんと触って」
そう言いながら助けもしない!
この状況から逃げさせもしない!
少年の頬がゆるく潰れていた。ゆっくりと元に戻っていく。
……指先でつついてみる。ジェスチャーで。
ゆらゆらっ、と揺れる。
「おおっ」
人肌を持った生き物に感じた。そんなの、否定したい。
少年が歩くのをやめる。
マフラーを軽く引っ張ることができる。
頭は…帽子は脱げない。
「『座標の微動を確認』、らしいよ。いけるよこれ」
「がんばれ、ワンチャンあるぞー」
何をすればいいのかわからないまま、応援を背中に受けている。
ゆらっ、ゆらっ。ドッドッドッドッ、と心臓が他人事みたいに鳴っている。遠くの彼に触ることができるのに、その下で揺れている波が私の手に当たることはない。彼にだけ触ることができる。
わからない。
ただ、あの時はるか木の上にいた男の子に、遠近法無視して触れたみたいに、
「待ってねー」
待って、一拍止められるだけでも、かなり無理。
「もう少し寄せます。…寄せました。はい、オーケー、救助活動再開してください」
「よし、やってみて。つかんで」
つかむの? 彼を?
……私だけが届くの?
私だけ?
いや、ほんとの先輩、が3人、だっけ?
彼は手のひらより大きく“見える”。
「通信入ってまーす。ネームド設定コウキ。ID消失なし、ギャラドスのテレビ特番なし、です」
何を言っているんだろう。
ただ、目の前の男の子は、ほほえみをたたえた無表情のまま、棒立ちになっている。
ざざざああああああああ。
私は、
親指と人差し指と中指と薬指と小指を彼の姿に重ねた。
べたっ。
たぶん、彼の鼻が私の手のひらに食い込む。
「いいよいいよいいよー!」 「つかんで!つかんで!指食い込ませられる?」 「いいって言ったら腕引くからね!管制室座標チェックお願いします!」
私だけが届いている。
他の人は無責任に騒いでいる。らしい。
何が見えてるんだろう?
君には何が……?
「せん、ぱい……」
「大丈夫、できてるよー?」
「なんか、板に触ったみたいに、彼の体、触れなくて……」
「ああー」
助けに答えて、席を立ったらしかった。
「らしいね。体の裏には触れないって」
何の助けにもならない。
「ふざけないで…………」
「真剣だよ。秘密の救助活動、救助対象へは君しか届かない」
指を滑らせれば、生々しい人形に触れることができた。さっき誰かが、コウキ確定してます、と言っていた。何だったの?小さい時触ったアレもコウキで、私の兄もコウキで、この少年もコウキなの?
親指、人差し指、中指、薬指、小指。
小さい頃、等身大お人形で遊んだことを思い出した。あの時、無茶な持ち方と言われたのは…思ったのは……
親指、人差し指、中指、薬指、小指、手のひら!
「 つかんだ!! 」
━━君に届く。
「 サポート君、引っ張って! 」
「座標移動開始!」
私の腕が“こちら側”へと引かれる。人間の、彼の縮尺が狂う。
ビィーッ、ョイイッ!
急に鳴き声がした。ロトムのものだ。
「ワイファイコネクションに接続!」
私の腕を静電気が走り、それはロトムの形だった。ロトムは私の肘にあっという間に巻き付き、そのまま少年に向かう━━。
ロトムの顔と彼の顔が重なった━━、
「修復プログラムを送信します!」
ビィーッ、ョイイッ
ピロピロ ピロピロ…
レポートにかきこんでいます
でんげんをきらないでください…
ピロリリン
#君に届かない #青ブラ文学部 #小説 #二次創作 #ポケモン
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